桃太郎そのあとに〈童話後日譚〉

吟遊蜆

桃太郎そのあとに〈童話後日譚〉

 かつてない鬼退治の大成功により、その中心人物である桃太郎の人気は爆発した。


 民衆に甚大な被害をもたらしていることを認識していたにもかかわらず、その事実を隠蔽して鬼を放置し続けてきた時の政権はにわかに求心力を失い、鬼に苦しめられてきた人民の誰もが桃太郎政権の誕生を望んだ。それは民衆の自然な心の動きであった。


 どこへ行っても街を歩けば行列ができるほどの握手攻めに遭い、その人気にすっかり気を良くした桃太郎は、やがて全国各地で一斉蜂起した民衆らの一揆勢力に担ぎあげられる形で、反政府運動の象徴となった。


 各種動物をも戦力としてまとめあげたその無類のカリスマ性により、一般市民は武器の貧弱さをも乗り越える圧倒的な戦意と結束力を発揮し、桃太郎を中心とする全国の一揆勢力が各地で一斉蜂起した結果、「仮想鬼」の立場へと追い込まれた中央政府はなすすべもなく打倒された。


 そして民衆らに強く望まれる形で、ここに圧倒的武力と人気を誇る桃太郎による独裁政権が誕生したのである。お爺さんお婆さんに育てられ動物にも好かれた桃太郎は思いやりをもって国をよく治め、ようやく戦のない平和な日々が訪れた。


 しかし天下太平の世は長くは続かなかった。桃太郎の死後、状況は一変した。カリスマ的指導者なき後に世が乱れるのはよくあることだが、桃太郎の場合、後継者となる実子が誰ひとりいなかったことが、その悲劇的状況を加速させた。


 それもそのはず、桃太郎はそもそも謎に包まれた巨大な桃から生まれ出てきたのであり、本人を含む誰ひとりとして、その子孫を拵える方法を知らなかったのである。一般的な方法による子作りには幾度となくチャレンジしたものの、彼は子宝に恵まれぬまま、四十七歳でこの世を去った。人間にしては短命だが、桃にしては長命と言えるかもしれない。


 桃太郎は死の間際、側近である三奉行の犬、猿、キジを枕元に集めて遺言を残した。


「わたしは間もなく死ぬだろう。お前たちは、これまでよくわたしについて戦ってくれた。あとは三匹で力を合わせて、この国を支えていってもらいたい。お前たちは一匹ではものの役に立たないが、三匹で手を取りあって協力すれば、簡単に折れることはないだろう。そう、一本の矢は折れやすいが、三本の矢を束ねれば折れにくいように。あとは頼…ん…だ……」


 桃太郎の死後、遺言通りに犬、猿、キジによる三頭政治が敷かれることとなった。しかし民衆たちは、動物らの言うことになど耳を貸さなかった。全国各地で「桃太郎二世待望論」が沸き起こり、桃太郎に似たカリスマ的人材を待ち望む空気が日に日に醸成されていった。


 それは一般的に考えてみれば、あまりにも非現実的で夢見がちな待望論であったかもしれない。しかしそもそも桃太郎という英雄自体が、非現実的な存在であった。そんな現実離れしたヒーローにいったん魅了されてしまった民衆たちが、「夢よもう一度」と願うことを、誰も止めることはできなかった。


 そしてこの「桃太郎二世待望論」を根底から支えていたのは、皮肉なことに桃太郎自身を後継者問題に追い込んだ主因であるところの、謎に包まれた桃太郎の出生過程であった。


 桃太郎はそもそも、川を流れる桃から生まれてきたのであるから、逆に言えば桃太郎を作るのに桃太郎の遺伝子など必要はなく、つまり父親も母親もありはしない。それはいわば偶然の産物であり、偶然によって生まれるということは、誰にでも桃太郎を手に入れるチャンスがあるということになる。


 そのような「ワンチャン理論」に希望を見出した民衆たちは、特に汚れた服がなくとも、こぞって川へ洗濯に出かけるようになった。誰もが桃太郎入りの桃を拾いあげたお婆さんの当日の行動をまねることで、次なる桃太郎が内包された巨大な桃を入手できると目論んだのである。それはすなわち、自らの手に独裁権力を握ることを意味していた。


 河原に集まった人々は、いっせいにしゃがみ込んで洗濯するふりをしながらも、その実川上の方向ばかりを見上げ続けた。河原は人で満たされ、あちこちで小競りあいが勃発した。それはやがて不毛な縄張り争いへと発展し、自分たちの陣地を守るためという本領安堵を名目に、全国各地から同時多発的に武装勢力が立ち上がった。


 桃太郎がもたらした平和な世の中はこの「川桃利権」によって乱れに乱れ、ここに群雄割拠の戦国時代が到来した。全国各地からはちまきを巻いて動物を連れた自称「桃太郎二世」らが続々と名乗りを上げ、同じ格好をした桃太郎二世同士が斬りつけあい殺しあうことで、絶えまない領土争いを繰り広げた。民衆は再び戦乱の渦へと飲み込まれた。


 そんなある日、いまだかろうじて戦火の及ばぬ片田舎の山あいに住むお爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行った。お婆さんがいつになく力強いその水流で服をすすいでいると、なんと川上から「どんぶらこ、どんぶらこ」と巨大な桃が流れてきたのだった。


「あ、あれは、もしかすると!」


 お婆さんはそのサイズ感から、それが伝説の桃太郎が入った桃であることを確信した。あの中には、きっと本物の「桃太郎二世」が入っているに違いない。


 しかしそこでお婆さんは考えた。今のような乱世がもたらされたそもそもの発端は、それこそ桃太郎なのではないか。彼はたしかに鬼を倒した英雄ではあったが、彼が見せつけた圧倒的な武力への憧憬こそが、荒くれ者たちに戦国の夢を見させてしまっているのではないか。


 そしてその結果として、多くの民衆が苦しめられ、虐げられている。だとするならば、ここでこの巨大な桃を拾い、新たに桃太郎を育てるということは、わざわざ戦乱の火種を再び拵えてしまうことになりかねない。そうなれば当然、育ての親となる自分たちも、世の中から激しく叩かれることになるだろう。


 そう思い至ったお婆さんが再び川に視線を戻すと、すでに巨大な桃は視界から消えていた。おそらくあの桃はすでに、遠く川下へと流れてしまったのだろう。だがこれで良かったのだ。そう考えることにしたお婆さんは、むしろほっと安堵して家に帰った。巨大な桃を目撃した話は、お爺さんにもしなかった。


 この戦国乱世をいつか誰かが治めてくれるのか、あるいは自然と治まるものなのか、それは誰にもわからない。かつては桃から生まれた男が天下を取ったのだから、そのうちに、桃太郎が連れていた動物のうちの一匹に似たような顔の男が、ひょっこり天下を統一する可能性だってなくはないだろう。


 山を流れる川の先には海があり、海の先には広い世界があった。そうして海外へ渡った桃太郎の活躍は、また別のお話である。

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