9.31.防衛する子供たち
後方から大きな音がした。
だがそれに構っている余裕はない。
小さなワープゲートから湧き続けている小さな魔物を、その場にいた子供たちが魔法を使って撃退していた。
『ウェイスー!!』
『分かってる!! 風魔法!!』
レイが叫ぶと同時に、ウェイスが風魔法で突風を引き起こす。
明らかに怪しい紫色の空気が、遠くへと流れて消えていった。
その場にいたエンリルたちは、その紫色の空気を警戒し続けていた。
吸ってはただでは済まないと、本能が叫んでいるのだ。
今集まっている仲間たちの中で唯一風魔法に適性のあるウェイスは攻撃することはせず、とにかく怪しい空気を吹き飛ばすことに専念していた。
そしてその空気は、ワープゲートから湧き続けている魔物の体から発せられている。
腐敗し、鼻が曲がるくらいの激臭が漂っており、肉が破れたところからふしゅー、ふすしゅーと噴き出されているのだ。
呼吸に合わせて放出されている事から、恐らくは肺付近に何か仕込まれているのだろう。
だがそんなことを子供たちが理解できるはずもなく、とにかく魔物を近寄らせないように魔法を連発していた。
逃げてきた方角に、魔物が湧きだした。
それによって一気に混乱状態になった子供たちと人間は、慌てながら来た道を走って戻りだす。
冒険者は何とかその状況を理解して前線に出ようとしているが、まずは住民を避難させなければ満足に戦うことができない。
しかしそれが決まってからの動きは速かった。
一人の冒険者が指揮を執り、低級冒険者と上級冒険者の役割を大声で明確にし、一気にまとめ上げる。
「低級冒険者は領民の避難を急げ!! 上級冒険者! 避難する時間を稼ぎ、余裕があればエンリルたちを守れぇ!!」
「レイド様ー! 毒が! 毒がこっちまで迫っています!」
「風魔法が使える者はあのエンリルと同じ様に毒を吹き飛ばせ!! 方角を間違えるなー!!」
両手に斧を持ったレイドが、的確に指示を飛ばし続ける。
本当は前線に出て何も考えず戦う方が得意なのだが、ヴァロッドもディーナも不在の今、指揮を執れるのは自分しかいないと立ち上がったのだ。
幸い彼は領民からの信頼を獲得している。
冒険者経験が豊富なレイドの言葉であれば、誰もが何の躊躇いもなしに行動した。
『炎上牢獄!!』
『凍てつけぇ!』
シグマとラムダが、後ろにいる子供たちを守るようにして魔法を撃ち込む。
それは見事命中し、三つのワープゲートを破壊する。
しかし、破壊したと同時に再びワープゲートが出現してしまう。
止まることのない魔物の進軍に恐怖を抱く者も少なくない。
実際、この二匹も震えていた。
だが弟分を守る為、父親のガンマと同じ様に前へと足を踏み込み、恐怖を糧に魔法を再び打ち込む。
魔力がなくなれば大きく息吸って回復する。
そして広範囲の攻撃を何度も何度も繰り返した。
『ジムニー! 僕らも……!』
『駄目だ! 接近戦じゃ煙を吸っちゃう!』
『そ、そうか……』
雷魔法が得意なベンツの子供たち。
だが遠距離、中距離の魔法は持っていなかった。
現在はウェイスが毒を吹き飛ばし、レイとシグマ、ラムダが範囲攻撃で何とか敵の進軍を凌いでいる状態だ。
冒険者の増援はもう少し時間が掛かる。
レイドも毒が常にまき散らされているところを見ているので、自分の不得手な間合いだと歯を食いしばって悔やむ。
何も出来ない自分が嫌になりそうだった。
『うぇ、ウェイス! レイ! お、お待たせ!!』
『ドロ遅い! 早く頼む! 接近戦じゃ戦えないからお前の沼人形で前線を抑えてくれ!』
『そのつもり……!!』
大きく息を吸って魔力を作り出す。
吐くと同時に地面に魔力を流し込み、泥を作り出して多くの人形を出現させた。
一番作りやすい狼の人形だ。
兵力差はこれで五分となる。
はずだった。
『!!? 皆逃げて!! 今すぐ逃げてー!!』
『!? どうしたドロ!!』
『地面の中に敵がいる!!!!』
沼魔法を使ったことで、地面の中の様子を見ることができた。
その中には……悍ましいほどの数の敵が、地上へ今か今かと出ようとしているところだった。
しかし、その範囲が……広すぎた。
敵は既にライドル領全域に展開しており、あと数分もすれば地上へと出てくるだろう。
『レイ!! ラムダ!! 氷魔法で地面を凍らせてくれ!! めっちゃくちゃ分厚く!!』
『へっ!? わわ、分かったの!! ラムダちゃん!!』
『僕女の子じゃないよー!』
二匹はすぐに魔法を展開する。
地面を分厚く凍らせるようなイメージを頭の中で作り出す。
レイは自分の足元から地面を凍らせていく。
魔力を籠める程に硬くなる氷は、既に鉄ほどの硬さを有していた。
ラムダは氷塊を作り出し、それを地面にぶっ刺していく。
そこから地面が凍りはじめた。
何個もの氷塊がどんどん地面を凍らせていくので、レイよりも地面を凍らせる効率はいい。
しかし、それらは自分たちがいる場所が限界だった。
『だめだ……間に合わない……!』
『人間と会話できる奴は!? ガルザさんは!? セレナは!?』
『ここに、いない……』
ウェイスが焦りながら周囲を確認するが、ドロの言う通り、ここには人間と会話できる仲間がいない。
伝える方法がない。
かと言ってこのままでは人間も、エンリルたちも、地面から湧き始めるであろう魔物に蹂躙される。
ドロの魔法は味方を多く作り出せるため非常に強力だが……もし地面から出てくる魔物も毒を放出する敵だったら……。
それはもう、意味がない。
毒の発生源をこちらに寄せないための魔法なのだ。
既に中に入られているのであれば、毒を喰らう覚悟で戦わなければならないだろう。
ボゴッ。
地面から手が出てきた。
這い出すように出てきた腐敗した魔物は、呼吸と共に紫色の空気を放出している。
『……ウェイスぅ……ど、どうしよぅ……』
『俺に、聞くなよ……』
一斉に地面から出現した魔物が、ライドル領を紫色に染めた。
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