第67話 間違えてしまえば0点

 迫る武器をどうにか盾で押し退けて呪術を放った。それらは確かに敵プレイヤーの体に吸い込まれ、抵抗なく状態異常を発動させた……が、すぐにそれらは解除されてしまい、該当プレイヤーは一呼吸を置いて俺にもう一度武器を振るった。

 チッ、流石にヒーラーの数が多すぎて無理だ。というかリソースの量が相手とあまりにも違いすぎる。ポラリスの面子とは違う……数の暴力をふんだんに織り込んだ彼らの人海戦術に、俺は非常に苦しめられていた。


 カルナも最初こそいい笑顔を見せていたが、殴っても殴っても埃のように湧き立つプレイヤーに渋い顔をしている。一撃で倒せば問題は無いが、カルナが大振りに構えれば一斉に攻撃がカルナに集中し、それを防いでも肝心のカルナの攻撃がタンクに吸われて回復され、実質無効化されてしまう。

 暖簾に腕押しとはこの事だ。この状態では勿論大隊長達の援護もできないし、彼らも俺達を救う余裕などないだろう。フォートレスとシールドバトラーの効果で完全回復した体力に一息ついて、終わりの見えない包囲網の中でもがく。


 時折飛んでくる光魔法は闇魔法で撃ち落とす。俺でも食らったら多分瀕死になってしまう。カルナも再起動リブート中に撃たれたら、五秒と持たず消えてしまうだろう。包囲網を解くためにダークボールを撃ち込むと、確かに網に穴は開くが、その直後に人員が補充されていく。


 ちらりと四階層の扉を見ると、重い音を鳴らして扉が開いているのが見えた。入ってきたのは四人パーティーか……。相手の分析をする暇もなく攻撃が飛んできた。物理は甘んじて受けて、カルナの左を守るようにランパートを張った。甲高い音を立てて、金色に光る弓矢が5本突き刺さる。……絶対にあれは光属性のエンチャントが施されてるな。


 戦場は完全に飽和していた。最初は十二人に対してこの部屋広すぎだろ、なんて思っていたが、今の状況を見れば手狭な位だ。続々と開いた扉から人間が雪崩れ込み、その度に大隊長達が息を荒らげながら相手をする。どうにか敵の流入より処理速度の方が勝っているが、ここでトップランカーのプレイヤーが来てしまえば、こちらは大隊長一人を潰して相手をすることになってしまう。


 既に一人に対して五人は相手している。たった一人でそれだけの相手に対して戦っている大隊長達に成長を感じるが、それを言ったらこっちは一人に対して十五人は掛かっている。天井で動いていたオーワンが敵の魔法に被弾したのか、地面に落下していくのが見えた。助けにいきたいが、行くにも行けない。

 戦いは続いている。敵は増えていく。


 こちらのリソースはひたすらに減っていき、それに対して時間はあと三十分とちょっとある。周りを確認していた俺に、光魔法が飛び、盾で受け損なった。途端に全快から四割近くに体力が減り、好機だとばかりに攻撃が激化した。

 駄目だ、ポラリスとの戦いで生まれた疲れが癒えていない。無理をし過ぎてしまった。息が切れるし、腕が重い。なんとか歯を食い縛って疲労感に抗い、盾でそれらを受けようとしたが、それより早くカルナが俺の周りの敵を薙ぎ払った。


「無理をしすぎよ」


「はぁ、はぁ……無理してなんとかなるなら無理するさ」


 息も絶え絶えに言って、体勢を立て直す。もうかれこれ二時間は戦ってきているのだ。しかも、それらは連携や作戦無しに突っ込んで容易く倒されてくれる魔物ではない。しっかりと対策を立てて、連携を絶やさない人間だ。それぞれに個性と思考があり、それが厄介なことこの上ない人間だ。


 荒れた呼吸をそのままに、攻撃の手を休めない人間達に盾を構えた。俺の回りで、様々な戦いが起きているのを感じる。きっと名の売れたプレイヤーと戦っているであろう大隊長の事を想う。

 それと同時に振り下ろされた鎌をいなし、剣を体で受け止めて、魔法を魔法で相殺する。呪術を放ってすこしばかりのヒーラーいじめを行い、なんとか二本足で地面を踏みしめる。


 体と思考が重くなっていくのを感じる。だが、それはここで倒れていい理由にはなり得ない。ひたすら、ひたすらに時間を稼ぐ。そうすればきっと、勝ちを守りきれる。乱れた思考と呼吸を引きずって、身体中で攻撃を受け止めて、どうにか敵を引き留めた。


【一定時間が経過した為、現在生存している全ての魔物プレイヤーにイベント貢献ポイント:1000が贈られます】


【ポイントはイベント終了後にイベント通貨として利用可能です】


 あと三十分! 僅かながら希望が芽吹こうとしていた、その時だった。


「……なっ!? は、はぁ……?」


「あら……」


 全身ボロボロのカルナと同時に口を開いた。芽吹いた希望を捻り潰すように、巨大な扉が音を立てて開き……ぞろぞろとプレイヤーが入ってきた。その数おおよそ三十人。更に人間が追加されるのか? 今ですらもういっぱいいっぱいで、許容範囲ギリギリなのに、これ以上を求めるのか?

 しかも、入ってきた連中を急いで鑑定してみれば……あぁ、しなくてもわかる。一流のメンバー達だ。


「『フルメタ』に『クラウン』、『PanDola』、『エミネス0201』、『mine:D』……はは、最悪だ」


 『フルメタルクラウン』と『VARTEX』が同時に集まってしまった。戦場はこれで完全に飽和し、あぶれたプレイヤーは俺達ではなくコアを狙うだろう。あと三十分が、ひたすらに遠い。勝てる気が全く湧かない。

 攻撃の手がいつの間にか止んでいた。人間プレイヤーも驚いているのだろう。殆んど全員が最高位のプレイヤーで構成された少数精鋭に。


 彼らを率いているのは、一際巨大な全身鎧を着こんだプレイヤーだ。その両手には巨大な鉄の盾があった。……彼がフルメタか。その後ろで控える、少年とも少女とも断言できない中性的なプレイヤーは白い法衣を着込んでおり、短い金髪の上には神官の大きな帽子が乗っていた。あれはクラウンか……。

 そして、無言で彼らについていっている塊から少しはみ出た場所に居るのは、全員がガチガチの装備を着こんだ少数のプレイヤー達。


 圧倒的な『質』を持ったプレイヤー達がどうにか均衡を保っていた戦場に入り込む。長らく沙羅と打ち合っていたのであろうあっぱーらちゃが、ボロボロの体を新しい侵入者に向き直らせた。


「……途中で乱入して横取りなんて下らないことはしないでおくれよ?」


「……当たり前だ。ゲームマナーも守れないようなプレイヤーに成り下がるつもりはない」


「ボク達はコアを狙いに来たんですよ」


「成る程……ならば、僕たちも貴方達の邪魔はしないでおきましょう」


「何を勝手に決めてんだ。この先には行かせねえよ。……例え、誰が相手でも、何十人が相手でもな」


 当事者である俺達を省いて面白い会話をしてくれる。俺はお前達の物じゃない。お前達のポイントでもない。俺たちは、ここを守る為に命を掛けている――大隊長だ。その目の前で、よくぞコアを狙いに来た、なんて舐めた事を抜かす奴を見過ごしてられるかよ。ボーッと立ち止まり状況に飲まれるプレイヤー達を押し退けて、包囲網から抜け出た。そして、ゆっくりとフルメタ達に向けて歩き出す。


「この際、何人が相手でも変わらねえ。……全員まとめて相手してやるよ」


 疲れで頭は回らない。両手に携えた墓守の盾は見るも無惨に傷痕まみれだ。だが、俺は死なない。俺は騎士だから。死神の寵愛を承った……騎士だから。

 視線を傾けて大隊長達の様子を見る。……全員ボロボロだな。何人か全く傷が付いていない大隊長が居るが、恐らくリスポーンしたのだろう。ここでリスポーン出来るのは三回まで。もし俺の見ないところで三度の死を経験している者が居れば、今が最後のプレイになる。


 キョロキョロと視線をずらしても全く気づかれないのが人外の良いところでもあるな。視線で次の手を読んでくるのが得意な例のアイツも、中々に読みの精度が落ちていたし。

 関係ない思考を振り払って、目の前の状況に集中する。フルメタは鎧の奥で成る程、と言った。クラウンは大きく目を見開いている。VARTEXのプレイヤーにも、いくらか動揺が見えた。


「そこまで言われてしまえば、俺達も相手をせずにはいられないだろう。……どちらにせよ、貴方は俺達を通してはくれないだろうからな」


「勿論、お前達の前に立ち塞がるさ。死のうが、退こうが、立ち塞がる」


「やはり貴方は面白い……ますます尊敬するよ」


「……? それはどうも」


 こんな攻略最前線、といったプレイヤーから尊敬されているということが今一よくわからない。一回も目の前に姿を現していないというものを、人は尊敬できるのだろうか?

 ゆっくりと、フルメタが盾を構える。重厚な鋼鉄の盾が蒼い炎の光を受けて煌めく。全身に金属光沢を纏った騎士が、完全に戦闘体勢となった。フルメタの後ろに控える全員が武器を構える。

 どれも何かしらエンチャントされていたり、よくわからない形状をしていたりしている。


 俺はまた死ぬだろうが……三十分間は文字通り死のうともここを通さない。盾を構えて意思を固めた俺の耳に、男の声が届いた。それは酷く軽薄で、笑っていて――どこか狂気を滲ませたものだ。


「ここがー……パーティー会場かなー?」


 VARTEXのプレイヤーが流石の反応速度で声の主に武器を構える。俺も盾を構えたまま、視線を横に傾けた。向けた視線の先に居たのは、二人のプレイヤー。どちらも短い黒い髪で黒目の地味さを感じるプレイヤーだが……その装備が異常だった。二人ともお揃いの初期装備である革鎧を着けているが、それが――血塗れなのだ。

 まるで元から赤い防具であったかのように、その装備にはベットリと血が付着しており、それらが赤黒く凝固してこびりついていた。


 確か、いつしか晴人から聞いたことがある。PKは魔物と同じく衛兵に追われ、町に入れず、プレイヤーからも狙われると。そして、それが行き過ぎると、装備が強制的に『血濡れ』の初期装備に変わると。つまり、つまりだ……彼らは――


「『十字架泥棒』と『泣けよ』……か」


 VARTEXの主戦力であろうPanDolaが鋭く呟いた。人間と全く関わりを持たない俺でも知っているプレイヤーネームだ。彼らは、このゲーム最強のPK――プレイヤーキラーなのだから。


「んゃー、大粒が揃ってる揃ってるー。特にVARTEXにはとってもお世話んなったわー」


「お前達にはクランメンバーが大分迷惑を被っている。……仇討ちという形で灸を据えてやろう」


「おー、怖い。楽しみだね!」


「……」


 総勢十数人に武器を向けられても、十字架泥棒は飄々としていた。泣けよ、は無言で腰から血濡れの双剣を引き抜いた。完全に俺を置いて一触即発の空気を産み出した十字架泥棒は、目の前の敵から目を反らし、俺の方を向いた。

 驚きで一瞬、息が詰まる。十字架泥棒はニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべながら口を開いた。


「劣勢で大勢を相手にした啖呵……かーっこよかったぞーライチ!出来ればあんたの相手は俺がしたいところなんだけどさ……今のあんたとやってもなんも面白くないじゃん」


「……出来ればこれ以上敵が増えるのは勘弁だ」


「だろー? だ・か・ら……今回はあんたに手を出さない。VARTEXで遊んで我慢するよ」


「言わせておけば――」


「……俺さ、嫌いなんだよね」


 PanDolaの言葉を遮って、十字架泥棒が呟いた。その顔には飄々とした笑みは無く、ひたすらに無表情であった。それに息を飲んだPanDolaに対して、十字架泥棒はゆっくりと血濡れた直剣を向けた。


「弱ってる奴に大義名分使って集団でボコる屑が……大っ嫌いなんだよ」


 泣けよ、が無言でVARTEXに突っ込んでいった。途端に新しい戦場がそこに生まれる。はぁ、と軽く息を吐いて、目の前に居るフルメタに向けて声を発する。


「だ、そうだが? 何か弁明はあるか?」


「言葉通りだ。……だが、俺は屑で結構だと思っている。戦いで勝つのはいつも屑だからな」


 フルメタの現実的な言葉に軽く笑って、俺は盾を構えた。それに合わせて、フルメタも盾を構え直す。なんだか不安定な戦力を二人手に入れたが、それらを気にしている余裕は俺には無い。

 あと三十分……戦いは確かに、終わろうとしていた。

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