8.41.四匹と三人


 俺たちは牙を剥く。

 目の前にいるのは三人だが、こいつらは他の人間とは別格だ。

 あの攻撃を喰らって生きているということから、それを察することができる。


 地面を砕き、炎で焼き尽くし、風神で切り刻んだというのに生きている。

 力だけで言えば、俺たちに限りなく近しい存在だ。

 レイとウェイスを一緒に戦わせることに不安はあったが、あれだけの実力があるのならば、こちらも出し惜しみはしていられない。


 しかし俺は制限がかかる。

 三匹が一緒になって戦うということは、俺が本気を出せないのだ。

 できるのは魔法での援護のみ。

 それも手加減された魔法だ。

 あれだけの攻撃を凌ぐこいつらに、俺の手加減した攻撃は絶対に効かないだろう。


 難しいところだが、これ以上俺が暴れるとヴァロッドたちにも被害が及ぶ。

 界も限界だったっぽいしな。

 であれば、こいつらを信じるほかに道はない。


『頼むぞお前たち。俺はあまり戦えない』

『なんでなの?』

『オール兄ちゃんにあんなのを何回も繰り返されたら俺たちひとたまりもないぞ? 俺たちが主力だレイ』

『おおー、ウェイスがリーダーしてるの!』

『君たちもう少し緊張感をだな……』


 ベンツは二匹の会話に呆れているようだが、これくらい気軽な方がいいというものだ。

 冷静さを維持するのに、この気軽さは非常に重要なものになる。


 だが……目だけは鋭い。

 獲物を狩る眼。

 絶対に喉元に牙を食い込ませようという強い意志が見て取れる。


『兄ちゃん、あの雷魔法を使う人間だけど……。初動は速い。でも次からは遅くなる』

『ベンツ、あいつの足止めをできるか?』

『元よりそのつもりだよ。今は僕たちの方が有利に立ち回れるだろうから』


 ベンツは周囲を見てそう確信していた。

 俺が大きく破壊させた地面は人間にとって邪魔な障害物でしかない。

 しかし俺たちにとっては戦闘を有利にさせてくれるものとなっていた。

 機動力に長けるベンツであれば、この岩をうまく利用してくれるだろう。


『レイ、ウェイス。お前たちには左右の人間を任せる。俺は後方から援護する』

『オール兄ちゃんの援護かー。初めてかも』

『確かに! んじゃいくの!』


 レイが大きく息を吸った。

 ゆっくりと息を吐くと周囲で氷が作られていき、空中で止まっている。

 ウェイスがそれを切り刻み、数十個の氷の弾丸が完成した。


風集中ふうしゅうちゅう……!』


 ウェイスが風を一つの場所に集めていく。

 どうやらこれはチャージして発射する魔法のようだ。

 その間に敵からの攻撃がこないように、俺は警戒を強める。


 発動に時間がかかる魔法ということを理解したベンツが、一足先に雷魔法を使って消えた。

 黄色の稲妻が駆けていくと同時に、ジェイルドも二振りのファイティングソードを構えてベンツに立ち向かう。


 カウンターを仕掛けたかったジェイルドだったが、それより先にベンツが雷狼を使って攻撃をそちらに向けさせた。


「チッ。ダミーかよ。速すぎて分かんね」

『──ゥー……!』

「!?」

『雷円陣!!』


 一瞬で後方に回ったベンツは、自分を中心に数メートルの範囲を攻撃する雷円陣を発動させる。

 何処へ逃げても範囲内であれば攻撃が当たるので、ジェイルドは回避に苦しむことになるだろう。

 だが、避けることはしなかった。


 ババリバリバリィッ!!

 半径十メートルの範囲で雷が走り回る。

 ジェイルドがしっかりと攻撃範囲内にいるということを確認したベンツだったが、彼は武器を一本掲げ、一本地面に突き刺してその場に留まっていた。


「シーッ……っしゃあ……」

『雷魔法が効かないのか……?』

『ベンツ!』


 俺が声をかけた瞬間、ベンツが帰ってきた。

 どうやら相手はすぐに動けなかったらしい。

 剣を抜いて、剣同士で研いでいる。


『なに、兄ちゃん』

『あいつ、雷を地面に逃がしてるわ。雷魔法で攻撃したい場合は、あいつを空中に吹き飛ばせ。雷を逃がす場所を断つんだ』

『なるほど、了解』


 雷魔法を逃がせるのは俺も初めて知った。

 まぁベンツの速度に対応できるやつがいないだけなんだけどな。


「っしゃ俺たちも行くか」

「あいあい~っつてももうやってんだけどねっ!」


 俺たちが立っている場所から水が出現した。

 レイの周囲にある水はすべて凍って使い物にならなくなったが、俺とウェイスには水が襲い掛かってくる。

 鋭い鉤爪の様な姿になり、回転しながらこちらへと向かって飛んできた。


『闇の糸』


 二本の闇の糸で、すべての水を叩き落す。

 強度は弱いらしく、一撃で簡単に霧散させることができた。

 闇の糸はしょっちゅう使ってたし、これくらいのことは朝飯前だ。


 ウェイスが爪を地面に立てる。

 どうやら攻撃する準備が整ったらしい。

 大きく息を吸い、一度吠える。

 その瞬間爆風が氷を襲い砕き、それが人間の方へと向かって飛んでいく。

 さながら散弾の様に弾け飛んだそれは目にも止まらぬ速度で空気を切っていた。


「マジックディスタープ!」


 マティアが杖を掲げ、何かを発動させる。

 彼女の前方が一瞬歪んだ。

 次の瞬間、氷がただの水になって風も緩やかになる。

 二匹の攻撃はただ地面を湿らせる程度の攻撃に成り下がってしまった。


 あいつ……魔法を使用するために使われている魔力を乱しやがったな。

 となるとあの女には接近戦で立ち回るしかないか。

 

「闇魔法……魔導鎧……」


 ザックの体が闇に包まれる。

 靄のかかった鎧が体を覆い、それは生きているかのように意志を持って動いていた。

 ダンダンッと地面を蹴る速度は普通のエンリルの速度にも劣らない。

 急に走ってきた敵を見てレイが反応する。


氷爪ひょうそう!』


 爪に氷を纏わせて地面を突き刺す。

 その瞬間ザックに向かって氷が飛び出した。

 それは確実に当たったと思われたが、闇の鎧に防がれてしまう。


「こいつは綺麗にとはいかねぇなぁ! 許せよマティ!」


 大上段に構えられたロングソードが振り下ろされる。

 こいつは俺のことを忘れていないだろうか。


『させるか』

「はや──」


 魔法があの女によって無力化されるのであれば、俺は物理でこいつを殴ろう。

 身体能力強化の魔法と風魔法で移動した俺は、尻尾を使ってそいつを殴り飛ばす。


『暗黒魔法、変毛』


 尻尾の毛を硬質化させ、針を作り出す。

 それを人間に向けて思いっきりぶつけた。


 ギャギャギャギャッ!!

 鉄と硬いものがこすれる音が響き、ザックは後方へと吹き飛ばされる。

 だが空中で体勢を立て直して綺麗に着地した。

 三本の硬質化した毛が鎧に刺さっていたが、うごめく鎧はそれを静かに抜き取った。


「げっほ……。あいつも黒いエンリルみたいに速く動けんのかよ」

「長期戦だねぇ」


 マティアは再び杖を構えた。

 ザックも小さな杖を取り出して握り込む。


「収縮速度上昇」

「オートディスタープ」


 二人の周囲の様子が、急変した。

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