夜に煌めく炉は蒼銀で

夜櫻 雅織

プロローグ

プロローグ【上】 新しい職場

 とある何の変哲もない、ただのパターン化されたある意味楽しいとも。ある意味全く以て面白くもないと言える日常の続く日々。

 そんな最中に届いた一通の手紙によって俺の今日の予定は全て、大きく変革を遂げた。


 ……とはいえ、まずは謝る事から始めないといけないんだがな。


 一度大層世話になった、まぁ古い仲とも。一瞬の仲とも呼べるとある人物からの随分とお高いと言うか、かなり分厚い内包量の便箋がつい先日前に届いた。

 ただその日は少しばかり俺の職場と言うか、まぁ俺が日頃日常生活を過ごしている勤務地兼居住区で起きたまぁまぁ俺からすれば左程そこまで大きなトラブルではないが、それでも世間から見れば十分に大きなトラブルである一件によって無駄にしてしまった。



 とどのつまり、折角貰った手紙を駄目にした。



 結果、当然ながら俺はその内容をしっかりとは読めていない。

 勿論読もうとはした。

 俺の知りうる方法、俺の行使出来うるあらゆる魔法で何とか返り血に塗れ、返り血に染まって一文字も読めなくなったその手紙を汚れる前の状態に戻そうとした。……でも、駄目だった。

 許されるかどうかは分からず、何なら許してもらおうとも思っていない自分が居る。

 まぁそれも全て俺の罰で、一度中身のひっくり返った覆水が盆に返らないように、一度犯した罪が消える事はない。

 手紙如きで大袈裟だと言うだろうか。それとも、手紙1つ大切に出来ないと怒るだろうか。

 そんな事、実際に会ってみなければ分からない。分からないのだから、試さなければ仕方ない。

 何処か諦めにも近しいそんな感情を抱きながらも持ち前の身体能力を活かして住宅地の屋根を屋根から屋根へと走り、跳び、渡り、目的地であるあの学園へを目指してただ走る。


「……本当は電話で済ませれば楽なんだろうが。」


 生憎、俺はあいつとそこまでの仲ではない。

 と言うかそもそもあいつが何で俺の勤務地と言うか、俺の住所を知っているかも……まぁ、ある程度の憶測は就くが、それでもよくもまぁ憶えていたなぁとも。わざわざ調べてまで会いたがった理由と言うのが。連絡を取りたがった理由はそれなりに気になる。

 無論、俺だってこれでもそれなりの階級を持つ立派な公務員。

 何ならそれなりの権力だってあるし、陛下の恩情であいつの連絡先程度なら調べても怒られはしない。



 ……でも、もしあいつに何かあったら。



 俺が自ら、俺の所為で何か面倒な事やあいつの身や命に危険のあるような事を引き起こしてしまっていたのだとしたら、それは当然ながら俺が償わなければならない内容だ。


 何かあったなら是非とも恨んでくれ、ディアル。お前にはその資格がある。


 なんて事を考えている内にとうとう目的地だ。

 確かに一般人やまともに魔法を学習していない人間にとってはそれなりに強固に見えるこの学園の結界も、最早本職である俺にとっては紙切れ当然だ。しかしてその紙切れ程度の結界にも存在価値があるのだから壊す訳にはいかない。

 そっと細い針の上程度の足場しかない城壁のてっぺんへと片足を乗せ、そっと勿忘草色に、仄かに輝くその結界へと手を振れる。

 次第に俺の手の触れた場所から円形に、じわじわと穴が広がっていくように丸状の小さな抜け道が完成する。

 ある程度、俺1人が通れるようになったら勝手に自己修復するように魔法式を書き替え、今度は一気に跳躍して幾つもある学園の塔の1つを壁と体が垂直に。視線と外壁が平行になるようにしてまた頂上目指して駆ける。


 あいつの部屋は……あぁ、あそこだ。


 ただ上を目指していた足先の進路を変更し、幸いにも。偶然にも直ぐ近くに迫ったバルコニーへと飛び降りる。

 三流以下であればここで着地音を立てるんだろうが、それじゃあ本職の名が廃る。

 コンコンコンッ。


「グレイブ・ブラッディル=ルティア。……開けてくれ、ディアル。」


 連絡先が分からない。と言う事は当然、俺はアポもなしに来ている事になるのだが、それに関して彼は何も思う事はないらしい。

 今さっきまで継続していた書類業務を止め、突然のノックが扉ではなくバルコニー側の窓からした事に驚きながらも顔を出してくれた彼は俺の名前を聞くや否や、俺の顔を見るや否や何となく全てを察してくれたらしい。

 何とも扱い易い奴だ。


「ティア……! はは、来てくれるなら正門から来てくれても良かったんだぞ?」

「……。……すまない、ディアル。その、……。……お前から折角貰った手紙を駄目にしてしまってな。どうせお前の事だから招待状の類だったり、はたまた一時的なこの学園敷地内に入る為の何かも用意してくれていたんだろうが、それすらも駄目にしてしまったんだ。……だから直接聞きに来たんだ。」

「あぁ……なる、ほど。なら手紙を見た訳じゃないのか。」

「……悪い。」

「あぁいやいや、責めてる訳じゃないさ。ほら、とりあえず折角来たんだ、そこで座っててくれ。話ついでにお茶菓子でも楽しんでいってくれ。」

「……良いのか?」

「仕事の方か? まぁ大丈夫だ、いつもの事だからな。珈琲で良いか?」

「……貰える物に文句は言わん。」

「はは、相変わらずだなぁ、お前は。」


 シャレル魔導学校。

 それが今、直ぐ近くの給湯室へと消えていった男、クレディアル・ルーカスを学校長とした学園の名。

 この世界では世界各国に多数の魔導学園が存在し、数年に1度には在校生の質を見せびらかせる為だったり、はたまた在学生達の進路獲得の為だったり、更には国力を見せる為にもよく国家代表戦に参加する程の名門学区だ。

 この学校は6年制であり、学校形態としては高校相当の扱いを受ける事が多い。とはいえ世間一般の高校は最大でも3年制であるのに対し、そもそもとしてこのシャレル魔導学校が専門としている魔法が複雑かつ、元々学問的にも最難関項目として位置している関係からどうしても5年制以下にする事が出来ないともされている。

 尚、これはこのシャレル魔導学校に限らず、どの魔法学校でもそれが適用されている。

 そんな名門学校の学校長でありながら、世間一般がよく想像する髭面の高齢者かと思いきや、全く以て30代にも見えない程に若く、少しばかり深い海のような青い髪にそれとは反して冬空の雲1つない晴天のような水色の瞳をしたこいつからは全く威厳と言う物を感じられない。

 いやまぁそれを言われれば怒られるのだろうが、こいつのインテリイメージを加速させているのはその必要性があるのかないのかも分からないモノクルだけだ。

 どうせ魔法で誤魔化しているんだろうが、俺としてはお前みたいな物腰弱そうな奴は爆発すると怖いから扱い辛いんだけどな。


「……今何か失礼な事考えなかったか、ティア。」

「気の所為だ。」

「はぁ……。はい、どうぞ。」

「どうも。……それで? 元は手紙を駄目にした俺が悪い訳だが、お前の時間があるなら再度詳しく聞かせてくれ。……あの手紙で、お前は俺に何を訴えたかったんだ?」

「じゃあ単刀直入に、本題から入っても?」

「あぁ。」

「ティアに、この学園で教師をやってほしいんだ。」


 ……。


「……教師。」

「あぁ、教師だ。生徒達の前で教鞭を執り、これからの将来を担う若人達に」

「俺が聞いているのはそういう事じゃない。……何で俺なんだ。」

「そんなの勿論、俺が生きてきた人生の中でお前以上に素晴らしい魔法の使い手を知らないからだって。しかもお前は魔法に飽き足らず、剣術も光る物があるし、体術だってかなりの物だった。……あ、福利厚生の方か? 安心してくれ! 勤務中の衣は勿論、食事と住居も喜んで提供するぞ! 給料も」

「い、いや、そ、そうじゃない。……お前、俺の身分を正しく知らない訳じゃないだろ。それが狂気の沙汰だって、どれだけイカレてるか分かって言ってるのか?」

「あぁ、勿論。全部分かってるし、1つだけ訂正してほしいがお前はイカレてない。俺はお前が隠密機動だって知ってるし、常勤じゃあないが軍部の人間だって事も知ってる。」

「なら」

「でもそっちで常勤じゃないなら、こっちも非常勤なら許されるよな?それとも掛け持ちは駄目か?」

「……。……はぁー……。……あぁ、分かった。お前は筋金入りの馬鹿だ。俺は陛下の命令とあらば街1つ焼き消す事なんて造作もないし、そして何よりお前の言うこれからの将来を担う若人達の前にこんな虐殺者を教師として出そうなんて、その発想がイカレてる。」

「だからこそ、だからこそお前が適任なんだ、ティア。ただ知識があるだけの教師も、ほんの少し実力のある教師も探せば多く居る。でも、でもだ。……それでもティアのように本物の戦場を知る教師はこの国だけでなく、全世界をひっくり返しても見つからんさ。」

「……合理的ではあるが、狂気の沙汰ではある。良いか? もう1度ちゃんと考えるんだ、ディアル。俺はその隠密機動の中でも3本の指に入る程に人を殺してるし、拷問だってしてるし、何なら相手の返り血を浴びて高笑いするような吸血鬼染みた化け物だ。そんな奴を学生の前に立たせるのは」

「……頼む。俺に出来る事なら何でもする。」


 あぁ、あぁまたこれだ。


 まるで居もしない神様にでも祈るように、何処かの偉そうな帝国同士の戦争にでも巻き込まれ、蹂躙され、後には無数の死体と瓦礫の山だけが残った。

 残ってしまった街……否、元街に取り残されたような親子の父親の方が「子供だけでも助けてください」と言わんばかりのこの顔だ。

 自覚はある、俺はこの顔に弱い。

 いやまぁ別にお人好しと言う訳でも、平等主義と言う訳でも、何なら平和主義でもないのだがそれでも俺はこいつのこの顔に、非常に弱い。


 ……。


「……。……地下室。これぐらいでかい学校なら地下室ぐらいあるだろ。」

「あぁ勿論あるぞ。今は誰も使ってないただの空き部屋だから掃除は必要になるだろうが……まぁでもかなりの広さではあるぞ。」

「場所は。」

「丁度この学校長室の更に真下。廊下を出て右直ぐの所にある階段を最後まで下れば着く。」

「……はぁ。ならそれを寄越せ。後、もっと詳しい資料も。服装は出来ればこっちで選ばせてくれ、なるべく見れる物にはする。」

「まぁ、魔法学の教員は結構私服も多いからな。それでも良いさ。」

「食事は」

「食事はこっちで用意する。これは譲らない。」

「……分かった、もうそれはそれで良い。……じゃあ今から俺は部屋を掃除して少し寝る。ついでに陛下の方にも連絡は飛ばすから、1時間後なら来ても構わんが必ずノックしろ。後、名前は偽名を使うからな。グレディルア・ルーベル。覚えたか、グレディルア・ルーベルだからな。」

「おう、了解。後で資料持っていくからそれを見て、行けると思ったら声掛けてくれ。お前に1クラス任せたい。」

「1クラス請け負うかどうかは見てから決める。」

「はは、流石は実践向けだなぁ。」

「言ってろ。」


 申し訳ありません、陛下。……押し負けてしまいました。


 分かっている。所詮、こんな事を言った所で陛下は快く了承される事だろう。

 ……表面上では。

 となれば近いうちにここへの素行調査だったり、はたまたこの学園に関する全ての事象が調べ上げられる。

 それは陛下のみならず、今の俺からすれば同僚に当たる彼らからも。


 まぁしかし、何も出てこないだろうがな。


「……あいつはただの一般人なんだ。」


 ディアルと別れ、教えられたままに階段を降りていく。

 足で降りるのが面倒なので薄く、板のようにした魔力の板に乗り、それに運ばれるようにして階段を下っていく。

 意外にもこの時間はどの教員も仕事が忙しいのか、それとも授業を行っているのか。はたまたそもそもとして珍しくも学校長と教職員の執務室が離れていたりするのだろうか。


 まぁそれも追々……だな。


「……ここか。」


 まるで儀式の部屋とでも言わんばかりに。この奥に更なる地下へと続く扉のように随分と物々しく、随分といかつい両開きの鋼鉄製の扉と思われる物が鎮座している。

 どうやら使用されていないと言うのは本当のようで、その両開きの大扉を封印している南京錠の類も重く、それを外してから今度は扉その物へと渡された鍵を差し込む。

 見た目通りの重々しい音を響かせながらも開いた扉の中は使用していないにしてはかなり小綺麗で、大方いつ使うかは分からないが、それでもまぁ必要な時に直ぐ使えるようにと定期的な清掃はしていたんだろう。……それでも過ごすには少し無理があるが。


「……やっぱり改造だな。」

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