◆第二章◆ イレギュラー(2)

 すでに陽は遠のいており、振り向けば空が紫に染まり始めていた。

 消えゆく西日を瞳に滲ませながら、ディーンは通りを進んでいく。

 後に続くのは、金属の蹄が奏でる小気味良いリズム。

「悪いな。すっかり遅くなっちまった。だが、しっかり報酬は頂けたぜ」

 ディーンは軽く振り返ってニールに笑いかける。

「……とりあえず昼間の酒代でも払いに行くか。晩酌のついでにな」

 今後の予定を考え、無意識にその口元を緩ませていると――

「待っ……待ていっ! そこのお前、止まれいっ!」

 唐突に投げつけられた声。同時に左の建物から小太りの男が現れる。

 茶色のシャツに黒いズボン、そして正面に紋章の付いたカウボーイハット。これは地方保安局に勤務する者に支給される制服である。

 つまるところ――胡座鼻あぐらはなに金のちょび髭を蓄えたこの男は保安官というわけだ。

 ディーンの前へと回り込むように走り、男はぜえぜえと息を切らす。

 保安官の詰所からそこまで、大した距離ではないと思うのだが。

「……っ、はぁ、はぁ……。お前か! 機構獣を連れた怪しい女というのは!」

「怪しいかどうかはともかく、おおよそ見りゃわかるだろ。いちいち質問にするなよ」

 耳の穴を小指でいじりながら、ディーンが面倒くさそうに答える。

「ほ、本官にむかって、なっ……なんだその態度は! ワシはこの街の治安を一手に担う誉れ高き保安官! ならず者にも‘正義の鬼’の通り名で恐れられるミシェル・ダーレスだぞ!」

「あー、わかったわかった。で、さっさと用を言いな。こっちは呑みに行きたいんだ」

 保安官に呼び止められるなど、日常茶飯事のこと。ディーンは慣れた様子だ。

「おっ……お前こそわかっているくせに質問するな! 決まっとるだろう、その馬の機構獣だ! 危険はないのか!?」

「……こいつはアタシの相棒でね。こうやって一緒に旅をしている。面倒を掛けることはないから安心していいぜ。以上だ。――じゃあな」

「そっ……それで済むわけがなかろう! そんな話、鵜呑みにできるか! 本官にはこの街の安全を担保する義務がある!」

 簡潔に答え、その場を後にしようとするディーン。ダーレスは興奮気味に反論する。

「ちょっと前に巨大な機構獣が来て騒ぎになったろ? そいつを倒したのはアタシと――コイツだ。アンタ、保安官のくせに現場に来なかったのか?」

「そ、そんな危け……いや、専門性の高い仕事はハンターに一任している。ほっ……本官は多忙の身だ」

 ディーンの問いかけにダーレスが狼狽える。

 こいつ……知ってて引きこもってやがったな。それで治安を一手に担うとは、恐れ入る。

 ディーンは半眼になって、‘誉れ高き’保安官を見る。

「な、何にせよ、証拠がないことには信じるわけにはいかん。……そうだな、ギルドで記録を確認させてもらおうか」

 ダーレスの言葉にぴくり、とディーンが眉を動かす。

 まずいな……書類上はハンターのオヤジたちが狩った事になってるんだよな、確か。

 そんな事を確認されては、厄介なことになるのは明らかだ。どうしたものか、とディーンが思案していると――

「大丈夫ですよ、ダーレスさん。ディーンさんの話は本当です」

 穏やかな口調ながら、良く通る澄んだ声が響く。

 そこには夕日を背に立つ一人の女性の姿。

 ディーンとダーレスの顔を見ると、エレナは微笑んだ。

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