第一話.探偵と象⑨

 いとぐち先輩に話を聞きに行くのは明日にするとして、その日はもう帰ることにした。

 双子と象を追っていた時間は体感より長かったようで、部活に入っていない俺としては例にないくらい遅い帰路になってしまった。春なのでまだ明るいが、冬だったらそろそろ暗くなるくらいの時間だ。

 教室からの流れで、やま姉妹と連れ立って歩いている。俺も彼女らも電車通学だから、駅まではいっしょだ。

 学校での怠惰ぶりとは裏腹に、あまは意外と歩くのが速い。俺と雪音は数歩分遅れて歩いていた。

 よくしゃべる雨恵が先に行ってしまうと、俺と雪音ではどうにも間が持たない。中途半端な時間なので他の生徒の姿もなく、雪音はうつむき加減で黙々と歩いている。

 俺は、あっさり沈黙に耐えられなくなった。

「あー……遅くまで付き合わせちゃって、ごめん」

 この際なので言いそびれていたことを告げる。ゆきは一瞬肩をびくっと震わせて、それから小さくせきばらいした。

「いえ、むらくんを引き留めたのはあめ……あまですし。それに……ああいうの、嫌いじゃないですから」

「? ああいうの?」

 答えはちょっと返ってこなかった。そうして無視されたかと落ち込みかけた頃、ぽつりと返ってきた。

「…………謎解き、みたいな」

「……なんでそんなに恥ずかしそうなの?」

 雪音はなにかうらめしそうにこちらを見た後、また視線を前に戻して口をとがらせる。

「なんか、子供っぽいじゃないですか」

 そうかな? と思ったが、重ねてそれをく前に駅へ着いてしまった。


 電車は双子と逆方向になる。階段からプラットホームに上がり、電車を待っていると、向かい側のホームに双子が現れた。

 雨恵の方がすぐにこちらへ気付いて顔をほころばせる。それだけで頬が熱くなった。気恥ずかしかったから。だと思う。

 とりあえず気付いたことだけを目顔で示すと、雨恵は周りの客も気にせず、やにわに大きな声で言ってきた。


「言うの忘れてたっ。ありがとね戸村くん。

 今日はさ、高校に入ってから、一番楽しい放課後だった!」


 その声は帰宅どきの雑踏にもかき消されず、ホームを越えてくっきりと耳に飛び込んできた。いつもはうっそりと大儀そうに話す雨恵だけど、こんなに伸びのある声も出せたのか。

 雪音がぎょっとして姉のそでを引っ張っている。恥ずかしいからやめて的なことを言っているのだろう。

 同感だ。

 俺も恥ずかしいからやめてほしい。

 そして同感だ。

「俺も、楽しかった!」


 そう言えたのは、電車がホームに入ってくるごうおんにまぎれるのがわかっていたからで、そんなきような男の声は彼岸の双子には届かなかっただろう。

 ただ、電車に遮られる前に見えたあまの顔は、にかっと笑っていた。



The Reversi in the Last Row of the Classroom

Episode #1

The Sleuths VS. an Elephant

or: A Scandal of Kotonohashi

             Fin.



《次回エピローグに続く》

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