◆第三章◆ 遺されしもの(2)
延々と続く乾いた大地を二つの馬影が疾走する。
先行するのはホークと彼の愛馬、シルビアだ。
美しい
ホーク曰く‘彼女’は、気立てが良くて度胸のあるお姫様、なんだそうだ。
馬との相性というのは人間同士のそれよりも、はっきりしている。
馬は人と違って正直だ。自分が認めない相手を乗せることはないし、息が合っていなければ本来の能力を十分に発揮することもできない。半日ほど見てきたが、軽快な走りと無駄のない動きからホークとシルビアの相性はばっちりのようである。
一級品の馬術を支えるのは信頼関係。それを構築するには相応の器量が求められる。
遺憾無く実力を発揮しているシルビアの姿から、ホークの人となりが垣間見えた。
「シルビアのペースについてこれるヤツはそうそういなくてな。おかげで仕事も捗るってもんだ」
振り返ってホークが言った。ディーンはニールの速度を少し上げ、シルビアに並走する。
「そりゃ何よりだ。この調子でいくと、どれくらいだ?」
「隣の街までは普通なら四日。隊商なら六日はかかるだろう。だが、オレたちなら三日もあれば十分だ」
「となると、明日には中間地点を過ぎるってわけだな。どこで何が起こったかはわからねぇが、可能性としちゃその辺りか」
現在、ディーンたちは街を結ぶ行路に沿ってミドガから隣の街へと向かっている。
どちらも街があるのは周辺に比べ土地が幾分豊かな場所だ。そこは岩盤の上に赤土が堆積しており、植物も自生している。
環境は街から離れるほど、より過酷なものへと変わっていく。赤土で覆われた地面は次第に剥き出しの岩肌になっていき、ついには砂になる。
それは街と街の中間に広がる砂漠地帯。
岩盤地帯を大陸と見立てるなら、砂漠はそれを取り囲み、隔てる海だ。
人々の生活拠点から離れた砂漠地帯には機構獣も多い。想定外の事態が起こるとすれば、その辺りと考えるのが妥当なところだろう。
「ああ。アタリをつけるとそんなところだ。とはいっても道中、異変がないかは注意しておいてくれよ」
「大丈夫だ。ニールも警戒している」
軽快に地を蹴る機構獣をホークが見る。
「ところで、そのニールだが――」
「ニールはアタシが信頼する相棒だ。アンタにとってのシルビアと同じさ。他になにか聞きたいことはあるか?」
それ以上のホークの言葉を待たず、ディーンはぴしゃりと言った。
「……いいや。最も大事なことを聞けた。それで十分だ。――よろしく頼む、ニール」
ニールの瞳が動き、ホークに応じた。ディーンは軽く口を緩めて笑う。
「シルビアと同じ、か。さしずめニールは、勇敢で義侠心に満ちた王子様、ってところか」
ホークが少し上をむいて呟くように言った。
「おいおい……ニールは乙女だぞ。シルビアはちゃんとわかってたみたいだぜ、なあ?」
ディーンは困り顔で息をつき、シルビアを見る。
その言葉に応じるようにシルビアがくるる、と啼いた。
…………
赤い大地が次第に色褪せていき、蹄の音が硬く響き渡る。
太陽が傾き始めた頃、ディーンたちは赤土の堆積したエリアを抜け、岩盤地帯へと入った。
周囲には切り株のようにそそり立つ巨岩群。そのうちの一つ、風化して一本足のテーブルのような形になった岩山の下で歩みを止める。
「じき日が暮れる。今日はこの辺りにしておこう」
ホークの言葉にディーンが頷く。これ以上進むと機構獣の棲む砂漠地帯が近くなる。野営中の安全を考えるとここら辺が限度といったところだろう。
ディーンはあたりを見回し、今日の寝床に相応しい場所を探す。
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