7.26.当日


 今日のライドル領は朝から騒がしい。

 畑仕事を早い内に切り上げる者や、まだ時間でもないのに店を開ける者。

 更に整備された道を掃き掃除する者など多くの人が活動していた。


 こんなにも朝早くから仕事をしだすことはなかなかないだろう。

 既にパンを焼くいいにおいや、金属がぶつかり合う綺麗な音が響いていた。


 何を隠そう、今日はサニア王国から王族が来る日なのだ。

 ヴァロッドは領民の皆にこの事を話し、当日はできるだけ綺麗にしていてくれと頼んでいた。

 この来訪がライドル領の未来を決めるかもしれないのだ。

 誰もが一生懸命になる。


 そして俺たちはというと……。

 明朝から狩りに出ていた仲間たちが戻って来た。

 しっかりと目的の高級食材を咥えている。

 肉に魚を獲るのは簡単であったが、山菜だけはエンリルの力だけでは採取できないので、メイラムの背に三人の人間が乗って採取をしてくれた。

 これで昼と夜の食事の準備は万端だ。


 材料さえあれば、ライドル領の料理人が捌いて調理してくれる。

 その匂いに人間の子供たちは勿論、エンリルの子供たちも手を出そうとしていたが、しっかりと俺やライン、人の親に回収されて家に放り込まれてしまった。

 しょぼんとしているが、今日だけは我慢してもらわなければならないからな。


 ベリルとセレナも、家で待機してくれる。

 こいつらだけは関係性……というか契約による会話を見せるわけにはいかない。

 まぁいなくても問題はない。


 それと……ベンツとガンマだけは俺の側に来てもらっている。

 ガンマには匂いでの人間の悪意を感じ取ってもらい、ベンツは音を聞いて妙な動きをしている人間がいないかを確認してもらう。

 俺も匂いで領地の殆どを把握することができるので、今日は気張っていこう。


「これであれば、大丈夫そうだな」


 街の様子を見てヴァロッドはそう言った。

 大きな国と同じくらいに豪華とはいかないが、この国でできる最大限のもてなし準備は整っている。

 全てにおいて無理のない範囲で行っているので、自然体が保たれていた。


 それにしては少し道を綺麗にしすぎたかもしれないな。

 まぁそのおかげで歩きやすくなったし、馬車も通りやすくなった。

 効率が良くなることは良いことだと思うので、このままにしておくぞ。


「あと少しで来る予定だ。フェンリルたちはここにいてくれ」


 それに小さく頷いておく。

 今はベリルが居ないのでこういった反応しかできないのだ。

 まぁ王族が来てからはヴァロッドが対応してくれるだろうし、俺たちは座っているだけでいい。

 簡単なお仕事だ。


『兄さん、結構多くないか?』

『うん。僕もそう思う。まるで群れなんだけど』

『まぁそんなもんだろ』


 俺たちは匂いと音で王族の馬車とともに歩いてきている護衛の数に驚いていた。

 言ってしまえば軍隊だ。

 そこまでする必要があるのかとも思ったが、やはりそこは王族。

 王族の馬車一つに数人の護衛、というわけにはいかないのだろう。


 にしても少し大げさな気がするなぁ。

 これだと戦争をしに来てますよって言っているようなもんだ。

 俺たちにビビっているのだろうか?


 距離からして……ていうか移動速度クッソ遅くねぇか?

 まぁ別にいいけどさ。

 これ着くのお昼くらいになるんじゃないの?

 それくらいにつくんだったらこっちの準備もできてるから問題ないけどさ。


 ていうか……なーんか……変な匂いがする。

 人間の数が多すぎてそれが何の匂いかちょっと判別がつかないんだけど……。

 何だろうこの匂い。

 俺で嗅ぎ分けられないって……人多すぎるんだよ。


 まぁ変っていうよりは、いい匂いになるのかな?

 わかんねぇから来るまで待つことにするかねー。


 そこで、風向きが変わった。

 より鮮明に匂いがこちらに向かってくる。

 それにより、その匂いの正体を理解してしまった。


『…………』


 知らない間に、俺は毛を逆立て、牙をむいていた。

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