第十章 召喚後270日から280日後まで(新たなる旅立ち)

第1話 ダーカスの風呂場にて


 その日は解散して、まずはそれぞれの自宅でゆっくり休むことになったけど。

 なんか当たり前のように、健康ランドのお風呂で再会になった。

 もう完全に稼働状態で、壁には街の人達の名前も全部刻まれている。

 30日以上の稼働で、働いている人たちの動きもこなれていた。


 で、ようやく帰ってすぐであっても、風呂には出かける事情っての、解るよ。

 だって自宅だと、どれほどよくてもぬるま湯の行水だもんね。家族達は留守の間に風呂入る習慣できちゃっているし、まぁ、そうなるよね。

 誰もが疲れているし、ゆっくりとお湯に浸かりたいとも思うだろうさ。


 こうなると、ちょっと王様が可哀想。王宮に風呂はないし、健康ランドは来にくいだろうからねぇ。

 「裸の付き合い」って言葉はいいけど、実際にはそうは行かないだろうな。



 で、みんな顔を合わせても、なんかお互いに視線を逸しあって、一緒に来た家族と一緒にいたいという雰囲気を出している。

 ま、そうだろうなぁ。

 当然だよ。

 ただ、俺は辛い。

 なぜならさ……。

 俺の裸の付き合いの相手となる家族といえば、だからだ。

 なんで、アンタ、そんな素っ裸になっても圧があるんだよ?


 「我が娘、お役に立ちましたかな、『始元の大魔導師』殿」

 この親父が若○槻夫ボイスでしゃべると、周囲がしーんとなる。

 どうしてこう、この人は……。

 「役に立つどころか、いなければ大変なことになってましたよ」

 そう言うけど、こんな衆人環視の中で、国家間外交の話をぺちゃくちゃできるかってーの。

 トオーラ退治の話も、あんまりしたくないな、この場では。いかにも自慢話だもん。


 

 「聞きましたぞ。

 我が娘を、さらに遠くに伴うおつもりとか」

 「私の世界に来て貰ったことに比べれば、この星の裏側だってまだ近いでしょうに」

 「いや、そういうことではない。

 此度こたびの旅は、王の供をしてのもの。

 これからの旅は、『始元の大魔導師』殿が率いるもの。

 期間も長くなろう。

 そして、その間に半年という時が過ぎれば、我が娘も『豊穣の現人の女神』から外れることになろう。

 そののちに貰っていただけるというのは疑いもしておりませんが、我が愚女がときどきあまりに不憫でな」

 やめてくれよー。

 街の人達が、みんな「こんなに耳でっかくなっちゃっ」て聞いているじゃねーか。


 「いえ、あの、きちんとお嫁さんに貰いますから」

 「『遊びではないでしょうな?』と問う方がまだよい。

 『相手にされていないのでは?』と問うのは、親としても辛いのだ」

 ……なにが、どういう情報になって、この親父の耳に入っているんだ?


 「ちっ」とか、今聞こえたのはなんだ?

 そりゃあさ、この親父に「遊びではないでしょうな?」と問い詰められる方が、聞いていて面白いのは認めるよ。だからって、「ちっ」はねーだろ、「ちっ」は。


 「私が若い頃はですな、ダーカスのみならず、リゴスにおいても取っては投げ、掴んでは投げしたものだ。

 これでも、モテたのですぞ」

 「あー、はい」

 俺、目が虚ろになっていたと思う。


 「その私からすると、理解ができないのだ。

 私であれば、さっそくに手を付けていた。

 それはもう、すぐに、だ。

 なぜ、そこまで奥ゆかしいのですかな?」

 今聞かなくてもいいだろ、ソレ。

 おまけに誰だ、今、「坊やだからさ」ってつぶやいた奴。

 聞こえているんだからなっ!

 なんか、血涙が出てきたぞ。

 なんで帰ったその晩に、こんな辱めを受けなきゃならんのだ。


 あのな、みんなで旅していると、2人きりになることすら大変なんだぞ。ソコ、勘違いしているだろ?

 この親父、平然と言葉を続ける。

 「どうですかな、今宵あたり、いっそ一思いに……」

 くっ。

 ばかやろー、なんてこと言いやがる!

 少しは、ヒソヒソ話にしろよっ!



 「余計なお世話だ……」

 あ?

 今の、俺じゃねーぞ。

 「そのくらいで堪忍してやれよ……」

 別の声がする。

 決して大きい声じゃないけど。


 「どなたですかな、今のお言葉は?」

 威圧感、当社比1.5倍の声が出ていやがる。

 「俺だ!」

 ああ、怖いんだね。判るよ。

 縮み上がってるもんな、股間のブツが。

 ……隠しているけど、実は俺のもだ。


 「『始元の大魔導師』様とルイーザ様が、ヴューユ様とトプ様と一緒に俺の生命を救ってくれた。

 トオーラがいる夜の広場に、生命をなげうって、助けに出て来てくれたんだ。

 みんな、勇気がないなんてことはない。

 分かってやっているんだから、いいじゃねーか!

 放っといてやれよ!」

 声、震えているな。


 ああ、サフラからリゴスに向かう途中、昼寝しちまったせいで、トオーラに襲われていたかもしれない書記官さんだったかぁ。そか、それで、俺の肩を持って、頑張って言い返してくれたんだ。

 そか。

 他人事じゃない。

 俺もなんか言うぞ。

 で、唾を飲んで決心を固めたところで、先を越された。


 「早きゃいい、ってわけじゃない。

 数こなしゃいい、ってわけでもないだろ。

 俺達だって、やきもきしながら見てるんだよ!」

 「そうだ! 見ちゃいられないけどよ」

 どっと、笑い声が湧く。


 「アンタの娘がいいように『始元の大魔導師』様を操縦しているのに、気を引こうとしてんのだけは失敗し続けているのが可笑しいしな」

 またまた笑い声。

 「で、王様まで気を使って猫耳まで用意してんのに、気を引くのが空回りしてやがる。それが実はもう墜ちてる相手向けってのが、横から見ていてさらに可笑しいんだよな!」

 ……なんの解説だよ。

 居場所がねーよ、俺。


 「俺達の娯楽を奪うな!」

 ああっ、娯楽だと?

 「親父、安心しろよ。

 もう、賭けは締め切られているけどな。時期は賭けられてるけど、『別れる』に賭けた奴はいねぇんだよ!」

 で……、賭けてるのかよ?

 揃いも揃って、いくらなんでも非道くないか?



 はぁ……。

 しかしさぁ、そんなふうに見られていたんだ、俺。

 で、「実はもう墜ちてる相手」ってなんだよ……。

 

 「『始元の大魔導師』様。

 決めてください。

 お願いですから、あなたが決めて言い返してくださいよ」

 なんか必死さを感じさせる、先程の書記官さんの声。


 ……そか。

 そうか。

 なんか解った。

 ダーカスのみんな、実は見守ってくれていたんだ。

 その上で、放っておいてくれたんだ。

 みんな、口は悪いけど、話していることはそういうことだ。

 でなければ、書記官さんの味方をしてここで口を挟む必要がない。


 俺、頑張ろう。

 「お義父さん。

 ルイーザの未来は、私が共に歩いて参ります。

 ご心配は無用です。

 すでに魔術師となったルイーザは、すでに自分の力で危なげなく1人で立っています。

 私が頼りなくても、ルイーザの足どりに不安はありません」

 「それが解らぬのだ。

 『始元の大魔導師』殿。

 なにゆえ、『我が守るゆえご心配召されるな!』とはならない?

 なにゆえ、我が愚女が『1人で切り抜けられるから大丈夫』という言い方になる?」

 なんか気がついたら、風呂場、ほぼ完全な無音状態になっていた。

 例外は流れるお湯の音だけだ。

 みんな、耳をそばだててるのが判る。

 ここで言うのかよ……。


 「私がルーを守ることもあるでしょう。

 でも、それと同じくらい、いやそれ以上に、ルーは私を守ってくれています。

 この状態で、ルーは私のものとは言えない。

 また、この状態を脱したとしても、やはり、そうは言いたくない。

 ルーは、所有するものではなく、共に隣を歩いてくれる同志です。

 力尽きるまで共に歩き、苦楽を共にします。

 なので、ルーは、1人で歩けるから大丈夫だと言っているのです。

 私が躓いたときはルーが助けてくれ、ルーが躓いたときは私が助けます。

 それ以上でも、それ以下でもありません。

 これでよろしいでしょうか?」

 しーん。


 「それもまた、よし」

 これも、街の誰かの声。

 「あのハネッカエリじゃ、閉じ込めてもおけないだろうよ。この先どうなることかと思っていたけど、ま、話を聞いてみりゃ、割れ鍋に綴じ蓋で、いいじゃねーか」

 し、失礼な……。

 で、今までで最大の笑い声が湧いた。



 「親父、納得しろ!」

 これはかなり年配の声。

 「そうだ」「そうだ!」「それでいいじゃねーか!」

 そんな声がそれに続く。

 「そんときゃ、街を上げてお祝いしてやる。

 親父、アンタが気を揉まなくても、俺達も見ている。

 大丈夫だよ。

 水は高いところに揚げておけない。必ず、どこかに流れるもんだ。

 必ず、落ち着くとこに落ち着くよ」

 さらに声が掛かる。

 

 「……むぅ。

 では、矛を収めましょうかな。

 街の皆さんの言を信じて。

 まぁ、確かに、ハネッカエリなのは認めよう。

 しかし、『割れ鍋に綴じ蓋』とは……」

 納得はしてねーな。

 でも、この場で黙ってくれるならありがたい。


 「しかし、『始元の大魔導師』殿は、街のみなに大切にされておりますな。

 こう追い込まれるとは思わなかった」

 「神様じゃねーからな。

 大切にしとかねーと、すぐにコケちゃいそうだからな」

 「ああ、だが、それがいいんだ」

 ……俺も、一部納得はいかないけど。

 それでも……。


 ありがとう。

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