第7話 昼下がりの王宮にて


 ま、なんていうか久しぶりだ。王宮はさ。

 妙に静かだけど、王宮内の学校も給食が終わったら子供達も帰ってしまうし、こんなもんなんだろう。


 と思っていたら、そういう理由でもないらしい。

 今日は、王様に同行していた書記官さん達は、留守中に溜まった仕事とかを午前中に確認しただけで、そのまま帰ったんだって。

 よほどの緊急事項があれば別だけど、そんな仕事でもなければ、午後休。

 ま、馴れない枕で30連勤したあとだもんね。

 気が緩めば疲れも出るだろうし、仕方ないよ。


 王様への面会も待たされた。

 と言ったって、10分くらいだけど。


 王様、まだ寝足らないって顔をしている。

 でも、いつもの部屋に俺達を迎え入れてくれた。

 「昨日まで、誠にご苦労。

 しかし、お元気だ。

 余は、寝ても寝足りぬ気がしておるのに。

 余が起きねば、王宮は機能せぬというのに」

 「皆さん、初めての旅で、身体より気持ちが疲れているんですよ。

 最後は船での移動でしたからね。身体の疲れではないと思います。

 でも、気持ちの疲れはきちんと治しておかないと、あとで辛くなりますからね。

 是非とも、ごゆっくりとお休みください」

 「すまぬ、『始元の大魔導師』殿。

 しかし、大臣が言うには、留守中、特に取り立ててなにが起きたというわけではなかったと。

 なんにせよ、それは良かったと思っている」

 「王宮は平和だったと。

 それは良かったですね」

 「街はどのような?」

 「初収穫を終え、結婚ラッシュのようですね」

 そう、手短に答える。


 王様、深々と息を吐いた。

 ため息じゃない。なにかに安心したんだ。

 「ようやく、次の世代が産まれるようになるか。

 まぁ、余がどれほど祈っても、この20年、人の数は減り続けてきた。

 旅に出る前、ヤヒウ飼いの組合長のインティヤールが、『始元の大魔導師』殿の手をとって、『ようやくヤヒウが増える』と泣いたな。

 余も、そのときのインティヤールと同じ気持ちぞ」

 そうかぁ。

 王とは、人を牧する者なのかねぇ。神様みたいだなぁ。


 王様、ハヤットさんに、祝意を伝えてくれって。

 他にも、纏まった結婚の話があれば、伝えてくれって。

 王としての、そして『豊穣の女神』の祭司長としての立場から、いろいろ考えてくれるそうだ。



 そして、俺の旅の話になった。

 エモーリさんの同行について、王様は1つだけ条件を付けた。

 エモーリさんも1人で世界を変えられる人だから、俺と一緒に行動するのであれば、その力の使いみちに注意して欲しいってことだ。

 人が海を渡れなくなる前、『豊穣の女神』の信仰はかなり盛んだった。

 なので、海の向こうでも、『豊穣の女神』を信じる国を優先的に助けて欲しいと。

 これは、2つの意味があるらしい。


 1つ目が、海の向こうにあるだろう国が力を付けたときに、同じ神を信じていれば海を挟んだ戦争などにはなりにくいということ。

 2つ目が、戦さ神を信じている国と違い、『豊穣の女神』は農に根ざした争いを避ける教えであること。なので、好戦的な国より先に、厭戦的な国の経済を立て直して欲しいということだった。「これが逆になると、不要な血が流れるのでは」と、王様は心配していたんだ。


 まぁ、その辺はお任せくださいとしか言いようがない。

 だって、行き来が途絶えている間に、『豊穣の女神』様がヒステリーをおこして好戦的になっているかも知れないじゃん。

 そうしたら、当然のように優先順位は下がるよね。


 ともかく、行った先で戦争を起こさないこと。

 確かにね、この大陸でも戦争はあったんだ。王様の心配は解るよ。

 俺も肝に銘じるよ。



 まだまだ寝足らない王様の前を早々に退出して、次はいよいよ学校。

 重大な案件だ。

 に見つからないように、ユーラ先生を呼び出したよ。


 で、俺がなにか言うと、立場的に問い詰めるみたいになってしまうので、ルーに任せる。

 ただ、「心配そうな顔して立っていてください」ってルーが言うから、指示に従う。こんなん、口出せるほど気が利いた人間じゃないしね、俺。

 「ユーラ、聞いたよ。

 付きまとわれて困っているなら、私が言ってやるからね。

 なんならレイラと一緒に行って、切り落とすって脅すよ?」

 おいおい、過激だし、勧めるんじゃなくて止めに入ってないか、コレ?

 そもそも、ナニを切り落とすんだ、オイ?

 怖いぞ。


 ユーラ先生の顔、思いきり焦りが顕わになった。

 「いえ、そんな必要はないです!

 大丈夫ですから!」

 「本当に?

 遠慮しちゃダメ。なにかあってからじゃ遅いんだから。

 あの人もなんかする人じゃないとは思うけど、2度と近寄らないようにしてあげるからね。

 安心して!」

 おい、ルー、先走り過ぎじゃないか!?

 

 「あ、あ、必要ないですったら!

 お願いだから、止めてくださいよぅ……」

 あー、こら、ルー、ユーラ先生を泣かしやがったな。


 「『止めろ』って、それ、もしかしてユーラ、スィナンのこと嫌いじゃないの?」

 「尊敬してます。

 でも、私なんか、私なんか、解放奴隷で、落ちぶれた家の娘です。

 ダーカスの至宝ともいうべき、あの方の横に立つなんて、とてもできません」

 ユーラ先生、とぎれとぎれに話す。


 ……ああ、そうか。

 そか、ルーはこれを聞きたくて、極端な話の振り方をしたのか。

 確かに、「スィナンのこと好き?」ぐらいの質問じゃ、「なんとも思っていません」ぐらいの答えしか引き出せない。その「なんとも思っていません」の裏側にある膨大な感情や考えは、まぁ、こうでもしなきゃ顕わにならなかったかも。

 

 「尊敬は解った。

 じゃあ、好きと嫌いで言えば、どっちなの?」

 ルー、追い込むなぁ。

 「嫌いではないです」

 「好きなのね?」

 あ、とどめを刺しに言ったな。


 「……はい。

 私は没落貴族の娘でした。だから教育も受けさせて貰えました。

 でも、スィナンさまは、街場の生まれで書籍にも事欠く中、独学であれだけの知識を持たれたなんて驚き以外のなにものでもありません。

 しかも、『始元の大魔導師』様の片腕として、存分に活躍なさっています。

 その方から、『基礎から勉強をやり直したい』と申し込まれたときの私の感動が解っていただけますか?

 しかも、その方が、私のことを、私の、わたわたわたわた……」

 あ、壊れた。


 「解った。

 じゃあ、結婚してしまいなさい。

 早い者勝ちです、こういうのは。あとから、あの人が良かったなんてのはできませんからね」

 ルー、いきなり決めにかかったな。

 「私の過去が……」

 「それがなに?

 あなたが言うとおり、スィナンは街場の出なんでしょ。没落貴族の娘との組み合わせは、例としてはむしろ多い方。

 解放奴隷だということを気にしているのであれば、そんなのはもう、『豊穣の女神』のお慈悲で帳消しになった過去だし、今はすでにユーラ自身が『豊穣の現人の女神』です。

 それで、なんの問題があるの?」

 「ルイーザ様……」


 「ただ……、スィナンもユーラも大切な人材。

 だから、結婚しても先生は続けてね」

 「はい!」

 「スィナンにはいいように伝えておくから。

 あとは上手くやるのよっ」

 「はい!」

 すげぇ。

 ルー、話、纏めちまった……。



 王宮を出て、歩き出しながらルーに聞いてみる。

 「……ルー、妙に上手く行ったな?

 あまりに上手く行ったので、びっくりだよ」

 「ナルタキ殿、ノブレス・オブリージュの中には、領民の仲を取り持つことも含まれているんですよ。結婚式の主宰をすることもありますし。

 ですから一応は、このような場合の話し方を習います。

 ユーラ自身も貴族の出ですからね。その知識はありますから、私の振りにしっかりと乗ってくれたんです。

 もう、台本通りでしたよ」

 だ、台本だと……。


 そういうの、あるのかぁ。

 やっぱり世界が違うと、常識というか、考え方も違うなぁ。

 それとも、貴族がいた頃は、俺の世界でもこうだったのかな。

 まぁ、どっちにせよ、結果が良ければ、全部オッケーだよ。

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