第13話 東方見聞報告会2


 翌朝、我々は、真っ先に小さな入り江を観察した。状況によっては、4泊目の野営地をベースキャンプ化しなければならないからだ。

 ただ、この入り江は岩と砂浜からできたこじんまりとした、極めて美しい場所ではあったが、人が100人も連なるようなサイズの狂獣がいないこともすぐに判った。


 そこで、さらに南に足を進めたのだが、このあたりはこのような入り江が果てしなく続く地形のようだった(鳴滝からの注:リアス式海岸というヤツかもしれない)。


 我々が4つめの入り江に辿り着いたとき、そこが、狂獣リバータの生息している場所とすぐに判った。

 なぜならば、他と同じように入り江奥の小規模な砂浜と、岩場からなる地形だったのだが、その海底いっぱいにトグロを巻いた姿が見えていたからだ。

 もはや、探すとかそういうレベルの話ではない。


 我々4人は揃って、底しれぬ恐怖を覚えた。

 これが暴れだしたとき、我々が幼い時から聞かされてきた狂獣が蘇るのだ。

 ただ、依頼を受けた以上、投げ出すわけにはいかない。

 ともかく、できる限りの偵察を行うことにした。


 それと同時に、我々には大きな疑問が生じていた。

 全身をさらし、これほどあっさりと存在の発見ができた生き物が、なぜ過去においてはなぜ何も判っていない、不明な生き物とされてきたのかということだ。

 不用意に我々が姿を見せると、その生態や行動が変わってしまうかも知りないので、我々は水面越しにも姿を見られないよう、岩陰に隠れて見守ることとした。


 なお、これがその入り江を描いた図だ。

 このように、リバータは魚の仲間なのだろうが、身体を折りたたみ、横たえて頭を入り江の入口側に向けていた。通常の魚は身体を立てて両目の視界を確保するものだが、なぜ片目しか使えないこのような体勢になるのかは判らなかった。

 おそらくは水深が浅いためだとは思うが、確証はない。


 さらにだが、隠れての偵察は、2人いれば可能だ。

 なので、私と弓使いのアヤタがそこで見守ることにし、セリンとジャンは、先に進んだ。これは、繰り返し続く入り江の地形が、他にも狂獣がいることを示唆していたからだ。

 結果として、この見込みは当たった。

 およそ5つの入り江について1つ、狂獣リバータはいた。

 そして、入り江の大きさと、リバータの大きさの関係は、どこもほぼ同じだった(鳴滝からの注:ヤドカリのように、成長とともに身を守る殻として入り江を住み替えるのだとしたら、壮大な話だ)。


 我々は、今回の探検の目的を聞かされていた。

 なので、その時までに発見した最大の入り江、最大のリバータを選んで、ベースキャンプを移動することにし、最初に発見した入り江から移動することにした。


 そこで、野営地を設置し、5泊目の夜を過ごしていた我々は、果てしない恐怖を味わうこととなった。

 その時の見張りのアヤタに呼ばれて、全員で目撃することになったのは、ほぼ同じ大きさのリバータ同士の闘いだった。

 最初は求愛からの繁殖行動かとも思ったのだが、明らかに異なる。

 鋭い牙を閃かせ、お互いの身体を喰み、海中だけでなく砂浜までをのたうち回っていた。


 伝説を思い出すまでもなく、これにうかつに近寄り、その身体の下敷きになれば、人の体などすり潰されて形も残るまい。

 これは、もう1つ、我々に示唆を与えてくれた。

 もしも、リバータが入り江でなく、海底の洞窟で同じことをしていたとしたら、我々人間はその姿を見ることはなかっただろう。

 人が、無限の力を持ち、最上位攻撃魔法を使いこなしていた時代は、このような入り江をリバータが専有できたはずもない(鳴滝からの注:その時代の攻撃魔法は、核レベルに達していたと聞いている。いかに巨大でも、魚では対抗しようがなかったろう)。

 結果として、同じことをしていてもそれが海底であれば、人間の目には触れなかっただろう。

 また、海底の洞窟がそう数があるわけもなく、絶対数も今よりも少なかったということも、生態が謎とされる根拠の1つになっただろう。


 さらに考えれば、トーゴの鍾乳洞のような地質が海底にも続いていて、様々な規模の洞窟が海底で口を開けているとすれば、この地域でリバータが生息を続けたということも理解できる。

 これで我々は、リバータの基本的生態と、なぜこの地域に暮らしているのかという謎を突き止め得たと思っている。


 ともかく、自分の体が環境より大きくなれば、より大きな入り江を選び、そこに先有者があれば争って場所を奪う。そして、入り江の口に通りかかった生き物を捕食する。

 我々は、そこまで考えを整理したが、レンジャーのジャンが、さらなる謎に気がついた。

 この習性は、身を守るためと考えていたが、何から身を守るのか、ということだ。

 さすがに、この大きさのリバータを捕食する天敵がいるとは考えにくい。いるとしたら、すでに島1つの大きさになる。さすがに、何らかの伝承や神話が残っていなければおかしい。


 となれば、この巣は、生殖のための巣ということになるのではないか。

 大胆に考えれば、ここにいるのはメスであり、ここで卵か子を生むのだ。入り江や洞窟は、自らを守ると同時に、より大切な卵か子を守っているのだ。

 いにしえの文献に、子を生む魚がいるという話があったはずだ(鳴滝からの注:生態系ピラミッドの上位にいる生き物ほど子供が少ないと、中学の理科で習った。子を生む魚というのは、卵胎生というのだったかな?)。

 この想像が正しければ、オスのリバータが来たときのみ、メスは交尾のために自分から入り江を出ることになる。

 交尾の後、ふたたび戻るまでの間は入り江は空のはずだ。


 我々は、その考えが正しいかを知るために、観察を続けた。そして、観察を始めて4日目、セフィロト大の月スノート小の月も出ていない夜に、ついに入り江から泳ぎだすリバータを確認した。

 天気が快晴で、星のあかりのみではあったが、恐ろしいというより実に雄大な眺めだった。


 そして、この言い方で差し支えなければだが、は、明け方とともに戻ってきた。陽の光が差し始める中、巣の中で身体を折りたたみ、頭を再び入り江の外に向ける姿を確認することができた。

 


 この観察結果は、同時にまた一つの推論を生んだ。

 巣の取り合いをしているということは、最大のリバータは、最大の入り江で死ぬまでそこを守り続けることができるだろう。

 しかし、その最大のリバータ以外は、事故でもない限り、巣である入り江では死なないのだ。入り江より自分が大きくなれば自ら出ていくし、自分に匹敵する大きさの他のリバータに巣を奪われることもあるだろうが、そこで死ぬことはない。

 ということは、当てずっぽでどれかリバータの動きを苦労して止めても、そこに骨はないことになる。現に、見える範囲ではあるが、この入り江の底に骨らしきものは沈んでいない。

 そこで、この入り江での観察は終えることとし、最大の入り江の最大のリバータを探すことにした。


 ただ、ここで1つ、注意を喚起しておきたい。

 ここは岩と砂ばかりで真水がない。

 レンジャーのジャンがさまざまに工夫をこらしたものの、4人分の水は確保できなかった。その後の雨と、それに合わせてセリンが集水魔法を唱えたため、我々はなんとか飲料水を確保できたが、この地で作業することを考えるのであれば、水の確保は絶対に必要だろう。


 それから4日間、我々は歩き続けた。

 地形が起伏に富み、まだ入り江が多く海岸線は長いため、時間は極めてかかったが、直線距離としてはそう動いていないと思う。


 そして、ついに見つけた。

 岩場と砂浜の入り江という点では、他と異ならない。

 しかし、そこには大量の骨が散乱し、そして、その骨のサイズが桁違いだったのだ。

 おそらくは、だが、先住者の骨が邪魔で、砂浜に尾で押し出したのだろう。

 可能であれば、1本持ち帰ればと思ったが、4人ではどうにもならない。

 

 そして、なによりも、その入り江に横たわるリバータの大きさが恐怖だった。とても近寄る気がしない。

 とはいえ、あそこまで大きいと、却って我々は捕食対象にはならないだろう。


 もう1つ、報告すべきことがある。

 その骨の形状なのだが、魚の骨のような弧を描いた針状ではない。

 弧は描いているが、先が二股に分かれた、このような形なのだ(鳴滝からの注:ケナンさんは、弧を描いたY字形を指で空間に描いた)。

 これが、今回の目的にどう影響するかは私には判らない。


 最後に、これが、その最大の入り江に至るまでの地図だ。

 また、位置としては、かなりの南下と同時に西にも動いている。とはいえ、南のトールケの火の山に辿り着けるほどでもない。

 なので、この図を描いた後、我々は来た道を戻らず、ダーカスまでの最短距離を歩くことにした。

 そもそも帰着期日まで3日しかなく、来た道を戻っては間に合わない。

 砂漠を突っ切ることになるのは危険ではあったが、方向さえ誤らず、ネヒール川に行き当たりさえすれば良いのは解りきっていることなので、強行した。


 1つの低い山越えはあったものの、足場は悪くなく距離は稼げた。

 なお、この経路で再訪できるよう、道標は残してきた。

 昼夜を通した強行軍のため、魔法で疲れを癒やし、コンデンサは全て空になったが、2日とかからずに再び我々はここ戻れた。

 以上がこの旅の報告だ」



 聞いていた全員から、期せずして拍手が生じた。

 王様からは「見事だ」という声。

 ハヤットさんからは、「依頼に対する質の高い完遂。そして、推測と解決。これこそが重要な資質だ。モンスターと戦って勝つことが、冒険者の本質ではないことをよく理解している。ミスリルクラスへの推薦状を、リゴスのギルド本部あてに書こう」という言葉。

 ヴューユさんからは、「リゴスの魔術師の機関に、報告書の写しを送ろう。然るべき謝礼と、二つ名が届くだろう」という言葉。


 ……ごめんね、『始元の大魔導師』様はあげられるものがないや。

 せめて、1回、飯をおごるよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る