3.52.綺麗な殺し方
狼たちは、人間のいる位置を完全に捕捉し、退路を断つように包囲して一気に攻め立てた。
敵の数は随分と減ったが、それでもまだアリの様にいる。
これだけの数がこの短期間で、何処から湧いてくるのか不思議でたまらない。
一匹の狼が北に回り込んだ。
すると、すぐに人間たちのいる方角へと駆けていき、先制攻撃を仕掛ける。
一人の人間の腕が、風刃により吹き飛ばされ、叫び声を上げた。
これは、退路を完全に断ったという狼たちの合図だ。
東から全ての狼が人間たちを包囲するために動き出したのだが、この狼は一番遠い場所に派遣された狼なので、到着が一番遅くなる。
本当は遠吠えで到着を知らせるのが最適なのだが、そうすると人間に退路を塞がれたとすぐに気付かれてしまう。
なので、到着した狼が真っ先に人間に攻撃をし、人間の叫び声を合図にして、包囲に徹していた狼たちが一斉に動き出す算段となったのだ。
勿論これで、退路が塞がれたと気が付く人間もいるだろう。
だが、そこから一斉攻撃を仕掛け、人間に考え事をさせないように動くのだ。
人間はとても大きな声で叫んでくれた。
東にいるオートにも、その声が聞こえる程だ。
狼たちは一斉に地面を蹴り、どんどん速度を上げて人間に接近していく。
最初に攻撃を開始した狼は、既に何人もの人間を風刃で狩っていった。
「ガルルァア!!」
「ヒィッ!!」
牙を剥き出しにして、顔に深い皺を刻み込む。
目からは緑色の光が零れ、動くたびに光が伸びて軌道を作る。
大して抵抗しない人間など取るに足らない程に弱い。
腕を振り上げ、振り下ろした瞬間に風刃を放つ。
「がっ……」
地面と人間が四枚にスライスされる。
一気に数を叩けないのがなんとも歯痒いが、今回の人間は各々が離れた場所に点在しているので、こうしてチマチマと狩っていくしかない。
次の標的を選択し、一気に駆けてその頭部を顎で噛み砕く。
口の中に血の味が広がるが、すぐにベッと吐き出してまた次の敵を探す。
この繰り返しだ。
「ガアアアア!!」
「バゥ! バゥ!」
「ガルアア!」
すると、周囲から仲間が集まって来た。
その全てが恐ろしい形相をしており、人間たちはその姿を見ただけで戦意を喪失し始めている。
だが、そんな人間を狩らない程の慈悲を狼たちは持っているわけではない。
腰を抜かした者は簡単に狩り取られ、命を落とす。
逃げ惑う者はすぐに追撃されて、上半身と下半身が泣き別れた。
魔法を撃って立ち向かう者もいたが、狼たちにとって、その攻撃は子供の遊び程度の物だ。
すぐに弾き返して、得意な魔法を敵に撃ち込む。
「ゥオーーーー!」
「ウォーーーー!」
「アオーーーー!」
狼たちは仲間に遠吠えを届ける。
その内容は勝てる、だった。
狼たちの黒や灰色の毛が、人間の血で汚されていく。
だがそんなことはお構いなしだ。
後でいくらでも綺麗になる。
集まった数匹の狼たちは、隊列を作って敵のいる方へと走っていく。
時々生き残りがいたので、それは風刃で簡単に狩り取る。
ここまでくれば作業だ。
だんだんと狼たちには余裕が取り戻され始めていた。
「ギャウッ!?」
「!!?」
突然隣を走っていた狼が悲鳴を上げ、地面に倒れる。
随分と速い速度で走っていた為、地面を転げて滑り、ようやく止まった。
他の狼たちは、その倒れた仲間を助けるべく、数匹が駆け寄り、もう数匹が周囲の警戒をするために前に出る。
しかし、人間の濃い血の匂いが邪魔をして、一体どこから攻撃されたのかがわからなくなっていた。
目視で確認し、敵を探り当てるしかない。
そんな時、木の上から声がした。
「おお~……君たちすっごいね~! 前の奴らより頭良さそうだ!」
その声に狼たちは一気に毛を逆立てる。
鋭い目つきをそのままに、木の上にいる人間に向け、威嚇した。
人間は大きな枝を持っているようで、何かの皮を纏っていた。
「ガルルルル……!」
「こわぁ……。ていうかあんたたち、毛皮汚くしてるんじゃないよぅ! 綺麗じゃないと売れないんだからね!」
「ガラァアア!」
一匹の狼が、その人間に向かって風刃を放つ。
木が真っ二つに切断されたが、その前に人間は身軽にひょいと飛んで、地面に着地する。
だが、その瞬間を見逃す狼たちではない。
落ちてくる場所がわかっているのだし、今人間は空中にいる。
そう簡単には攻撃が躱されることは無いはずだ。
一匹の狼が一つの風魔法を使用した。
これは追尾風弾だ。
躱されることはまずないだろうが、それでも確実性を上げる為にこの魔法を使った。
魔力も十分に流したので、威力はある。
追尾風弾は、その人間に向かって真っすぐ飛んでいく。
「あ、風魔法なのね」
人間は長い枝を、風魔法に向けた。
すると、水が噴き出しで追尾風弾を包んでいく。
風の威力がどんどん無くなっていき、最後には空中に浮かぶ水だけが残った。
「……グルルルル……」
「こういうのはこうしてやれば、消せるんだよ~! ハイ次私のばーん!」
人間は枝を一度振り回す。
すると、空中に浮いていた水が分裂し、それが狼たちに接近してきた。
速度はそこまで速くない。
狼たちはその魔法を撃ち破るために、風魔法を撃ちこんだ。
風刃が水を切り裂くが、ただ切れるだけで形は殆ど変わらない。
ならばと、追尾風弾を撃ち込んで水を弾けさせる。
つもりだったのだが、その水は意志を持っているかのように追尾風弾を包み込んだ。
その為、追尾風弾は威力を失っていき、魔法は意味のない物と化した。
「ガルゥア!」
「…………」
倒れている狼に声をかけるが、返事が返ってこない。
だがまだ息はあるようで、生きているという事がわかった。
この行動はオートの命令に反するものだが、狼たちはそれでもこの倒れている狼から離れようとはしなかった。
それが敗因になることも知らずに。
水は狼に接近すると、大きな口を開けた様に広がり、狼の顔を覆いつくす。
側にいた狼は勿論、倒れている狼にも同じことが起こっていった。
その水を何とか取ろうと暴れるが、一切離れない。
「ゴボボボボッ」
「ゴボルゥ……!」
走ったり、頭を振ったり、魔法をぶつけてみたりするが、何も起きない。
この中に水魔法を使う事の出来る狼はいない為、魔法で何とかするという事は出来なかった。
次第に息が苦しくなっていき、暴れ方が大雑把になっていく。
木に頭をぶつけたり、地面に擦り付けたりと様々だ。
「はははは~! これが一番毛皮を綺麗に回収できる方法なんだよね~。ま、水の塊をこんな風に使えるの、私くらいしかいなんだけどね! どう? すごいでしょう? ……聞いてないかぁ」
人間の前にいた狼たちは、既に全員が倒れて死んでいた。
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