3.27.結果


 暫く待っていると、オートが帰ってきた。

 見る限り怪我をしている様子もない。

 もっと言えば、毛並みも乱れていないようだった。


 俺はここに来た人間たちの匂いを嗅いでいたので、どれくらいの人数が来ているのかは大方見当がついていたのだが……。

 その数は千を越えていたと思う。

 しかし、オートたちは平然とした様子で帰ってきた。

 苦戦することなどなかったのだろう。


『オール、ベンツ、ガンマ。問題なかったか?』

『俺は最後に嚙まれたくらいで問題ないよ』

『俺も大丈夫』

『……』


 ベンツはもう喋る気力もない様だ。

 まぁ放っておくとしよう。


『そっちはどうだったの?』

『御覧の通りだ』


 そう言いながら、オートは俺たちの目の前に座る。

 聞くまでもない話なのではあるが、とりあえず聞いておきたかったのだ。

 それから、オートは先程会ったことをゆっくりと話してくれた。


 結果としては、こちらの被害はゼロであり、姿すらも見せていないといった、完璧な戦果。

 人間は全員殺してしまったようで、今はその処理に追われているのだという。


 しれっと人間殺しましたって顔してるけど……まぁ狼たちにとってはそれが普通だよな。

 人間が豚や牛を殺す感覚と同じなんだろうね。

 まぁ……ちょっと手を噛んでくる食料程度にしか見てないだろう。

 いや~でも俺はちょっとそう考えるのは難しいなぁ……。

 だって元人間だからね。

 流石に前線には出たくないな。


 死体はしっかりと燃やされているようで、疫病の心配などはなさそうだった。

 どうして狼たちが死体を燃やす知識があったのかはわからないが、大方、これはロードの知識だろう。

 人間並みの知性があるのだ。

 そういったことを知っていても、何ら不思議ではない。


『まぁ奴らは不味いがな』

『……昔食べさせようとしてなかったっけ……?』

『……』


 珍しくオートがそっぽを向いた。

 どうやらあの時のことを覚えていたようだ。

 俺はあれに酷く驚いたし、強く拒絶したため、覚えていたのだろう。


『で、噛まれたとは?』

『いや、あの子供たちのお父さんに俺嫌われてるんだよね……』

『何かしたのか?』

『子供たち眺めてただけなんだけどなぁ……』


 これは事実である。

 産まれてから三日くらいは、流石に母親の負担になるだろうと思って近寄らなかったが、それからは確かに必要に近づいていた気がするが……。

 それが問題だろうか。


『あのお父さん、兄さんの方が子供見よう見ようとしてるから、お母さんに見限られないか心配してたみたいだよ』

『え、あ、そうなの!?』

『番って、そんなことしないはずだけどね』


 うっそまじ?

 あのお父さんそんなこと考えてたの?


 そのことにも驚いたのだが、ガンマがそれを知っていたという事の方が驚いた。

 自分が思うままに生きているガンマに、そんな能力があるとは思っていなかったのだ。

 俺がそんな風に見ていると、何を思っていたのか気が付かれたのか、少し睨まれた。


『何?』

『いや、なんでもない』


 えーじゃあどうしようかな。

 やっぱり少し距離を取った方が良いのだろうか……。


『オール。恐らく敵はまた攻めてくる。次も子供たちを頼んだぞ』

『! 任せて!』


 そう言う事なら仕方ないですね!

 じゃあこれまで通りに、子供たちと絡むことにしましょうかねぇ!


 だがその前に、子供たちの方が既に俺に懐いているので、向こうから寄ってきてしまう。

 別に積極的に絡みに行く必要は、もうないのではあるが、ここは良いお兄さんを演じていきたい。

 今度は何か遊ぶ道具があるといいなと考える。

 主にベンツを見ながら。


 おもちゃがあれば、ベンツの負担もぐっと下がるだろう。

 毎日あの調子だと、流石に疲れてしまうし、碌に寝れない。

 もしも敵がこちらになだれ込んできた場合、疲れている状態でかかるのは問題だ。

 この辺は対策をしておきたい。


 食事担当はこの二日間ガンマが全部やってくれたので、ガンマには引き続きその仕事をして貰おうと思う。

 割とテキパキとやってくれていたし、ミンチを作れるのはガンマしかいない。

 片手で肉を一瞬でミンチにするのは、流石に引いたが……俺が考えた物なのでそんなことは言えなかった。


 オートが言うには、また次回があるという事なので、そう言った準備を何かしておくのがいいだろう。


『それとだが……西に縄張りを広げることにした』

『え? ああ、そういう事ね』

『なんでだ? 危険じゃないのか?』


 二匹が納得していることに疑問を持ち、首を傾げる。

 ガンマはわざわざ敵の来る方向に縄張りを広げれば、逃げにくくなるだろうと思っていたのだ。

 縄張りを広げるのであれば、逃げる場所を確保するために、反対側がいいと提案する。

 だが、俺とオートはその意見には反対だった。


『なんでぇ』

『えーと……ガンマ。俺たちは、逃げるために縄張りを広くするんじゃないんだ。守るために広くするんだよ』

『……?』

『あー、えっとね? 人間が来る方角はわかってる。だけど、その方角には縄張りが少ない。という事は、その周囲の地形に詳しい狼が居ないんだよ。人間たちと戦う為には、地形を覚えておいた方が戦いやすいんだ』

『……だから、地形を覚える為に、縄張りを敵が来る方角に広くするのか?』

『そゆこと』


 地の利という言葉がある。

 俺たち狼はどんな場所でも基本的には何不自由なく行動が出来るのだが、それはその周囲の地形を知っていて成せる業だ。

 行ったこともない場所で、すぐさま地形を利用して動けるようになるなんて言う仲間はいないだろう。


 地形を知っていれば、作戦を立てることもできるし、奇襲も容易い。

 退路も確保しておけば、言うことなしだ。


 俺が説明して、ようやくガンマも理解してくれたようだ。

 感心した様子で俺を見ている。

 しかし、先ほどガンマが提案した意見も大切なことだ。

 逃げれる場所は増やしておくに越したことは無い。


 だが、今回の戦いで、俺たちはその退路を使用してはいない。

 なので人間側には俺たちの本当の縄張りは見つかっていないのだ。

 見つかっていれば、移動する必要性があったが、そうでないのであれば、このままここでの防衛に当たればいい。


 それに、俺たちの縄張りは東に広い。

 敵は西からくるので、逃げるのであれば東になるだろうし、その縄張りに詳しい狼は既に沢山いる。

 退路に関しては心配ないだろう。

 そもそも、オートは使う予定はなさそうにしていたが。


『明日から縄張りを広くする為に見て回る。オールとベンツ。お前たちはその場所に罠を張りに行っていたのでよく知っているだろう。適当に案内してくれ』

『分かった』

『了解~……』

『……ベンツ、今日は寝てていいぞ』

『……』


 ベンツの尻尾がぺしゃっと倒れた。

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