第10話 墓守の代替わり

 空に浮かぶメルエスの魔法陣が光を強める。取り敢えず、そう易々と接近戦をするつもりは無いらしい。黒い蒸気の煙る仮面から、しわがれた呪文が溢れ出す。


「『balfeakns堕落の輪廻』」


「鎌……?『カバー』『ディフェンススタンス』……っごおぁ!!」


「ライチさん!?」


 紫と黒の入り混じった鎌が、ぐるぐると回転しながら此方に飛んでくる。取り敢えず受けようとロードの前でその一撃を受けたが、HPがゴリッと削られる感覚がした。

 確認してみると一発で160ダメージ……嘘だろ?

 盾の上から高いMAGDに物言わせて、バフまでかけてこれ……?


「いや、割と無理ゲー」


 耐えられても二発。しかも、空中に群れている元墓守達は、甲高い音を上げながら、笑うように緑の空を旋回している。あいつらの攻撃をまともに食らったら、間違いなく死ぬ。

 その上、盾自体にも、限界が来ていた。

 メルエスの魔法を全て耐え切っていた俺の鉄板は、最早初代鉄の盾と同じように、使い物にならなくなっていた。


 明らかな格上。不可能の塊。だが、そんなことは端から分かっていた。わかりきっていた。俺はこの場で殆ど役には立てないし、それどころかロードの精神面を考えれば大きな地雷でもある。――だが、それがどうした。


「かかってこいッ!! そんな低級魔法、日が暮れるまで受け止めてやらァ!」


「眠れ、『墓守の歌エピテレート・レイ』!!」


 はっと息を飲んだロードが、間髪入れずに光線を放つ。その輝きと大きさは、今までの比ではない程に上昇している。

 その輝きに、これはかなりのダメージになる、と思ったが、現実は違った。

 メルエスが、三本の鎌の内、一本を軽く素振りする。その瞬間、メルエスの姿は搔き消え、光線はあえなく空振ってしまった。


 どこに――


「ライチさん!」


「ッ!? 『カバー』っ! ――うぉ!」


 反射のカバーで無理やりロードの前に移動すると、そこには三つの鎌を振りかざすメルエスの姿。四メートル近いその巨体から感じるのは、圧倒的なプレッシャー。受け切れるだろうか、一瞬頼りない考えが脳裏に浮かぶ。

 が、それを無理やりねじ伏せて、鉄板を正面に構え、ちぎれかけな腕に力を込める。


「先には行かせねぇ! ……っぐあぁ!」


「ライ……『墓守の歌エピテレート・レイ』っ!」


 まるで、野球のボールになった気分だ。またもや宙に浮きながら、そんなことを思う。緑色の空には数え切れない黒い影。視界の隅を銀光と朱光が弾けあった。

 一瞬の浮遊、からの着地。墓の合間に無様に鎧を散開させながら、地面を舐めるように転がった。

 盾を見ると、なんとも見事に真っ二つだ。体を起こそうとついた手は、黒い。鎧が脱げちまったか。


 ちらりと確認して見ると、鎧も無様な有様だ。胸板はなく、穴開きで、凹んでいて、ついでとばかりに袈裟に叩き切られている。


「HP……ゼロか……今日は何回死ねばいいんだか」


 『精神体』の効果でかろうじて生き延びてはいるが、遂には盾も、鎧も失っちまった。その上体力にMP、HPまで。

 五感が霞んでいる。何か、大きな衝撃が走って吹っ飛ばされる。軽い俺の体は、ボロクズもかくやといった様子で転がり周り、MPを削られながら墓石に叩きつけられた。


「MP……80……あ、自動回復してく」


 仰向けになったまま、緑の空を見つめると、さっきまで羽虫のごとく空に侍っていた墓守達が居ない。代わりに、弾けるような衝撃音と、小さな声が聞こえる。小さな声だけが聞こえる。


「VRって怠さまで再現度半端じゃねえな……」


 指一本動けないし、思考までぼやけているようだ。三徹明けの明星を見ている気分だ。まるで世界が終わってしまったかのようで、ユニーククエストも、戦いも、満身創痍の体では背負い切れない。


「――ないんです」


 だから、やはり聞こえるその声が、堪らなく気になる。無理やり体をおこして、その声を見た時、俺は、その佇まいを聴いた時、俺は。


「負けられないんですよ。何度だって、戦ってみせます。何度だって――立ち上がってみせます」


 もう一度、世界が始まったような気分になった。


「僕は――墓守だから」


 見上げた先にいたロードは、無詠唱で魔法を発動させながら、黒い影の群れと、死の権化相手に、一歩として引いていなかった。杖を振り、それでも守り切れない隙間から身体中を切り刻まれても、やはりロードは凛としていた。金の光を纏って、燦然と輝く金眼で、目の前の死を見つめていた。


「僕は、取り戻したいと言った。だから、取り戻してみせる」


 どこに傷があるのか分からない真っ黒な体を起こす。それと同時に、見る者を圧倒するような、の光が放たれた。メルエスのHPが、残り一割近くになるまで抉られ、周りの墓守が衝撃に蹴散らされる。二足で地面を踏みしめて、俺は立ち上がった。


「クライマックスはまだ遠いってか」


 ずっしりと、体が重い。手足が震えている。かろうじて死んでいないだけで、今なら子供のデコピンでもくたばってしまいそうだ。

 だが、視線の先のロードは、凛と立ち尽くしている。二足で立っている。取り戻すと吠えている。ならば、それならば、焚きつけた俺が寝っ転がっているのは、随分とおかしな話に違いない。


「『arcstihlr太古の綺羅星』」


「眠れ、『墓守の歌エピテレート・レイ』」


 再び、光がぶつかり合う。ロードの光がメルエスの光を押しつぶさんとするが、そのロードを元墓守達が、どこからか持ち出した鎌で切りつける。ロードは止むを得ず攻撃を中断してその場から飛び退いた。


「何か出来ないか……何か」


 丘の上の攻防を目尻に移しながら、考える。鎧も盾も体力も魔力も何も無い。回復魔法も支援魔法もポーションも気の利いたアイテムも無い。だが、この状況でも何かをやらなければならない。クエストをクリアするためとかじゃなくて、ロードを助けるために。


 周りの墓守を魔法で薙ぎ払ったロードに、メルエスが瞬間移動で急速に近寄る。続けざまの一撃を転がるように避け、ロードは魔法を唱えようとするが、墓守の鎌が四方八方から飛ばされて飛び退くだけに留まった。この状況を救うには、最低限の消費で、十分な生存率で、かつきちんとした効果をもたらすことができる支援とは。


「周りの雑魚のヘイトを持つこと……だな」


 盾も鎧もないが、ヘイト管理スキルならある。生存率はグラフの底すれすれを通る低さだが、やるしかない。……まて、盾も鎧も……?


「――よし」


 その瞬間、俺の頭の中を迅雷が走る。と、同時に近くの墓を見回す。盾……盾……あった。なにやら高価そうな金の装飾がされた赤い盾を見つけた。低いAGIなりに全力で走り、盾を引っ掴む。さらにその隣にある古そうな兜を頂戴し、近くにあった黒い籠手も頂く。


 その時点で、今まで余裕綽々に笑いを撒き散らして空を舞っていた墓守達の笑いが止まる。視線の先は俺一人。さあ、楽しもうか。


「あー! こんなところに鎧があるぞー! 盾も! 兜も! やったぜ、売ればきっとそこそこの金になるだろうなぁ!」


 挑発スキルを発動させながら、大声で空に叫ぶ。わざとらしい墓荒らしのロールプレイだ。下衆びた笑い声を響かせて、足りない装備をかき集めようとすると、硬直していた墓守達がゆっくりこちらに向き直る。

 丘の上のロードも、メルエスでさえも、その動きを止める。メルエスも動きを止めてこちらを見たのにはかなり驚いたが、予想通り効果覿面な様子だ。


『キシャーッ!!』


うわ、うわっ! どっからそんなに湧いてきた!? 取り敢えず――


「――逃げる!!」


 黒いローブの底から鳴らしたような威嚇音が、数十、数百と重なり、怒り狂った墓守が総出で俺の方に出張ってくる。一人残さず、全員だ。目の前の空は緑色から蠢く黒に変わり、恐ろしいまでの大群が寄ってたかって俺を殺そうとしてくる……ので、全力で逃げた。


 サイズの合わないキメラな鎧を鳴らしながら、丘の上のロードに親指を立ててみる。そんなに距離はなかったので、伝わったようだ。こくりと頷くロードが見える。

 手に馴染まない盾が墓石にぶつかり、黒い墓石に若干の傷ができる。

 その瞬間、真後ろを飛んでいるであろう集団から、罵声のような鳴き声がひときわ大きくなるが、知ったことではない。


「ほらほら! 墓荒らしはここだぜ? 『シールドバッシュ』! ……墓守の端くれなら、ささっと捕まえてもらわないとな!」


 こいよ、こいつが俺の戦いだ。銀の光を背に受けながら、墓の間を縫って進む。

 気力的にも時間的にも、これが正真正銘、俺の最後だ。

 見せつけてやるさ。落ちた墓守どもに、襲いくる死に、俺の生き様を。

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