第五章 召喚後120日から150日後まで(流通と冬季対策)

第1話 開校式兼入学式


 水汲み水車ノーリアが水を汲み上げだして、数日後。

 街の中まで水は届いていた。

 畑の潅水の余り水だから、湯水のようにっていうほど無駄に潤沢にとは言えない。

 でも、街の中の埃っぽさは激減していた。

 なにより、暑い昼間、石畳に水を撒けるってのはすごいよ。


 白茶けていた王宮植物園も緑を取り戻したし、街中でちょっとした緑を植えようとか、街路樹にニセアカシアを植えようかなんて話も持ち上がっているらしい。

 俺が持ち込んだ、桜とかかりんとかも悪くないぞって思う。

 夏に日陰が増えるのは、大賛成だ。



 そして、今日。

 いよいよ、学校が始まる。

 まずは、お試し期間で、2時間くらい。

 これで5日間たったら、2日間の休みを挟んで、それからは午前中いっぱい授業ってことになる。

 で、今日は開校式兼入学式。

 儀式が続くけど、座ってりゃいいんだろうなというつもりで、気軽に出席。


 なんせ、学校は俺が言い出しっぺなので、バックレるのもどうかなーって。

 で、ルーと一緒に来ている。


 とりあえずは4年制で、読み書き計算の基礎重視という原則は、御前会議での決定から変わっていない。

 で、準備期間の間に、年間を通した教育計画もできあがっている。

 読み書き計算の基礎に加えて、理科は俺とエモーリさんとスィナンさん。

 タットリさんが2年に1度、芋の育て方を実地教育する。

 魔法も直々に、数時間は計画されている。

 社会は、王様のとこの官僚で書記官をやっている数人が、国の仕組みがよく解っているってんで話してくれることになっている。


 とはいえ、読み書き計算ができないと、他の教科には踏み込めない部分があるので、まずは3人の先生にそのあたりをしっかり教えてもらう。

 ラーレさんが、解放奴隷の女性の中から3人をピックアップしてくれたのだ。


 ちなみに解放奴隷っていうのは、他国で売買されている奴隷を、ダーカスの王が慈善事業して買い取って、きちんとした職業を与える事業で救われた人達だ。

 その人達の中には、家が落ちぶれただけで、高い教育を受けていたなんて人もそれなりにいる。

 裏を返せば、少額投資で良い人材を買ってこれるっていう側面があるんだよ。

 まぁ、解放された以上、ダーカスを出ていくのも自由ではあるんだけどね。



 「せんせい、おはようございますっ!」

 今日、最初は、あいさつの練習。

 王宮内の一室だから、子どもの声が響き渡るなんて、たぶん初めてのはずだ。

 で、あんまりにわいわいしていたら、開校式兼入学式セレモニーにならないからね。


 この子達、先生っていうものがなにかを知らない。

 そもそも、この子達の親だって知らない。

 親ではなく、親戚でもなく、近所のお姉さんでもない。

 この子達には、おはつの概念なんだよ。

 わいわいがやがや。

 一向に静かにならない。


 静かにするって意味も知らないからね。友達がたくさんいるから、ただ純粋に喜んでいる。

 先生も今日からの新米教師だから、踏み込み方が判っていなくて頼りない。

 俺の方が、子どもたちを静かにできると思うよ。

 小中高とたくさんの先生を見てきたからね。そのうちの、誰かの真似くらいはできるかも。


 でも、子どもたち、が部屋に入ってきたら、5秒と掛からず先生というものを理解した。

 ぬぬぬぬぬーんっていうに、子どもたちの顔がひくひくする。6から7歳の子たちは、あまりに押しつぶされて、泣き出すこともできない。


 俺も、そうだったなぁ。

 今から考えると、校長先生って、穏やかな顔していても特別の存在だった。

 で、穏やかな顔して、コレの登場だもん。

 少なくとも、先生ってのが自分たち子供とは違う、親とも違う、なにかの権威を伴った人だってことだけは、否応なく理解させられちゃうよ。


 今度は、この権威が、知識を伝えてくれる存在だからだって誘導していくんだろうけど、あのはずっと変わらないだろうね。


 で、式、開始。

 まずは校長先生のあいさつ。

 「新しきダーカスの夜明けに相応しく、また、己の今生における畢竟の……」

 解んないぞ、なに言っているのか。

 で、その迫力ある若〇規夫ボイスで、いつまで話すんだ、あんたは?


 次に王様が一言だけ。

 「給食を食べに来てください」

 いいのか? それで。


 俺まであいさつしろって、司会役の先生に振られる。

 王様のあいさつで、一気に雰囲気がほぐれていたので……。

 俺がなにか言う前から、子ども達の声が響いた。

 「あっ! 前に、芋のお菓子くれたおじさんだ!」

 「今日は、なんでここにいるの!? 暇なの!? なにしに来たの!?」

 「おじさん、『始元の大魔導師』ってヤツなんでしょ!?

 お父さんから聞いたよ!」


 ……。

 「やかましいわ!

 あいさつの前に、お前らに教えておくことがある。

 こういう時は、『おじさん』じゃねぇ。

 『』だ。

 そういう気遣いができて、初めて大人になっていけるんだ!

 覚えとけ!」

 「あまりにその気遣いをしすぎて、話せなくなる人もいますので、気をつけましょうね。本日はおめでとうございます」

 ルー、人の話の尻を持っていくんじゃねぇよ。


 子ども達だけじゃなく、王様まで露骨に笑っているじゃねーか。

 なんなんだよ……。


 ま、学校は楽しいところだって、子ども達、必要以上に理解したかもなぁ。

 


 − − − − − − − − −


 開校式兼入校式が終わって。

 そのまま俺とルーはギルドに移動する。

 で……。

 ひそかに、ハヤットさんに俺、話していることがあるんだ。



 この間からダーカスに残っている94人の、ブロンズクラスの冒険者達だけど、彼らはギルド名簿から抹消の上で、トーゴで湿地の開墾と区画整理に入る。

 彼らの農業の指導は、パターテさんがやってくれることが決まってはいるし、あと5日ぐらいの間で順番に出発することになっている。


 問題はね、その94人のうち、80人近くが読み書きができない無筆なんだよ。

 ま、俺もこの世界では無筆だから、偉そうなことは言えないけど。魔素石翻訳で、読めているような気がしているだけだ。

 で、彼らに魔素石を埋め込むのは意味がない。

 そもそも翻訳された字が読めないんだから、無筆ってのはアウトにもほどがある。そこが俺と違うんだ。



 それに、新たにリゴスからくる農業志望者と合わせて120人にものを教えるとなると、その相手のほとんどが無筆ではパターテさんの負担が大きすぎるんだよ。

 何かに大きく書いておくってのは、口頭の伝言ゲームより誤解も生じにくいし、説明を繰り返す回数も激減する。

 トーゴに運ぶ物資の中に黒板も含まれているけど、図しか描かないってのもねぇ。


 しかも、その120人は、1年経って、土地を持ったら全員が独立経営者だ。

 読み書き計算ができません、じゃあ済まないんだよ。

 そのままだと、10年もしないうちに、読み書き計算ができる1割ぐらいにすべての農地が集積してしまって、その他は全員、借金を抱えた小作人に落ちぶれてしまう。


 同じく石工希望でトーゴの円形施設キクラ建造に関わる20人くらいも、まったく同じ問題を抱えている。こっちは、今は朝から晩まで規格サイズの石ブロックを作っているけど、これを卒業したら「計算ができずに建築ができるか」っていう根本論になる。

 石工さん達に伝わる口伝の計算法もいいけど、きっと、学校で教える計算のほうが応用が利く。


 この世界では、1番多いのが農業者、2番目が石工だからね。競争も激しい。

 教育は、その競争力の礎だよ。


 ちなみに、街外れの石工さんたちの集まっている一画では、さっきの20人以外も朝から晩までがんがん石ブロックを作っている。

 街中の石材の、在庫という在庫が尽きちゃったからね。水汲み水車ノーリアの水路建造で。

 で、王命の橋も掛けないとだし、円形施設キクラに使う分の石ブロックもない。トーゴで住宅建設も見込まれてる。だから、石工職人さん達は、過労死が出そうな勢いで石と石を叩き合わせている。

 未曾有の好景気ってやつらしいよ。

 夜は夜で、毎日食堂で、どんちゃんやっているし。



 ともかく、この円形施設キクラ建造に関わる20人と、開拓者の120人の2つの群れは立地が近いから、共同の学校というか、分校を持てないかってことをハヤットさんと話している。


 1番年若い魔術師さんがトーゴに同行するから、ついでに教えてもらおうかとも思ったけど……。

 日に、16時間労働とか強いることになってしまうんだよね。

 だって、授業を2時間するためには、準備時間とか、試験の採点とか見えない時間がたくさんあるはずなんだ。

 俺の通っていた学校でも、先生はいつも忙しそうだった。140人の教育は片手間じゃ無理だよ。


 で、ハヤットさんが出した案。

 子どもの世話をする人材として、3人をラーレさんが選抜したんだけど、その選から落ちた人の中に、男性の冒険者でエリートがいるって。

 その人に先生をしてもらおうかって。


 正直言って、その人が引き受けてくれればありがたいけど、相当に性格だかに難がありそうな気がするんですけれど……。

 冒険者ってのは、食い詰めて、仕方なくなる例が多いからね。なのに高い教育を受けていて、ラーレさんが見るところ、子どもへの当たりがよろしくないんでしょ?


 それって、どんな人よ?

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