第4話 我らが帝国を支える柱達
あぁほんと、何度見ても立派な場所だよここは。
宣言通り朝食は先に外で慌てたように済ませてしまい、その足でやってきた俺達が住み、俺達が生活を出来る国家であるネビュレイラハウロ帝国の王城の外周門前。
当然ながらこの先は王城である為、勿論その外周門前には警備の者が居るのだが、それにしても俺としてもここへ来るのは非常に久しぶりだ。
無論、俺はこれでもこの国で1番と謳われる程の成績を納め続けている魔導学園の学校長だ。
それ故に年に1度は女王陛下に謁見し、その年の成績や業績。更には活動記録なども全て指定された書面に起こして提出しなければならない。
本来であれば俺がここに来るのには来年の3月半ば頃にはなるのだが、帰還札に入っていたメモによるとティアはここに居るはずだ。
今のティアがどんな状態であったとしても、俺は友として。そして雇い主として、ティアの容態を見なければならず、場合によっては女王陛下に弁明しなければならない。
……そろそろ腹を決めないとな。
「失礼。シャレル魔導学校学校長、クレディアル・ルーカスです。……女王陛下への謁見を要請致します。」
「お久しぶりです、ルーカス学校長。……女王陛下より、貴公が必ず来るはずなので到着次第案内するようにと仰せつかっております。では着いてきてくださいますでしょうか。」
「えぇ、勿論。」
ネビュレイラハウロ帝国の首都、フィーレル街にあるこの城は分かり易く3つの通路が存在している。
中央の道を真っ直ぐに進めば俺が普段、女王陛下と謁見する際に利用する部屋へ繋がり、右の通路はこの城に。更にはこの国に仕え、この国の為に命を賭して義務を果たす軍人達の軍事基地へと繋がる道。そして最後はティアのような隠密機動部隊員を始め、女王陛下ご自身の居住区にも繋がる道だ。
それなのに今回、何故か左の道へと案内される。
正直、俺も生まれてからずっとこの街に住んでいる訳だが、まさかこの道を通る日が来るなど夢にも思っていなかった。
とはいえ日頃は何があっても通れないこの道を通ると言う事は当然、俺が少しでも怪しい動きをすれば直ぐさま首を落とされたとしても文句は言えない。
そういう意味でも。俺の身の安全の為にも、そして俺の目的の為にもただただ静かに、大人しく。カルガモの如く先導してくれている兵士の後に続き、幾つかの階層を上った先に見える荘厳で、酷く重そうな黒い大扉。
陛下の、部屋……?
本来であればティアのような隠密機動部隊程度しか入室する事も許されず、こうして兵士が俺のようなただの名誉貴族を連れて此方へ来る事もまずない、この国で最も防衛が強化されているその場所だ。
とならば何処かしらに俺を見張っている隠密機動部隊員も居るだろう。
とはいえ、幾ら何でもあの女王陛下はかなり見た目を気にされる方だ。
それは勿論近隣諸国の国家元首は男性が多い中、それでも女性を王様として扱う事の多いこの国では男性に負けぬ誇り高さと強さを要求される為、あの女王陛下ご本人でさえも隠密機動部隊の隊長として在籍しているような国だ、ここは。
そんな女王陛下の部屋に案内されるなんて、ま、まさか珍しくも体調を崩されていたとか……? それならば日を改めた方が
「陛下、クレディアル・ルーカス様をお連れしました。」
『通しなさい。』
「では、ルーカス学校長。私はここまでですので、くれぐれも変な気は起こさぬように。」
「勿論です。……クレディアル・ルーカス、入室します。」
扉も然る事ながら、部屋の中もかなりの広さと豪華さだ。
横にも広いがそれ以上に縦にも長いようで、天井から吊り下げられた白いベールのような物に包まれた。キングどころではない巨大なベッドの上で珍しくもネグリジェの上からコートのような、マントのような物を羽織られた女王陛下。アルディエ・メルギア=シェルティア様がいらっしゃる。
懸念した通り体調が優れておられないのか、俺が口を開こうとした時にはもう少し近寄ってくるようにと言わんばかりに、初雪のように白く肌の手に無言ながらに呼ばれ、少し離れた所にまで歩を進め、数m程の距離で片膝を突く。
幾ら何でも、女王陛下の頼みとあってもこれ以上は俺の身にも命の危険が伴う上、更にはもし何処かに隠密機動部隊員の誰かしらが潜んでいれば誤解されかねない。
ただそれは陛下にとってはあまり快く思われないような物だったらしく、とても長いクリーム色の髪をくるくると片手で弄びつつ、本物の宝石よりもずっと綺麗な金色の瞳が糸のように細くなるのがよく見える。
「構わないわ。さぁ、ベッドの裾までおいでなさい。貴方に見せたい物があるの。」
「はっ。承りました、女王陛下。」
はて、見せたい物とは。一応の正式な許可は頂いたので、なるべく近付き過ぎないように。ベッドの裾ではなくベールの裾の辺りまで近付けばそのベールの影響でしっかりとはよく見えないが、それでも女王陛下のお傍で誰かが眠っているのか、かなり規則的に布団が一部上下しているのが見える。
どうやらそれが女王陛下にとって、俺に見せたい物だったようで、ふんわりと。優しくベールのカーテンが捲られた事でその正体が露わとなる。
日頃縛られている髪を全て降ろして広大なベッドの上に散りばめられ、普段の全てを警戒した様子とはかなり違う、油断しきったその体。黒のナイトドレスを着て、幼子のように無垢な寝顔と共に規則的な寝息を零すティアがそこに居る。
……なる、ほど。
「貴方、私のルティアちゃんと大層仲が良いそうね。」
「はっ。仲良くして戴いております。」
「その様子だと、この子が隠密機動の身分である事は知っていたようね。」
「はい、本人より教えていただきました。」
「この子から……ね。まぁ良いわ。今回、この子には釣り餌になってもらったの。貴方と話をする為に、貴方に会う為に。この子は特別だからね、私としても睡眠薬が入っている事を理解していながらも食事を疑いなく口にするとは思ってはいなかったけれど。」
「そのようですね、女王陛下。」
「最近、ルティアちゃんが随分楽しそうな顔をしてる事が多くなったから、是非とも理由が知りたくて。でも、ルティアちゃんに聞いても絶対に話さないからね。そこ、座って良いわよ。ルティアちゃんに触れる許可もあげる。だから、色々教えてくれないかしら? 私 “達” はルティアちゃんの元気の理由を知りたいだけなの。」
無論、俺はただの名誉貴族だ。
本物の貴族様とも、本物の軍人様にも劣るただの名誉貴族。
ちょっと商いが上手いだけの俺からすれば、突如背後に気配が増えた所で元々ここは特定の人物以外は立ち入る事すらも許されない場所だ。
そんな中で、ここに居る彼らの気配を俺が感じ取れる訳もない。
となれば彼らが俺に悟ってほしくて、察知してほしくて敢えて分かり易い気配を垂れ下げて姿を現したんだろう。されども一切の音もなく、静かに現れた背後に居る人達は様々だ。
1人は角の生えた神竜らしき男。
1人は1人目と同じくして角が生え、マフラーに顔を半分程埋めている
1人は猫のようにも、月のようにも思える縦長の、白銀の瞳を持つ白蛇の男。
1人は赤い角を持つ鬼らしき男の4人が立っている。
誰も彼も元々隠密機動とはそういう服装を定められているのか、皆黒いパーカーやコートで全身を包み込み、人によってはフードの合間から申し訳程度の表情が見えている人もそれなりに多い。
正直、俺としてもティア以外の……否、ティアと女王陛下以外の隠密機動部隊メンバーを見るのはこれが初めてだ。
無論、国家機密級の彼らの姿を見た俺はこの後直ぐに殺されてしまう可能性もあるのだが。
……いつも通りに慎重に言葉を選ばなければ。
「理由……と仰られましても。何をお答えすれば良いものか。」
「そうね、まずは自己紹介からにしましょう。貴方達、ご挨拶を。」
「初めまして、副リーダーをさせて頂いております、
「……ホワイズ・エルディ。……氷凍、龍。……蹂躙者。」
「初めまして、僕は白蛇のジーラ・ルールゥ。暗殺者をしています。」
「俺はイルグ・ベク! 鬼だ!」
これまた個性的な……。
想像していた彼らとは大きく異なる、と言えばその通りではある。
幼少期からこの国で生活をしてきている身としてはこの国家を、引いては女王陛下を護る事に特化している彼らは極悪非道。残酷無慈悲。血も涙もない殺戮集団だ。
それらを女王陛下が飼い慣らし、殆ど猟犬ではあるがあまりの強靭さとあまりの人間離れした傾向から猟犬ならぬ、
とりあえず今再認識したイメージとしては結構自由と言うか、人間味があると言うかそんな感じだ。
副リーダーのドリューさんはかなり真面目な性格のようで、人見知り傾向のあるエルディさんとなかなかに大雑把なベクさんが大層気に入らなかったらしく、人目も気にせずに軽く説教を始める程だ。
その一方で説教を受けているベクさんは左程気にした様子もなく、大きな口を開けてがははと言わんばかりに笑っており、あまり殺戮に特化した人には見えにくい。
もう1人のエルディさんはそもそも聞く気がないようで、随分とあまりに余った萌え袖で相変わらず口元を抑えたままボーっとしている始末なのでまぁ、幾ら説教した所で進展はないだろう。
問題は、最後の1人であるルールゥさんだ。
彼にとって俺は相当怪しい人物なのか、それとも俺には知られたくない事があるのか。
今の所、特に目立った実害はないが、それでも無言のまま、フードの合間からじっ……と穴が空かんばかりに此方へ視線を送り続けるのは是非とも辞めてもらいたい。
け、警戒されてる……よ、な。
「初めまして、シャレル魔導学校の校長をしております、クレディアル・ルーカスです。ルディアとは古い友人で、今は教師と校長の関係でもあります。」
「教師と校長、ねぇ……。それで? ルティアちゃんに何をしたの?」
どうやら相当怪しまれているらしい。
ただ、確かに考えてみればそれも正しい思考ではある。
あの時だって、俺が初めてティアに会い、ティアに頼まれて匿った時だってそうだった。
先程は便宜上として俺も「初めまして」と話した訳だが、実際の所は初めてではないのだ。
あの時、あの時にティアを迎えに来たのは彼らなのだから。
しかし、その時の事など彼らはもう忘れているだろう。
彼らにとって大切なティアの事はともかく、俺のようなただの名誉貴族程度をいつまでも憶えている程暇ではないはずなのだから。
「皆様が疑っているような事は、何も。我が校の地下に住居を構えてもらい、我が校で授業をしてもらう代わりに給料は勿論、衣食住の全てを支援させて頂いております。……ですが、彼女にとって我が校の授業はあまりにも酷かったようでやる気のある者でかつ自身を納得させられる理由を持つ者以外に授業は受けさせないと豪語したばかりでして。他には……そうですね、あるとすれば妻のシャルロットと最近お茶会をしているようです。妻も手料理を食べてくれて嬉しいと言っておりますが……。」
「え、あのルティアがお茶会?」
「あ、ギルガひっでぇ。」
「でも想像出来るか? 寝てる時以外、素直じゃないあいつがお茶会なんて。」
「出来ねぇけど……まあ、ルティアが楽しいならそれで良いんじゃねぇかなって俺は思ってるぜ。」
「……凄い。」
「リーダー、彼とその妻は信用しても良いんじゃないかな。」
「じゃあ、次。これは?」
女王陛下の手の内へと収められた、俺に預けられていた外出札と対をなす帰還札。
元々俺はこれがないから、これが置かれていないからティアが帰ってきていないと確信し、ここまで足を運んできた。……やはり、女王陛下に回収されていたらしい。
まぁそれ自体は特に何も問題はないが。
「帰還札、と言う物です。聞けば、皆様とのお仕事をされる場合にも此方を利用するらしい事は聞き及んでおります。なので此方としても、ティアの体質や性格、はたまた職業柄的な観点も考慮して同一の物を用意してくれるよう、此方からお願いしたのです。」
「なら」
「……んん、」
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