第13話 召喚、第一陣


 本当は俺、シープショー、ちょっと見たかったんだよね。

 でも、さっきのヤヒウのフェロモンに対する羊たちの反応を見たら、とてもじゃないけど怖くて無理。

 またまたルーに突進されたら、会場が大騒ぎになるか、またルーの魔法ってことになるか、ま、どちらにしてもちょっと嫌。

 そもそも、ショーをぶっ壊すつもりはないし。


 で、俺ってば、できる男だからね。

 きちんと第2案は用意しておいた。

 近くの漁港の漁協直営の食堂で、海産物の食べ放題だ。

 俺が牧場よりそっちのほうが良いと密かに考えていた、なんてのは言い掛かりだかんな。


 ルーの世界の海が、どういう状況になっているかはまだ判らない。

 でも、海の豊かさを、ルーが体験しておくのも悪くないだろ?

 

 お昼すぎだけど、お店は混んでいた。

 俺は席が空くのを待つ列に並ぶし、ルーは車に残って手紙を書く。

 書いた手紙は、ナンバーの入った羊皮紙の封筒に入れる。こっちの世界のどこにいようが、向こうからの召喚に関係はない。動く車内だってね。


 用件は「魔素が充填されたコンデンサを革で包み、さらにそれを『魔術師の服』で隙間なく包んで派遣してください。ただし、『魔術師の服』は円形施設キクラの床に直接置かないで、台の上に置いて、その台ごと派遣してください」、だ。

 たぶん、手紙よりは魔素の消費が大きいだろうから、送られてくるのは第一陣の召喚の直後とかになるかも知れないね。魔素流を使って派遣する規模だからだ。これで、コンデンサが満タンのまま俺の部屋に届いたら、それこそめっけもんだ。

 明日第一陣が行くから、今、連絡自体は密になっているしね。ま、まずは、うちに帰るまでに、手紙コレが召喚されてくれればいいなあ。



 ルー、最初は魚が怖かったらしい。

 新幹線といい、ルーって、もしかしたら怖がりなのかねぇ?

 文字通りの遠くからつんつん、ってのをしてたのを見ていると、ちょっと萌える。けど、それ、すでに調理済みだってば。

 そか、考えてみたら、紅鮭は切り身だったし、尾頭付きの魚を初めて見たんだな。

 でも、一旦口に入れればあとは早かった。イワシの刺身の山盛りに、マゴチの唐揚げなんか40cmもあったのに瞬殺。


 「ナルタキ殿。

 かようなものは食べたことがありません!

 海のものは素晴らしい。

 美味というのは、果てがないものなのですね!」

 「いや、きっと、もっと旨いもの、あるよ……」

 「それらすべてを食べるまで、帰れません!

 あ、明後日帰るのか……」

 ああ、やっぱり効いているよ、5年前のボジョレー・ヌーボー。

 妙に元気になっちまった。


 「まぁ、残念だけどさ。

 ダーカスじゃ、ルー以外の誰も経験していないことだから、このくらいで勘弁してやってよ」

 「うーん、明日の夕食はなんにしましょうか?」

 「考えるならば、今晩の夕食のほうが先じゃないかなぁ?」

 「ナルタキ殿の、こちらでの最後の食事ではありませぬか」

 「……やめろ。

 最後にするつもりはねーよ!」

 「……」

 旨いものを食うと、人は粗忽になるのかね?

 ルーは自分で言ったセリフで、俺が帰ることを想像して、自業自得的にがっかりしてる。まったく世話はねーけど、落ち込むのに俺を巻き込むな。


 ……まだ決めるのは早いけど、いっそ、こっちの世界にはもう戻らないって言ったら、ルー、どれだけ喜ぶんだろうな。



 「鴨蕎麦とみぞれ酒だ」

 そう強引に宣言して、話を終わらせた。


 さて、さっさと帰ろう。

 酒屋と養蜂家の家に行かないとだからね。


 関越自動車道を走っている最中、封筒は車内から消えていた。



 − − − − − − − − − −


 翌日、朝。

 倉庫の前には、家畜系大型動物の仔が並ぶ。

 みんな、つがいだから、そこそこ匹数は多い。

 順番に倉庫内に牽いて、凹型の簡易な囲みを作ってある中に追い込む。凹んだ場所は、円形施設キクラの底の、魔術師さんが立つ場所として確保した面積。

 ちょっとぎゅうぎゅうだねって、牛だけに。って喧しいわ。


 囲いの上には板を渡してフレコンバック。

 本と種子と苗。110枚の皿とミツバチの巣箱。あと、昨夜養蜂家の人から聞いた、蜜源植物が不足している場合の当座の保険の砂糖の小山。

 家畜の上にフレコンバックが落っこちちゃったら困るから、積み上げるのにも限界はあるけど、それでも山のようだよ。

 そして、ルーが書いた取扱説明書の補足分。

 あとは祈る。

 召喚されるまでの間に、この子達があまりシッコとか、ンコとかしないように。シッコは流せばいいけど、ンコはそうはいかない。掃除はいいんだけど、集めたものをどこに捨てるんだって問題があるからね。

 きっと、朝、生ゴミに混ぜて市指定の袋に入れて出したら、絶対班長さんに怒られる。


 ルーが家畜類の鼻を撫でているけど、きれいな娘と動物ってのは絵になるよね。その姿の写真を撮って、荷物の写真とかと一緒に羊皮紙の封筒に入れる。

 これが召喚されたら、次は間を置かずに荷物がここから消える。

 だから、羊皮紙の封筒が召喚されたあとは荷物には近づけない。あまりにタイミングが悪く、荷物と一緒に間違って召喚されると大変だし、それも、身体半分だけとかになったら悪夢だ。


 ともかく、これが召喚されたら、掃除をして明日の準備。

 本命の本の山と、包丁とガラスコップ、重いものばかりだ。

 残りの小動物の引取りをして、そうそう、先延ばしにしていたワー○マンも行かないとルーに恨まれる。作業服、買ってやらないと。

 俺も、木綿のパンツを買わないとだ。革のパンツは性に合わない。

 あと、自分の工具一式をもう少し向こうに持っていきたい。先を睨んで企んでいることもあるからね。

 これで営業していた電気工事士ってのは、持っている工具が多いんだよ。


 封筒が消えた。


 20分後、倉庫の真ん中の大荷物は、陽炎のように揺れ、そして、その姿を変えた。

 床には、大量の炭っぽい粉。火を付けたら燃えそうだ。

 そして、間を置かず、台に載った「魔術師の服」が現れた。


「ルー、コンデンサから、魔素を取れるかやってみて」

「はい」

ごそごそと、コンデンサー取り出して……。

「魔素、ありますよ!!」

「もう判るの!?」

「判りますよ。魔術師の娘ですから!」

よしっ!!

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