第6話 魔法を使える振りする大魔導師


 「『始元の大魔導師』様は、自分で治癒はできないのですか?」

 正直、殴られた痛みに、「このクソ女が」とは思う。けど、おふざけモードから切り替わって、大きな目で正面から問われると、やはりこの娘は可愛い。

 歳も聞きたいとこだけど、違う星の違う暦法上の年齢を聞いても何の意味もない。「3つ」かもしれないし、「300歳」かもしれない。俺の地球時間に換算できない以上、聞いてもあまりに意味がない。だいたいさ、月が二つあったら、暦ってどうなるんだろう?

 俺には難題すぎる。


 「そちらこそ、MPは戻らないの?」

 逆質問で、答えるのを回避する。

 「MPってなんでしょうか?」

 「ああ、俺達の世界では、魔法を使うための体内の魔素の量をそういう単位で表すんだ」

 と、大嘘をつく俺。

 「さっきも思ったんですが、『始元の大魔導師』様の魔法って、厳密ですよね。

 私たち、体内の魔素の量を測るなんてこと、考えたこともありませんでした」

 「えっ、逆に驚きだね。

 感覚だけでやっているの?

 呪文によって、魔素の消費量も違うでしょ?」

 「はい、でも、それができて一人前と」

 思わず、「どーせ、俺は一人前じゃないですからね」と僻み根性丸出しのことを言いかけて、必死に飲み込む。

 一応、俺、『始元の大魔導師』だから、下手なこと言って正体を疑われるのはめんどくさい。

 冷静に考えれば、この世界に電気工事士の仕事があるとも思えないし、正体を見破られる前に飯とねぐらは確保したい。単に逃げ出すだけだと、その先で詰むことに今更ながら気がついた。



 さて、上手くいくかどうかは判らないけど、やって見る価値はある。

 なんせ、ハッタリに原価は掛からない。

 「ならば、問おう。

 そなたは、今の魔素が尽きたという感覚がどこまで正確なものと思っているのだ?」

 ちょっと演技が過剰すぎるかな?

 だけど、娘は神妙な顔になって答えた。

 俺が、『始元の大魔導師』のノリで話す方が、しっくり来るのかもね。

 「私には判りません。

 今は、魔素を持っていないと思っていますし、このような感覚のときには絶対に次の魔法は使えないのです」

 「それは、そなたの父の教えか?」

 「いえ、父から、魔素の扱いを教わることはできませんでした」

 俺、ここで精一杯の威厳を作る。とはいえ、仰向けにひっくり返っているんだけどさ。


 「ぶぁかもの!

 己の限界を己で克服せずして、なにが魔術師か。

 己の底を浚い、残された魔素をかき集め、もう一度の呪文を唱えよ。

 己の底の底まで振り絞って戦うことが出来ない者が、勝利を得られるものか。

 それをしようともしないとは、魔道不覚悟にも程があろう。

 自らの責任で、自ら成したことの責任を取れ!

 回復呪文を唱えてみろ!!」

 仰向けに転がったままにしちゃ、俺、熱弁だよね。

 どっかで聞いたセリフの、エエ加減な組み合わせだけど。


 でも、この娘、素直。つまり単純。

 俺のことを、『始元の大魔導師』だと思っているからかも知れないけど、叱咤がここまで効くとは思わなかった。

 眼差しが、やる気に満ちている。ちょっと凛々しくすらある程だ。

 どうせダメ元。

 上手くいきゃ、俺はラッキー。痛みは引くし、自分が魔法なんか使えないってことも誤魔化せる。

 上手くいかなかったら、その時はその時だ。気絶した振りでもしよう。

 「ごにょごにょ、ナルタキ、ごにょりょりょ、ヘイレン!」


 おおっ!

 やればできるじゃないかっ!

 いいぞ、いいぞぅ!

 嘘のように痛みが引いていく。

 「『始元の大魔導師』様、私、できました! 私、私……」

 「泣くことはない。

 なんと素晴らしいことか。

 今こそ、そなたは魔術師として大きな成長を遂げたのだ。

 己の限界を再び超えねばならぬときまで、今の感覚を忘れるでないぞ」

 「はいっ、『始元の大魔導師』様っ!」

 ここが野外だったら、「あの夕日に向かって走れ!」まで、間違いなく行っていたな。


 いいだなぁ。単純で。

 今のJKとかだと、絶対にスポ根ものの、このノリには騙されてくれないよね。

 相手がどう考えているのかを忖度しすぎて、頭の中真っ白になって話せなくなってしまうコミュ障の俺でも、この娘となら話していける気がする。

 なんかさ、魔導師っぽく演技をするのが精一杯で、自分が相手にどう見えるかなんて考える余裕もないしね。


 「ではここから出よう。

 お父上にもお会いしたい。

 私がここに連れてこられた意味を、詳しく知りたいにょだ」

 う、噛んだ。

 こんな語調で喋るのはキツイけど、しばらくは仕方ない。

 「ごもっともと存じます。

 それから、私はルイーザ、ルーとお呼びください」

 「名乗って良かったの?」

 意表を突かれて、思わず話し方が素に戻っちまった。

 「ええ、ナルタキ殿が名乗られたのに、その礼に応えぬわけには……」

 「じゃあ、ルー。

 行こうか」

 やっと、この場所の閉塞感から解放されるよ。



 暖炉の反対側の壁に、文様に紛れて隠し扉があった。

 もともと隠されていなくて、俺が見つけられなかっただけかもしれないけどね。


 外は、一面の星空だった。

 予想していたけど、ほぼ真上に大きな月。

 彗星のように、地面に向けて尾を伸ばしている。

 「あれがそうなの?」

 「はい、今、あの下は地獄です」

 「煙とかは上がっていないね」

 「とうに……、とうに地表で燃えるものは焼き尽くされています。もはや、あの近くは草さえ生えません。」

 「そか……」

 この円形施設も、それほど広い面積をカバーできるものでもないらしい。

 もしくは、機能を失いつつあるのだ。

 暗澹たる気持ちになる。

 本当にここで、俺はなにかを成すことができるのだろうか。


 石畳の平らな道を歩く。道だけではない。建物も全てで、本当にどこもかしこも石ばかりだ。

 石畳のすり減り具合からして、相当に古い街なのだろうと思う。石っていうのは古びないから、一見しては気が付かないけど、相当な疲弊も窺える。

 それに、街の規模に比べて、人口は妙に少ないようだ。

 ただ、月明かりだけが通りを照らしている。

 それとも、円形施設の周りならば安心と考えがちだけど、逆なのかも知れない。もっとも、避雷針だって、すぐ横は怖くていられないよな。

 建物に明かりは灯っていないし、空気に生活の匂いも嗅ぎ取れない。

 壮大な廃墟にも感じられた。


 初めての場所でにおいをチェックするのは、俺の職業病みたいなものだ。

 電気配線も、家電も、異常は臭いに出ることが多い。漏電したとか、コンデンサが破裂したとか、だ。

 クーラーとか空調の異常も、まずは臭いだ。温度感のあるカビ臭さってやつ。

 でも、まぁ、少なくとも今晩は、右手に下げた工具箱の出番はないだろう。

 そもそも、ここに電気というエネルギー・システムはなさそうだし。

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