第29話 王様会議 1


 夜が明けて、いつものように雄鶏の時の声で目が覚めた。

 ルーがいつものように、ドアをノックして、朝食を持って部屋に入ってくる。

 今日も、いつものように芋とヤヒウの新鮮な乳。

 相変わらず美味い。

 大豆ができて味噌が作れたら、朝食は和食と交互になって、俺はもう、そしたらずっとここにいるってことで後悔することはないって、改めて思うよ。

 

 今日は、起きたらすぐに王宮だ。

 王宮は平常運転。

 つまり、学校もだ。

 当然のように視察対象だからね。

 昨夜は大して見学も会議もできなかったから、今日から本格的にいろいろと始まるんだ。


 とりあえず、お風呂は昨夜入ってもらっている。エレベータも昨日は大騒ぎだった。おもに、4歳児が。

 だから、今日の視察の山は、学校以外にはネヒールの大車輪って呼び方が定着しつつある、水汲み水車ノーリアだろうなぁ。

 魔術師さん達は、当然、補修された円形施設キクラを見たいだろうし、書記官さん達は俺が持ち込んだ本も見たいだろうし、午後からの会議が本当に始められるのかって思うよ。



 昼食は、軽くヤヒウのつぼ焼き。

 食堂のオヤジが届けてきた。これに、なんか、見た目がきれいな前菜がついている。

 俺の持ち込んだレシピ本で、お皿に絵を描くように盛り付けるってのを覚えたし、なかなかに近頃良いお料理を作るんだよ。

 相変わらず、ガメついけど。

 今晩は、王様主催の晩餐会だし、お昼は軽く手早く、なんだ。


 でもね、牧草をふんだんに食べたヤヒウの肉だから、他国では食べられない味わいなんだよ。特に、肉の脂を吸ったナスが絶品。

 きっと、さらに豊かになって、肥育みたいなことができれば、肉にサシなんかも入るのかも知れないね。


 ……こういう機会があると、俺も自分のしてきたことを思い出すよ。

 この世界で、最初の晩に食べたスープ、それなりに安心できた味だった。そのあともヤヒウのつぼ焼きは何回も食べてきた。それが、いまや、ここまで完成された料理になったんだなぁ。



 午後の会議、俺の感覚では30分遅れで始まった。

 円卓に、5人の王様が座っている。

 そして、その後ろには、書記官さんが2名、補佐でついている。国によっては、書記官さんと魔術師さんだ。

 当然だけど、エディの女王様は、別室でお昼寝中。摂政さんが席についている。もっとも、摂政さんには、当然のようにそれなりの権限があって、王権を代行する力がある。

 内政で権力争いみたいなどろどろしたものがあったとしても、外交さえ誤らないでくれるのであれば、この席に就いて貰うことになんの問題もない。とはルーのセリフ。


 で、恐ろしいことに、その円卓に俺も座らされている。

 俺の後ろには、ルーがいる。


 最初の議題から、しばらくは無条件承認が続いた。

 1、円形施設キクラと避雷針アンテナによる、大陸全土の安全網の構築について

 2、それらを可能にする技術の情報公開について

 3、それらの技術を共通の概念で扱うために、各国で単位の統一を行うことについて


 までが無条件で承認。


 ただ、単位の統一については、他国でも学校を作るので、そこで教えることから始めたいと。

 で、学校の先生とテキストについていろいろな話が持ち上がったけど、これについては何人かの王様がばつの悪い顔になった。

 ダーカスの学校の先生は、解放奴隷の女性だからね。国から見捨てられたという意識があるんだよ。で、その先生に協力を求めなければいけない事態なわけだから。でも、そこはまたどうしようもないことだし。

 ダーカスの豊穣の女神による救済って事業も、他国からは知られているし、それがこんなめぐり合わせになるとは、ってため息吐くしかない状況なんだよ。


 一足飛びに奴隷の全面廃止にはならないにしても、これが奴隷制への一石を投じることになればいいよね。



 次。

 4、大陸全土の安全網構築後の多国間安全保障について


 については、総論賛成、各論反対の渦。

 ま、そんなことになるだろうとは思っていたよ。こういう問題に疎い俺だって判るさ。

 一番利害が対立して、しかも生命に関わるからね。

 でも、最後はダーカスの王様がまとめた。

 「この際、各論などどうでも良い。

 この場で、王同士が多国間安全保障について同意できた。それこそが重要なことだ。

 各論は、あとで好きほど事務方で詰めさせればよいのだ」

 だって。

 で、リゴスの王様がそれに承認を与えたから、話は終わり。

 丸投げされた各国の書記官さんたちが、ひそひそと激論を始めたので部屋から追放。その問題のプロジェクトチームで検討しろって。


 で、次の2つも揉めた。

 5、安全保障を可能とする三権分立を基本とする政治体制の変革について

 6、安全保障を可能とする政軍魔分離について


 ダーカスは他国に対して内政干渉をするつもりはないって、まずは王様が宣言した。

 その上で、火薬の話、魔素が十分に供給された魔術師の危険性、それらを位置付ける法律の重要性を話した。

 で……。

 リゴスの魔術師さんから、政軍魔学の分離が必要って修正案が出て。

 揉めたのは、各王様と、その後ろに控えている書記官さんや魔術師さん。ダーカスから出した資料を使って、角突き合わせて話し合っていて王様同士の話になかなか踏み込めない。


 たぶんね、資料は予め出していたみたいだし、各国もそれなりの検討は済ませてきていたはずなんだ。

 でも、実際に今のダーカスを見て、大幅な考えの修正を迫られている。

 来たるべき未来の姿と、王権の制限っていう意味とが、きちんと摑めていなかったんだ。


 で、ここでもダーカスの王様が強制終了した。

 「この問題は、各国とも持ち帰って検討されるがよろしい。

 ダーカスは内政干渉はせぬ。ただ淡々と『始元の大魔導師』殿の言う理想を、ダーカスにおいて実現させていくだけだ。

 ただし、言っておくことがある。

 この王様会議サミットは、これより毎年繰り返し開催し、共存共栄を話し合う場としていきたい。

 その話し合いにおいて表明される、その国の意思が、民の意志を含む総意なのか、それとも王の独断なのかによってその重さは大きく変わるだろう。

 そのことについて、異議はないと思うが?」

 ……王様すげーな。

 強引にまとめちまった。


 でも、これでいいんだろうなぁ。

 ケロ□軍曹の声だから、どこの国も自分たちで検討しようってことになる。の声だったら、大変だよ。つもりはないって言ったって、その威圧の強さに、誰もが内政干渉だと取るよ。



 「ダーカスの王よ、言うことはいちいちもっとも。

 ブルスは、ダーカスと同じ方向に舵を切る。

 ついては、法なるものについて、すべての資料をいただきたい」

 若い王様が、そう宣言した。


 「エディにおいては、摂政では、ここまでの国体の変化は決断できない。

 持ち帰り、有力貴族、長老たちと協議の上、決定したい。

 ただ、他国に取り残されるようなことにはなりたくない。

 ついては、やはりすべての資料をいただきたい」

 摂政って立場も大変なんだなって、初めて同情したよ、俺。


 「リゴスとしては、素直に頷けぬ」

 えっ、リゴスの王様なら、割りと認めてくれそうな気がしたけどな。


 「『始元の大魔導師』殿の持ち込まれた政治概念が、この世界のものより進んでいることは認めよう。

 ただし、それが最善のものであるかは話が別である。

 ダーカスの今の状況は、肌で知ることができた。

 新しい体制が必要だということも、理解した。

 だがその上で、我々の世界の気概をもって、我々の世界に最適なより良き体制を考えたい。

 当然、いつまでも考えているわけには行かぬ。

 少なくとも、国に帰りてすぐに検討をしながら変革を進め、次の王様会議サミットまでに、結論を出そう。

 結果として、『始元の大魔導師』殿の持ち込まれた概念、そのままのものとなるやも知れぬ。だが、鵜呑みはこの大陸最大の国家を統べる者として、断固としてできぬ」

 ……すげぇ。

 上を行こうってか。


 王者の矜持っての、初めて感じたよ。これがカリスマってやつなのかなぁ。

 物静かでな哲学者って雰囲気なのに、そして、おそらくは一番の年配なのに、ここまで熱いのか。

 つくづく、すげぇなぁ。

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