悔しがるひと

@wizard-T

出どころ

 お母さんは、ここ最近ずっと忙しかった。




 どうにかしてこのきれいな武蔵野の森に、行きたかったみたい。

 きれいな木と葉っぱ、見た事のない動物。それから風の音。みんなきれいで素敵な思いができるんだって。


 そのために朝から夜までお仕事をして、そしてあんまりご飯も食べないで少しやせちゃった感じ。

 

「ちゃんとついて来てー」


 そしてとうとう、そのお願い事が叶ったってのにお母さんは正直あんまり嬉しくなさそう。

 はきはき、わくわくじゃなくて、とぼとぼ、ふらふら。口だけは笑ってるけど、足も声も弾んでない。


 秋、って言うか冬も間近だから緑色の葉っぱはほとんどないけど、黄色とか赤とかそんな葉っぱが風になびいていたり、私の足と触れ合ってガサガサ言ったり。


 ああ、楽しい。


「お母さん、やっぱりすごく楽しいよ!この武蔵野って所!」

「そう、楽しいのね……」

「お母さん楽しくないの?」

「本当はね、もっともっときれいな気持ちで来たかったの」 

「きれいなって、きれいじゃないお母さんの服。それ一昼夜って言うんでしょ」

「一張羅よ、一張羅……本当ならこの一張羅、売っちゃいたかったけどね。それを着てここにあなたを連れて来られたのは嬉しいんだけどね…………」


 私たちの内からここに来るまで、かなりお金が要る。

 お母さんは必死にお金を稼いで来たけど、それでも私の事でたくさん使っちゃって、なかなかここに来るまでのお金を貯める事は出来なかった。大事な大事な服だけど、それでもお母さんはここに来るためならば手放してもいいって言ってる。











 私は、お父さんのことを知らない。顔も覚えてない内にお母さんと二人っきりになって、それからずっと二人で過ごして来た。

 お父さんの事をお母さんに聞いてもぜんぜん教えてくれなかった。


 それでおじいちゃんに聞いた話によると、お父さんは競馬ってのばかりしてたんだって。それで私の分のお金まで使っちゃうから怒って別れたらしい。でもお母さんが必死になって頑張るのと同じぐらいのお金を、そのお父さんは毎月振り込んでくれる。

 悪い人だったらそんなことしないと思う。


 それでこの前通帳ってのをこっそり見たんだけど、なぜかいきなり五万円って言うのが入ってた。おじいちゃんが言うには武蔵野なんとかってののおかげだろうって、そうかやっぱりお母さんが憧れるぐらいには武蔵野ってすごいんだなって私すごく感動した。











「おじいちゃんが言ってたじゃない、たぶんお父さんは」

「シーッ!」

「えっ?」


 だってのに私がお父さんのことをほめようとすると、お母さんは顔を真っ赤にする。まるで葉っぱみたいだ。

 そのお母さんの顔を見たさに、他の人や動物たちも集まって来てる。ああ面白いなあ。


「お父さんの話をしちゃダメでしょ、こんなとこで」

「だってみんなしてるもん」

「でもさ、もっときれいなお金じゃなきゃね、あんなギャンブルとかじゃなくて」

「お母さん、カッコ悪いよ」

「えっ……!?」


 お母さん、ものすごくビックリしてる。


 他の人たちがみーんなお母さんの方を見て不思議そうな顔をするぐらいにはビックリして、なんかここが自分の知ってる武蔵野と全然別の場所だって言いたそうな顔をしてる。


「だって!」

「お父さんはちゃーんと私たちの事を覚えてるの、だからこそこうしてお金をくれたんでしょ?ねえ、お父さんは犯罪者ってのになったの?」


 だってお父さんは、立派にお金を作ってくれたんだから。犯罪じゃないんでしょ?


「あ、ああ……そ、そうね、お父さんはね、ちゃんとね」

「お母さんの顔、葉っぱみたいになってる」


 葉っぱみたいに顔を赤くしている。お母さんかわいー。いや、周りの人もみんな同じ、葉っぱみたいでかわいー。


「ああそう言えば、この前の武蔵野なんとかって時も赤い帽子の人同士だったらしい。それでお父さんお金が出来たんだよねー。本当、私赤が大好きになったよ!」

 

 おじいちゃんは溜息を吐きながらそう言ってたけど、でもその結果私とお母さんはこうして行きたかった場所に行けてる。お父さん本当カッコイイよね!


 あっ今度はみんなが顔を青くしてる。まるで若葉みたい。


「赤と青、すっごくきれいだよねー、あれどうしたのー?」


「いやいや、こんな時期に青い物が見られるだなんてすっごくツイてるよなー!」

「そうそう、私らすっごくラッキー!」

「アッハッハッハッハッハッハ…………」


 みんな幸せそうに笑ってる。全部お父さんのおかげ。私早くお父さんに会いたいなって、この武蔵野の木にお願いしようかなーって。


「ねえ、何ため息吐いてるのお姉さん?」

「私はもうおばさんよ、でもお嬢ちゃんが幸せそうならそれでもいいかなーって!」

「うん、いっしょに笑おうよ!」

 

 ああお父さんのおかげで、お上品そうな、お母さんよりちょっと年上の女の人も最後には笑ってくれた。




「アハハハ、ハハハ、ハハハハ……」


 それで最後にはお母さんも笑ってくれた。


 



 うん、やっぱりお父さんカッコイイよ!!

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