◆第一章◆ 流浪の女(4)
突如現れた来訪者に、しばしエレナと子供たちは硬直していた。
「……ん? 間違えたか……? こりゃ、託児所か何かか?」
その女はテーブルを囲む子供たちを眺めて――そう漏らした。
「……あっ。いえ、宿屋です。一番というか……街に一軒だけの、ですけど」
慌ててエレナが立ち上がり、苦笑交じりに答えた。
「ははっ、なら一番には変わりねぇさ。そうだろ?」
そう言って女は豪快に笑うと屋内へと入り、木板の床にブーツを響かせながらカウンターへと歩を進めていく。
エレナも急ぎ足でラウンジからカウンターへ向かいつつ、ちらと女を見る。
年の頃はエレナより二つ三つ上――二十代半ば過ぎといったところだろうか。
膝丈ほどのフード付きの白いマントを纏っている。隙間から覗くのはワインレッドのデニム生地と真鍮のボタンが印象的なタンクトップに、ダメージの目立つブルーのホットパンツ。引き締まったウエストや、美しい曲線を描く太腿を惜しげもなくさらけ出したファッションに、一番上のボタンを外したトップスの着こなしも相まって、ワイルドな印象を受ける女性だ。
これまで長い間、強い日光に晒されてきたのであろうか。後ろでラフに束ねたセミロングの金髪は、すっかり緋色に変色してしまっている。
整った顔立ちには、奥底に力強さを秘めた青い瞳が輝いており、その口ぶりと同様、勝ち気な性格を伺わせた。
「ようこそいらっしゃいました。わたしはこの宿の主人、エレナ・ブラウンと申します。ええ――宿泊のご用命でしょうか?」
女の後ろを通り抜け、カウンターへと回り込んだエレナが正面に立つ。
「そうだな……しばらく厄介になりたい」
「かしこまりました。料金は一泊四〇〇〇ガルとなっております。滞在期間のご予定はお決まりでしょうか?」
「ああ――特に決まってねぇ。ま、気の向く限りってとこだな。あと、外に相棒がいる。そっちの方も頼みたい」
相棒――この状況に外で待つ相棒と言えば一つしか思い当たるものはない。エレナは意味を察して答える。
「でしたら――裏に厩舎をご用意しておりますが、そちらでよろしいでしょうか」
女は無言で頷く。
「ありがとうございます。では、最後にこちらにサインをお願いいたします」
エレナが差し出した宿帳に、女が書きなぐるようにペンを走らせた。
返された宿帳にエレナが目を落とすと――
そこには意外にも美しい筆記体で‘O.Dean’と書かれていた。
「ええと――ディーン様、ですね」
エレナがディーンの顔を見ながら確認する。
「ああ。――だが堅苦しいのは性じゃなくてね。悪いが‘様’はやめてもらえると嬉しい」
ディーンは肩をすくめ、少し居心地が悪そうに笑うと、軽く首を傾げて見せる。
「わかりました。では、ディーンさん、と呼ばせて頂きますね」
「ああ、そいつで頼む」
見た目のイメージに反し、ちょっと意外な反応を見せたディーンにエレナは親近感を覚え、思わず微笑む。
久々の来客だ。エレナが意欲を沸かせ、あれこれ思案していると――
ディーンが口を開いた。
「――ああ。それとちょっと訊ねるが……この街で一番の酒場はどこだい?」
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