第5話 エア怪獣出現


 ヴューユさんも、人独りがようやく潜れる程度の細い竪坑を掘り上げていた。やはり、こんな小さな穴でも、コンデンサは100の単位で使ったらしい。

 で、魔術師といえど、ここまで連続して魔法を使い続けたことはなくて、「もう快感に近いな」だって。


 で、その穴の真上に三脚を立てて、エモーリさんお手製の手動のウインチを備え付けて、エレベータ状態で1人ずつ地下に送り込んだ。

 で、硝石と作業が終わった人達を、同じ経路で吊り上げた。

 大亀は、相変わらず寝ていたそうだ。


 ウインチは概念の図をあらかじめ描いて、エモーリさんに渡しておいたんだよ。

 なんといってもさ、俺の暮らしていた県は、昔は生糸の産地だった。

 今はもう、ほとんど蚕を飼ってはいないけどね。

 で、蚕を飼うのをやめた家は、餌にしていた桑の木を抜かないと他の作物が作れない。ところが、桑の木は恐ろしいほど深くまで根を張る木なんだよ。だから、ウインチを使わないと引っこ抜けない。

 で、桑の木を抜くウインチの作業を、幼い頃に子ども同士で見に行ったことがあるんだ。


 サフラの人達は、ここまで来てこの細穴を見つけても、ウインチを持っていないし、その存在も知らないだろう。

 だから、この細い竪穴をガイドにして、ひたすら穴を広げる工事をするしかないというのがこちらの狙いだ。

 こっちだって、最小限の硝石の確保ならばこの細穴でもいいけど、もっと大量に欲しいからね。どんどん広げてもらわないと。



 それから、ギルドにいた残念な娘、トーゴまで来てヴューユさんと合流した。

 どうやら、ヴューユさんの勘は当たったらしい。

 この娘、空気が見えるってさ。

 で、他の人もみんな見えていると信じて疑っていないから、行動がとんちんかんだったんだって。

 部屋の中で渦巻いている空気とか、トイレから流れ出ている(大して臭くない)空気の流れが見えていて、それから逃げたり避けたりしていたら、それは「可怪しな人」に見えるよね。


 空気の流れが見えるってのが、どういうことかは俺には判らない。だから、聞かないで欲しいけど、ナウ○カみたいな能力なのかねぇ。

 とにかく、空気の流れが見えるってのは、高度なイメージ力とセットになる能力なんだそうな。

 こういうのを見せつけられると、魔素は電気ではないって再認識するよ。科学では割り切れない別のものだって。だから、油断しちゃダメだって思うんだ。


 ともかく、この娘に、ゴジ△とキングギド△を空中にイメージしてもらう。

 ヴューユさんがイメージしきれないでいるのは、ゴジ△とキングギド△そのものをイメージするのではなく、その鋳型をイメージする必要があるからだ。

 爆煙で空中に怪獣を作り出す以上、必要なのは怪獣そのものの造形ではなくて、その爆煙を封じ込める鋳型なんだよ。しかも、その鋳型を生きているように動かさなくちゃならない。

 これにはさすがのヴューユさんも、無理って白旗を上げたんだ。

 だから、この娘の作ったイメージを、ヴューユさんが乗っ取って魔法で空間を固める。このあたりは、この二人の相性もいいから可能らしい。

 で、その鋳型内部で、俺が黒色火薬を爆発させることになる。


 だから、俺は、この娘にゴジ△とキングギド△のイメージを正確に伝えないとならない。

 地面に図を書いて、ごつごつした二足歩行のオオトカゲと、3本首の龍を描く。

 それから、全身でゴジ△の動きを再現してみせる。

 3本首の動きは、腕を振り回して伝える。

 で、それぞれが口から炎を吐くって言いかけて、それは近ごろのゴジ△には当てはまらないと思い直して、魔素流を吐くって伝えた。

 で、世界に轟く咆哮もするって。

 Y○u Tubeでゴジ△の咆哮の真似をする、悪魔閣下の動画を見たことがあったから、それをさらに真似て、叫んでみせた。


 この段階で、恐怖のあまり涙目になっている娘と、「『始元の大魔導師』様の世界はそこまで恐ろしい場所なのか」と言うヴューユさん。

 ここまではいい。

 ルー、Y○u Tubeでゴジ△を見ていたんだろうな。なんだその冷ややかな眼差しは。俺のことを可怪しな人だと思っているだろう?


 俺、2人に聞こえないように、ルーを睨み返して小声で言う。

 「あのな、素面シラフに戻ったら、良い歳した俺が、こんなことノリノリでできないのは解るだろ。

 少しは協力しろよ」


 したら、斜め上の回答が返ってきた。

 「いえ、あまりに『始元の大魔導師』様の、動きと説明が下手なので……。これでは伝わらないな、と。

 私が見た亀の化け物はすごかったです。

 口から火を吹いて、それに炙られた人を襲う空を飛ぶ生き物は、眼球を破裂させて一瞬で燃え尽きるんです。

 この2つの怪獣は、その亀よりも恐ろしいんですよね。

 『始元の大魔導師』様の伝える恐怖は、本物の半分以下しかありません。

 演技力が足らないんです。もっと怖くしないと」

 え、あ、大人気がないっていう、いつものツッコミじゃないんだ。

 俺の演技力への文句なのか……。


 で、そう言われましても……。

 特撮技術を演技だけで再現できる奴なんて、本職の俳優でもいないぞ!

 たぶんいないと思う。いないんじゃないかな?

 少なくとも、首が3本あるキングギド△の動きは絶対ムリだ。


 「『始元の大魔導師』様。

 その2つの怪獣のイメージを強く持ってください。

 私が、それを造形できるか、やってみます。それをこの娘と筆頭魔術師様に見てもらえば、間違いないでしょう」

 「そんなこと言ったって、力場は見えないだろ?」

 「そんな高等魔法、私には無理ですよ。

 いいから、思い浮かべる!」

 「分かったよー」


 仕方なく、シン・ゴジ△とハリウッド版キングギド△を思い浮かべる。

 次の瞬間……。

 「ひぃっ!」

 悲鳴が響いた。

 ヴューユさんっ!?

 視線を向けたら、東京を焼き払うゴジ△の姿があった。



 「わ、私は想像もしていなかった。

 このような恐ろしいものが実在するとは。

 リバータやトオーラなど、これに比べたら……」

 「いや、リバータも十分怖かったですけど……」

 ヴューユさん、全身が震えている。

 ちなみに、イメージ担当の娘は一瞬で失神していた。

 ルー以上の怖がりには、初めて会ったよ。きっと、素直な娘なんだろうねぇ、ルーと違って。


 まぁ、この世界では、特撮なんて見たことある人いないからね。当然こうなるかな。

 まして、フィクションとは思っていないもん。

 この世界なら魔素流が怖いけど、一応は天文現象だ。それが、天文現象の枠を超えて、恣意的にそこらを歩き回って、気に入らないものをかたっぱから焼き尽くすってなったら、それは怖い。


 真っ青な顔色になっているルーに聞く。

 「キングギド△は?」

 「す、すみません、『始元の大魔導師』様。

 私にはこれが限界です」

 あ、そう。

 ルーが声を震わせるって、珍しいな。

 ま、この世界の人が、これほどの怯えを見せるのであれば、キングギド△は欠席でもいいかな。


 「いつから、ご両人は?」

 恐怖に震えたままの声で、ヴューユさんが聞く。

 「なんのこと?」

 まんま聞き返す俺。

 「それは、想いの通じた相手の持つイメージを、空に描く魔法です。

 長い旅に出るときに、もしくは今際の際に、相手の想いを形に残す魔法ですよ。

 この怪物のイメージを描けたということは、『始元の大魔導師』様とルイーザ殿は……」

 俺、わたわたと手を振り回す。


 「……いや、まだなにもしてない」

 ヴューユさんが、一気に覚めた顔になった。

 「そんなことは聞いていませんよ。

 『心と心の深い繋がりを持つ機会があったのでは』、と申し上げているのです」

 「いや、たぶん、それは昨日、かな?」

 「おめでとうございます」

 「いや、めでたいのか、どうなんだか……」


 「『始元の大魔導師』様。

 今、なんと?」

 ルー、氷のような声を出すんじゃねぇよ。

 「あー、めでたいです。めでたい。

 大事なことだから、2回言いましたよ。

 ありがとうございます」

 かなーり割り切れない気持ちのまま、ヴューユさんにお礼を言う。

 でも、あんなんで『心と心の深い繋がり』になったのかな?

 それより、失神してぴくりとも動かない、その娘を介抱してやる方がいいんじゃないかいな?

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