第12話 息抜きの合間に人体実験


 さて、牧場での息抜きの合間に、ちょこっと実験。

 そう言えば、「あんたたちは、息抜きのあいまに人生やってるんだろう!」なんて言葉もありましたね。



 俺のバッグから取出したるは、ポリの密閉瓶が3つ。

 ルーの素直さに便乗して、口に入れさせてしまおう。

 まずは1つ目。蜂蜜。

 「ルー、舐めてみて」

 「甘いですね……」

 んー、順当。


 2つ目。半年前のボジョレー・ヌーボー。

 未成年問題は、目的が目的だから、ちょっと許してもらおう。

 「ルー、こっちも舐めて」

 「つんつんします……」

 やはり、半年も置くともう、ダメだったかぁ。

 来年からは、さっさと飲んでしまおう。


 3つ目。俺のアパートの押入れの奥から取り出したる逸品。

 他のどこにもないであろう、5年前のボジョレー・ヌーボー。

 飲みそこねたけど、捨てるにはもったいないし、見るのが嫌で押入れの奥の奥に突っ込んでおいたんだ。ヌーボーを10年置いて、熟成していたらめっけもんって、そんなことになるワケねー。

 別に、これを飲むところを録画して、Y○uTuber になろうってつもりでもないぞ。


 ルー、思いっきり噎せた。

 あちゃー、酢になっていたかな?

 あまりに大量の澱があって、自分で飲む勇気はどうしても湧かなかったからなぁ。それをルーに飲ませるって、俺って非道いヤツだ。

 でも、3つ目で顔色が変わっていないか?


 「最後のこれ、一体全体、なんですか?

 エグくて、渋くて、苦くて、酸っぱくて、酷い味です」

 「次から、旨いの用意してやる。

 今は、口直しにソフトクリームを食べなよ」

 そう言って、ルーがソフトクリームに全身全霊を突っ込むのを見守る。


 ルー、たぶん、気がついていない。

 思考の外だ。

 魔法を使うことで奪われた生命力を、再び得ることができるかもなんてのは、ね。

 身体が楽になっても、それはソフトクリームのせいだと思っているはずだ。


 でも、俺、内心でガッツポーズだよ。

 ヴァン・ショーホットワインが、魔法を使うことによって失われた生命力を少しでも補うとしたら、その要因は何かって考えたんだよ。

 材料は、ワイン、蜂蜜、シナモン、フルーツ。

 フルーツは後回し。入れた種類が多すぎる。効いたとしても、ダーカスに戻ってから入手もできない。

 すぐ確認できるのは、ワイン、蜂蜜、シナモン。

 この3つは、やっぱりダーカスですぐに手には入る物じゃないけど、こっちから召喚される時に持っていくのは簡単だ。

 なので、検討候補として、薬局でポリの密閉瓶を買って、その3つを入れた。

 ルーが魔法を使ったら、すぐに口に入れられるように、だ。


 で、1日経って、間違っているかもって考え直したんだ。

 ルーの世界は、ダーカスだけでなく、リゴスとかそこそこ大きい街もある。

 そっちの街であれば、ダーカスよりは食生活が豊かかも知れない。

 それなのに、リゴスの魔術師も同じく、魔法を使うと生命力が失われている。

 ということは、やはり生命力を補うのは、直接に口に入れる食べ物そのものじゃないんだよ。直接に、ワインだとか、蜂蜜とかじゃないんだ。


 じゃあ、向こうになくて、こっちにあるものって考えたら、答えが出た気がした。

 時間を経ていて、熟成して、食べるとかして身体に入れられるもの。

 これはね、向こうにはないんだよ。

 向こうにあるのは、芋と野菜、ヤヒウの肉と乳だけ。

 乳はチーズにすれば熟成の対象になるだろうけど、長期の熟成をさせられるだけの余裕があっちにはない。腐る危険があるならば、今食うって判断になる社会だ。

 塩だって大量にはないから、肉の塩漬けもままならない。

 製塩も大量の燃料が必要だって。

 芋だって粉にすればそのままよりは保つけれど、湿度も酸素も遮断できないから、やっばり数年単位の長期には保たない。


 だから、もしかしたら、ルーの世界で言う生命力のゲージってのは、時間かも知れないって。

 降り積もった時間が長い食べ物や飲み物が、奪われた時間を補填するのかもって思いついたんだ。

 あの時に飲ませたのが、ヴァン・ショーホットワインで良かったよ。

 味噌汁だったら、寝かせた味噌で作っても時間に考えが行かなかった。熟成って言葉とセットで語られる、ワインだからこそ思いつけたんだ。


 で、シナモンの粉の代わりに、押し入れの奥から、例のブツを取り出して入れた。こないだのヴァン・ショーホットワインにしたのは3年もののチリ産ワインだったから、倍近く効くはずなんだ。


 この推理は、もう1つ状況証拠がある。

 大量の治癒魔法で、ルーの親父さんが若干は持ち直せたってこと。

 治癒魔法は、病気や怪我を治すものじゃない。

 あくまで、「あるべきものがあるべき形になる呪文」だってルーは言っていた。

 だから、結果として病気や怪我を治すけど、若返りはできないんだって。

 つまり、不当に奪われた時間を、あるべき形にしようとすれば、若干は取り戻せるってことになる。でも、あるかどうかは判らないけど、おそらくは時の遡りという魔法は、あったとしても最強最大のものだろう。

 きっと、それの替わりにはならないから、治癒魔法だけでは完治しない。


 帰りに、長期熟成タイプのまともな赤ワインを買って、召喚されたらダーカスにいるルーの親父殿に飲ませよう。まだまだ糠喜びさせちゃう可能性があるから、ルーには内緒で。

 40年くらい寝かせたのでも、帰りに酒屋で買えるかもだし……。

 ああ、もっと良い手があった。

 ブランデーとか、アルマニャックならば、100年選手がいるかもなぁ。

 効くようならば、80万円とかしても、数本は持っていきたいよ。ヴューユさん達のためにも。


 心配なのは、派遣された時に魔素がコンデンサからなくなっちまってたように、熟成したお酒から時が積もった効果がなくなってしまうこと。



 と、ここまで考えて……。


 ああっ、「魔術師の服」!!!


 円形施設キクラの壁の文様もだけど、金じゃない素材で、魔素を通している。これでワインとかコンデンサを包んで召喚や派遣をしたら、もしかしたら効果が保持されるんじゃないか!?


 今まで、ことごとく金でなんとかなっていたからね。

 あの「魔術師の服」の素材はなんだか判らなかったけど、それについて考えることもなかった。

 金は無理すれば金糸だって作れる。にもかかわらず、魔素に関わる心臓部分には金を使わないんだ?

 うわー。

 凄いことに気がついちゃったよ。

 明日の召喚時に、魔術師の服の派遣、お願いできないかなぁ。


 こんなこともあろうかと思って、車に羊皮紙の封筒は積んである。車に戻ったら、すぐにルーにお手紙書いてもらおう。

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