5.37.愚痴


 出会った竜は、俺と同じ転生者であった。

 だが、やはり前世の自分に関しての記憶はすっぽり無くなっているらしく、自分の名前は覚えていなかったようだ。

 俺も似たような物だったし、それは仕方がない。


 同じ転生者という事もあり、俺とリューサーは数分で打ち解けてしまった。

 今はリューサーの身の上話を聞いている所だ。


 彼女、リューサーは転生して二年でここまで体が大きくなってしまったらしい。

 当初は綺麗な龍に成れるんだったらいいかと思っていたのだが、ここまで体が大きくなってしまうと可愛いからかけ離れる。

 それに酷く落ち込んでしまったのだという。


 幸いにして、生肉を口にするという事はしなくてもよかったので、精神的には追い込まれなかった。

 流石に元人間という事だけあって、生ものを口にするのは抵抗があったようだ。

 俺も初めはそうだったけどな。

 でも踏ん切りついたわ……。


 そして今俺は、愚痴を聞いている。


『ほんと有り得なくてねー? オス共は喧嘩ばっかして綺麗な鱗に傷つけて帰ってくるしー、プレゼントと称して生肉置くとかあり得るー?』

『いや……それは種族的には問題ないのでは……』

『大体荒っぽいのよドラゴンは! 何で静かに暮らせないのかしら! もう!』

『あーそれは……えーっと』

『他にもねー?』


 何ていうマシンガントーク。

 今までは話の通じな奴らしかいなかったとは言え、流石にここまで来られると俺も引いちゃう。

 狐見てみろよ。

 飽きて寝ちまってんぞ。

 お前らさっきまで怖がってた奴がいるところでよく眠れるな。

 怖がりなんだか図太いんだかよくわかんなくなってきた。


 てか荒っぽいのは仕方がなくない!?

 体に見合う程の力持ってるんだから、火力が高いのは当たり前でしょ!


 つっても元は人間の女の子。

 そう言うのには全くと言っていい程無関心だったはずだ。

 よく二年も耐えれたな……。

 まぁそこは慣れかもしれないけど。


『オールは何かなかったの?』

『……俺か?』

『そうそう! まだ狼の姿なら人間とも会えてそうじゃない!』

『……人間には会った。会ったが……』

『?』

『クソだった』


 怒りがこみ上げそうになったのに気が付き、俺は頭を振るって考えを吹き飛ばす。

 それを見ていたリューサーは、心配そうにしてこちらを見ていた。


『……何があったの?』

『お前になら話してもいいか。俺たちはお前より強くないから、人間には勝てなかったんだよな』


 そうして俺は、リューサーに転生してからの話を全て聞かせてやった。

 今までの事を楽しげに話して、楽し気な空気を作ってくれていたリューサーだったが、それを壊す結果になってしまった。

 それでも、リューサーは全てを黙ってしっかりと聞いてくれた。


 子供たちの事。

 親の事。

 人間の襲撃、そして敗北して逃走。

 やっとの思いで安息の地を見つけて、今はそこで過ごしているという事。

 全部話して、俺は黙ってしまった。


『……』

『大変だったのね。私とは大違い。こんなことで意地張ってるのが馬鹿らしく思えてきたわ』

『俺はもう人間を許せそうにない。人の姿をしている者ですら嫌悪する』

『それが普通よ。その時はまだ人間としての情があったんでしょ? 何も出来なかったのは無理もないわ』

『……ああ』


 それさえなければ、あの時まだ助けれる狼がいたかもしれない。

 とは言え、あの時の俺では手も足も出なかっただろう。

 駆けつけるのが遅すぎたんだ。


 それに、あの時聞いたバルガンの遠吠え。

 あれは俺たちとは全く違う方向に進んでいたように思えた。

 何処に潜んでいたのかは分からなかったが、なんにせよオートとバルガンの誘導のお陰で俺たちは逃げ切ることが出来たのだ。

 あれが最善だった。


『貴方たちが見つけた住処を、私たちのせいで荒らしてしまうのは申し訳ないわね』


 そう言って、リューサーは立ち上がって翼を広げた。


『この姿になって楽しかったのは、空を飛べるようになった事。争いは嫌いだけど、貴方たちを守る為なら何でもやるわ』

『いいのか?』

『転生仲間じゃなーい! でも、私たちが困った時は貴方たちが助けてよね』


 願ってもない話だ。

 竜が困るなどという事はなかなかないだろうし、それに俺たちが必要かどうかも分からないが……。


『有難う』

『私は群れを統一すればいいのよね?』

『そうらしいが……どれくらいかかりそうだ?』

『正直分からないわ。私が一度リーダーを放棄してるから、やっぱりやるーって言っても、そう簡単に引き下がるやつらはいないでしょう』


 まぁそりゃそうだよな。

 となると、やはり武力での解決になってしまうんだろう。


 だが、リューサーは味方が多いらしい。

 時間はかかるかもしれないが、統一は絶対にできると約束してくれた。


『じゃあ頼むぜ。今度遊びに来いよ。ちっこいモフモフがいっぱいいるからさ』

『ええええ!!? 本当に!? 行く! 行く行く! 絶対に行くわ!!』

『じゃあ約束な』

『絶対よ! 絶対にだからね!!』


 まさかこんなに喜んでくれるとは……。

 まぁこいつも元人間だしな。

 可愛い物には目がないに決まっている。


 とりあえず、リューサーの説得は何とか終わった。

 俺は帰る準備をする為に、狐たちを回収して毛の中に入れていく。


 すると、リューサーが話しかけてきた。


『オールは血印魔法って知ってる?』

『血印魔法? いや、知らないな』


 リューサーは自分の手の平を爪で引っ掻いて、血を地面に垂らした。

 傷はすぐに再生する。

 竜には自然治癒能力でもあるのだろうか。


『ここに血を垂らしてくれる?』


 そう言って、リューサーは自分が血を垂らしたところを指さした。

 しかしこれは何の魔法なのだろうか?

 それが分からないのは少し怖い。

 俺はこの魔法について聞いてみることにした。


『すまん、これは何だ?』

『血印魔法。血と血を結んで契約する物なんだけど、どちらかが契約内容に違反した場合はすぐに殺されるって奴』

『こっわ!!!!』

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