第22話 進水式 2
王様が進水式でトーゴまで来るかは、最後まで揉めた。
なにがって、「治安が治まりきっていないエフスを通るから危険、よって行くに及ばず」という意見と、「これからのダーカスの新たな産業を切り開く最初の切っ掛けだから行くべし」という意見と、どちらにも説得力があったからだ。
で、結局、王様は来ない。
今回は、代わりに王宮書記官さんたちが見届けに来る。
ただ、このあと魔術師さんも乗せて、ぶっ徹しの訓練をして、各王を乗せて戻ってくるときには、トーゴまで迎えに出るという話になっている。
各王が同時に移動するときに、ダーカス王だけ狙うのは無理だからね。
もう1つ、それに絡んでだけど、エディの王様は陸路を来るという話だったのが海路ということに変更された。
さすがに、4歳の女の子に、長距離移動は可哀想だと。船であれば、寝てても着くからね。
で、エディの王が陸路で来る理由の、その大陸全体の安全保障はどうなるのかと思ったら、各王は俺なんかには予想もつかない手に出た。
全王が、随行人数を極端なまでに減らすと通知してきたんだ。
つまり、各国とも、行政も軍事も、まるまる本国に温存する形。こうなると、どこの王が失われても、ダーカスには全国家の全軍が襲いかかってくるということになるらしい。
それはそれで、怖いったらないな。
『始元の大魔導師』様は悲しいよ。
人類はどこにいても、脅かしという安全保障から逃げられない。
でも、だんだん変えられるなら変えていきたいもんだな。
ま、でも、それは王様レベルでの話で、俺個人としては作った船が浮くかどうか、浮いても簡単にひっくり返ったりしないかの方が心配。
船は2艘あるから、1回は失敗できるにしたって、見た目すごくきれいな船だし、いきなり失いたくはないよ。もったいないにも程がある。
それにこの世界の石工さん達が、左官の仕事もできるって解った力作だしね。
なお、ダーカスの魔術師さんは、今まであまり絡んだことのない、ヴューユさんと最年少の魔術師さん以外の2人になる。トーゴの
そして、サフラからくる魔術師さんも一緒に仕事して、だんだん引き継ぐのが前提だ。
魔術師さん達には、1艘に1人ずつ乗って貰うことになるけど、将来的には沿海漁業のときは魔法なしで操船できるようになるのが前提だ。
でも、まずは常に追い風というとんでもなく恵まれた条件で、船の扱いに慣れて貰う。それから、いろいろな風に対して試行錯誤して、操船技術を積み上げるんだ。
魔法がなければ、自然の気まぐれの中で、何人もの犠牲者を出さないと積み上げられないものなんだと思うな。
つまり、将来において魔法に頼らないために、今魔法に頼るってこと。
これこそチートも極まれりで、本当にありがたいことだよ。
トーゴで完成した船は、火山灰コンクリートを流しこんでいるときの姿とは別物だった。
帆柱が立つと、「なんでこんなに」っていうくらい高さがある。ガントリー台車の上にあるからよけい高く見えるにしても、天を見上げるようだよ。
帆を張るのに必要だからってのは理解しているけど、そのせいでものすごく大きく感じる。
なんか、元の世界での建築現場を思い出すなぁ。
基礎のときは、こんなところで暮らせるのかってくらい小さな家に感じるのに、建前が終わると、とんでもない大邸宅に感じるんだよ。
しかも、その大きい船が2艘だから、周辺の空間を染め上げる力が凄い。
完全にどこかのマリーナに見える。
いいなぁ、こういうの。
お金持ちが、自家用クルーザーとか持ちたがる気持ち、初めて理解できたよ。
これで釣りとか、トローリングとかしたらすごく楽しいと思う。でも、リバータなんか釣っちゃった日にゃあ、船ごと海底に持っていかれちゃうだろうけど。
なんかもう、わくわくしすぎて、胸が痛い。
周りを見回せば、俺だけじゃない。
俺の配下の16人を含めて、バーリキさんもトーゴの開拓組もみんな、期待に目鼻が付いたって顔になっている。作った石工さん達までもが、だ。
もうさ、「さっさと進水しようよ」って、思わずそう口に出た。
でも、エモーリさんがまだだって。
底荷の石板を積むことを考えてからでないと、簡単にひっくり返るぞって。
なんか、船は、重心が低くないとダメだからと。
せっかく軽く軽く作った船なのに、なんで重くするんだって、みんなで頭の上にはてなマークが出た。
「そうなん?」って、みんなで口々に聞き返したら、エモーリさん、進水担当の全員に集まれって。
で、主だった人達が集まったところで、革でできたバケツにキュウリを浮かべて見せてくれた。ダーカスから運ばれた夕食のオカズだよ。
「ほれ」
そう言ってエモーリさんが手を添えると、水面に浮かんだキュウリは横方向にくるくると回る。
ある意味当然のことで、一瞬なにしているんだろうなって思う。
ああ、これが船ならば、転覆なんだ。
全員でそれは理解する。
で、エモーリさん、次はそのキュウリに鉄の針金を刺して、水に放つ。
針金が刺さった方を下にして、キュウリが再び浮かんだ。
さっきと同じようにエモーリさんが手を添えるけど、ああ、もう回らない。そりゃあ回らないよな。
さらにその鉄の針金をキュウリの尻の方に刺すと、水中でキュウリが立ってしまう。
「見たな。
このように、重心が底にあると安定するけど、偏ったらそれはまた危険だ。
だから、この船もおおよその重心は、前後の中央、左右の中央、上下では下よりに考えて設計してある。でも、実際の造船工程の中でどれほどズレたかは誰にも判らない。
それに、船を走らせたときに、どこに重心がある方が良いのかも、やってみなければ判らない。もしかしたら、前後中央より気持ち前よりの方が安定するかもしれないし、後ろ寄りの方がスピードが出るかも知れない。
そんなのも、やってみなければなに一つ判らないのが、今の俺達の段階だ」
全員がうんうんと頷く。
簡単な実験でも、見せてもらいながら説明されると、全員で共通認識が持てるよね。
そか、それに帆柱とかいろいろ付いていて、重心が高くなっているもんな。そんなことにも気がつく。
ホント、内陸の県にいたから、船のことなんて考えたこともないもんなぁ。
エモーリさん、針金を抜いたキュウリをかりっと齧って続ける。
「さらにだが、だからといって、事前にあまりに底荷を積むとガントリー台車が重量に耐えられなくなるかも知れない。しかも、それが重心を狂わすように積んでしまったら、そもそも水に浮かなくなるかも知れない。
だから、最初はあまり底荷を積まずに進水せざるを得ないので、相当に不安定のはずだ。
みんなで気をつけて、船が傾いたら、ゆっくりその反対側に移動してくれ。
常に、傾いた床を登る感じだ。
言っておくが、移動の際には、絶対、焦るなよ。
焦ると、フィードバックが正に重なって、一気にひっくり返るかもしれないからな。
つまり、船は揺れるものだから、その揺れが右に傾いたときに、人は左に動いてバランスを取るわけだ。で、船は人の重みで左に傾くように動き出すんだが、船全体としてはまだ右に傾いている。だから、人がそのまま左に移動し続けたら、船が左に傾くのと左に人が集まるタイミングが一致して、一気に左にひっくり返る。
だから、常にゆっくり動いてくれ。
そうやって、人が移動しながら船の重心を制御して、その間に底荷を増やして重心を下げて安定させるんだ」
エモーリさんの言うことを聞いている、全員の目が真剣だよ。
ま、航海より前の、船の調整の段階で死んだら洒落にもならないからね。
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