第6話 準備に掛かる
さて。
トーゴの開拓組と石工組は、トールケに出発していった。
当然、まだリゾートは完成していない。
でもね、物騒な事態の方が先行しちゃったし。
その一方で、完成していなくても、ゆっくりはできそうなんだ。
と言うのは、トールケの状況報告が来て、俺は手放しに嬉しかったんだけど。
うちのコンデンサ工房の面々が、トーゴで簡易アンテナでも魔素流を防ぐだけならできたっていうんで、岩場の天辺に金の棒を立てて、近くの水場まで配線を引いたそうだ。
近いうちには、ここにも
やっつけ仕事でも、俺のやったことを真似て、安全な場所を増やしたってのはお手柄だよ。
今までは、こんな若者達(俺も若いぞ、まだ)の進取の気性も、地を焼き尽くす魔素流に焼かれて生まれてこなかったんだ。
で、早々と安全が確保されたんで、マランゴさんが露天温泉風呂を完成させているってさ。
俺と話した時に、温泉旅館のイメージは掴めていたし、「大工仕事として湯屋は迷うことなく作れる」ってんで、そこから作業開始したらしい。言われてみれば、風呂の周りって脱衣所含めてインテリア的なものも決まっているし、壁や屋根の形状も奇抜なものになりようがないもんね。
しかも、すぐに入れる露天風呂って状態の、いい場所を発見できたらしくって、屋根掛けするだけで済んだみたいだったらしいから、幸運も味方したのかも……。
と思っていたら、じつは違うと。
うちのコンデンサ工房の面々のうち、硫黄を取りにトールケに行ったメンバーによると、最初に行ったときにすでにお湯が湧いているのは発見していたと。
で、スィナンさんの工房の面々が、硫黄を取りに行くたびに野宿になるので、少しずつ手を加えて良い露天風呂にしてしまったんだそうだ。
トールケの地元の人達(といっても、10人に満たなかったらしい)は、魔素流を避けてほそぼそと穴居生活をしていたので、大きな風呂を作ったことでとても感謝をしてくれたんだそうな。
今までは人手がなくて、小さな穴で温泉を浴びていたのに、若くて威勢のいいのが10人も定期的に来て、がっぽがっぽ掘り返して岩を並べて大浴場を作ったらしいので、そりゃあ吃驚もしただろうけどねぇ。
でもさ、なんか、似たような話を聞いたなぁ。
国定公園に穴掘って、露天風呂作って逮捕されたって話があったよね。
人とは、お湯が湧いているのを見ると、風呂を作ってしまう生き物なのかもしれない。
ま、そんなこんなで風呂が完成しているから、地元の人達、元王宮書記官のリゾート支配人も受け入れるって言ってくれた。
風呂の次は台所ってことで工事が進んで、なんとかなりそうだっていうことでダーカスから大量の食料も運んだらしい。今や、運べる大量の食料があるって、凄いよな。
で、王様がさらに人事をしてくれた。
王宮料理人も1人、派遣されたっていうんだからありがたい。そして、タットリさんの友達の子が、調理補助のスタッフとして付いて行ってくれたと。
タットリさんの友達だからやっぱり農家なんだけど、新しい野菜の利用方法を勉強しておきたいってさ。自分がなにを作っているか解らずに、その作目を作っていたくないって気持ちはよく解るよ。
でも、結果として凄いことになりそうだ。
なにがって、温泉入って、美味しいもの食べて、でも野宿、みたいなアンバランスな感じが、さ。
でも、まだ不完全な施設だけど、今ならオープン前記念でご招待だって言ったら、全員で普通にテント生活していたから、「そんなの関係ねぇ」って、勇んで行っちゃったんだよね。
お年寄りのパターテさんなんか、荷車にくくりつけられるようにして運ばれていった。ま、本人は荷車の上から「行っけー!!」とか、楽しそうに叫んでいたから、別にいいんだけど。
どうやら、自分で料理しなくていいってだけで、それはもう天国らしい。
男所帯だとそうなるってのは、解るような気がするよ。辛くても休めないのが食事作りで、ここには、お湯を入れるだけで食べられるラーメンなんてものは存在しないからね。
トーゴの開拓地の留守を守るのは、デミウスさんとラーレさん。
開拓組は、「この際だから、2人きりにしてやろう」というつもりもあったみたい。
まぁ、サフラの将兵が侵入してきても、
俺が邪魔をしに行ってもいいけど、ルーの目が怖いからやめておこう。
− − − − − − − −
とにかく……。
非道く嫌な言い方になるけど、邪魔者達は去った。
ここは、純粋な戦乱のフィールドになった。
戦いに聖も俗もないのは判るけど、命を奪わずに済めば、その戦いはきっと奇跡と呼ばれる。
その奇跡をこれから起こす。
今まで、この世界に来てからの俺、「争い」ってのからは距離を置くことができてきた。
一度、喧嘩は高く買ってさしあげたことがあったけど、それ以外はいつも自然が相手だった。
それは、呼ばれたとは言え、この世界への乱入者の俺がわきまえるべき
「戦いさえできないほど貧乏」だからという平和は、きっと日常の細かい諍いがないことを意味しない。現に、食堂の親父と言い争いもしたことがあるからね。
でも、俺の周りは、貧しくてもユートピアみたいな感じだったし、精一杯の厚遇をしてくれていたんだ。
近頃、ルーに首輪をつけられて手綱を握られている状態になってきたけど、逆にそれで解ってきたこともある。
ルーには諸葛孔明みたいな、作戦を考える才能があるのかもなんて思ったこともあった。けど、才能以前に、その動機はたぶん、汚れ仕事からも俺を守ろうとしているからだ。
俺を守ろうとしているのは前からだったけど、そこには恋愛以上に、別の心情があったんじゃないだろうか。
最初は見た目から、俺のことを遥か年上と思っていたと思う。当然のことだ。
「
そのうちに、そうではないことが徐々に解ってきたんだろうね。それで力関係も変わっていった。
俺を立てながらも、守り方が家来が主君を守るような感じから、姉が弟を守るような形にね。
その心情があまりに素なんで、俺も「押し倒してやる」なんて気にならなかったんだ。
恋愛感情以前に、家族になってしまった感じかな。
でもね、俺も守られてばかりではいられない。
言い逃れかもしれないけど、命を奪わずに済むのであれば、これは戦乱にして戦乱にあらず。
より良い明日のための一歩、と考えることもできる。
しっかり準備して、事故による人命の損失だけはなんとしても避けて、ルーのためにもやり抜いてみせてやるよ。
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