3.11.Side-クルス-謁見
資料を持った僕とカムリとペクルスは、王と謁見する為に衛兵の道案内によって玉座へと向かっていた。
城の中は非常に広く、頻繁に出入りする者でなければ道は覚えれないのだ。
その為、衛兵の道案内はこれで三人目となる。
まだ玉座ではなく廊下だというのに、その豪華さには目を見張る物がある。
凝った彫刻に装飾、壁には絵画が飾られていたり、明らかに高級品であろうと思われる壺や甲冑などが置かれていた。
これも権力を示す物だとわかってはいるが、どうせならこれに使う費用を少しでも研究に回して欲しいと願わずにはいられない。
勿論心の中だけで留めてはいるが。
因みに、僕たちは服を着替えている。
流石に研究するときの服装のままでは、会うのに失礼だ。
今は煌びやかではあるが、落ち着いた色のローブを三人が羽織っている。
これが研究者が王に謁見するときの服装だ。
あまりこういった服は好きではない。
動きにくいったらありはしないのだ。
体もろくに動かさない僕たちは、それを着るだけでも重たく感じ、結構大変である。
すると、衛兵の足が止まった。
その前には大きな扉が佇んでおり、両脇には甲冑を着た衛兵が武器を持って警戒に当たっている。
目の前にある煌びやかな扉が、この先が玉座であるという事を教えてくれた。
「失礼いたします! 研究者クルス、及びカムリ、及びペクルスを連れてまいりました!」
「入れ」
「はっ!」
中からは初老の男性と思われる声が聞こえた。
僕たちを連れてきた衛兵は、両隣にいた衛兵が扉を開ける。
衛兵が中に入るのに従って、僕たちもそれに続く。
中は廊下よりも豪華な装飾で飾り付けられており、大理石と思われる石の柱が両脇に同じ数配置されていた。
そして、その大理石の前には何人もの衛兵が槍を持って立っている。
その全てが、王の護衛であるようだ。
この空間には何度行っても馴染めない。
そう思いながら、持っている資料をひしと抱えて歩いていく。
玉座には笑顔を絶やさぬ王が座しており、その隣には初老の男性が後ろで腕を組んで立っていた。
恐らく、あの男性が先程声を出したのだろう。
鋭い目つきでこちらを凝視している。
僕たちは一定の距離まで歩いた後、跪いて首を垂れる。
その後、決まっていた挨拶をした。
「テクシオ王国研究者、フェンリル・エンリルの研究をしておりますクルスでございます。この度は私どもの研究の成果を報告する為、謁見の機会を与えてくださり誠にありがとうございます。フェイアス・コーネグリフ王よ」
「うむ。よくぞまいった。面を上げよ。以前の魔素についての研究成果に、我は痛く感動した。お主たちには期待をしておるぞ。して、此度はどのような研究の成果を報告してくれるのだ? 楽しみで仕方がない」
フェイアス王はとても楽しそうに会話をしている。
王はまだ見ぬ道の探求について知ることが楽しいのだと、以前申されていた。
研究者である最低条件だが、それを王が持っている事で、僕たちの研究は遥かに早く進んでいると思う。
成果が出なければ費用は出さないという、他の国とは大違いだ。
長い目で僕たちを見てくださっている王には感謝しかない。
王のセリフをしっかりと聞いた後、首を上げて王と目を合わせる。
ここに来るまでに考えていた台詞を、もう一度頭の中で復唱し、それを口にして出す。
「はっ。今回は私が担当しております、フェンリルとエンリルについての研究成果でございます」
「なんと!!」
王が勢いよく立ち上がり、期待の籠った目で僕を見る。
食いついてくれたことに感謝し、本題に入ろうとしたのだが、それより先に王が話しかけてきた。
「フェンリル、エンリルと言えば……あの伝説の魔獣であるか! 発見したとの報告はつい先程聞いたばかりではあるが、それに合わせてその研究も進むとは! 今日はよき日であるな!」
その王の言葉に、僕たち三人は顔をしかめた。
やはり既に報告されていたのだ。
もう既に王は討伐隊編成を考えているに違いない。
発見したことを“よき日”と言っているあたり、おそらく王もエンリルの毛皮が欲しいのだろう。
だが……そうはさせない。
心苦しい限りではあるが、この事実を王に言わなければならなかった。
「では、成果を報告いたします」
「うむ! うむ! はようせよ!」
王はまた玉座に座り、前のめりになって僕の話を一語一句聞き逃さまいとしている。
ここまで関心を示してくれている人を見ると、やはり嬉しい物である。
「では……まず私は先日、東の森へと遠征をしに行きました。その時、エンリルを発見し、その土地にエンリルがいるという事実を発見したのです」
「うむうむ!」
「そこで、私は過去の文献をもとに、そのエンリルの役割……そしてエンリルが人間に対してどれだけ有益で重要な物かという事を、発見いたしました」
「役割……? 重要性? 何かあるのか?」
「はい」
すると、カムリが立ち上がって大きな地図を広げてくれた。
そこには、このテクシオ王国と、エンリルのいた森。
そして、以前にエンリル狩りが行われた森が映し出されていた。
過去にエンリルが居た場所は、ここからずっと北にある森だという事がわかっている。
「少々長くなりますが、聞いていただけると幸いです」
「うむ。聞かせてもらおう」
王の言葉を聞いてから、一度会釈して立ち上がり、まずはテクシオ王国の位置を示す。
「ここが、我らが住まう国、テクシオ王国。そして、ここから東に行ったこの森で、エンリルを発見いたしました。ですが、エンリルは数年前にも発見され、実際に討伐隊が編成されています。昔エンリルがいた場所は、ここからずっと北に行った……この森です」
説明と共に手で場所を説明していく。
最後に説明した森は、東の森よりは広大ではない物の、その木の密集度から誰も入ろうという物が居なかった森だ。
そして、その周辺にはいくつもの村や街が点在していた。
「過去にエンリルがいた森と、今いるエンリルの森と何か関係があるのか?」
「はい。その通りでございます。この話を一番早く説明するには、過去にエンリル討伐隊が組まれた時の話をする必要があります」
「よい。聞かせよ」
「はっ」
次にペクルスが立って資料を広げてくれた。
それは非常に小さい文字であり、おそらく王のいる場所からでは見えないだろう。
なので、口で説明をしていく。
「これは冒険者組合から預かった被害届書です。ここには魔物の被害があった場所について記載されています。そして……これが過去、エンリル討伐隊が組まれる前の記録です。因みに、これは北にある我が国が保有するチャムラ領の冒険者組合の物ですね」
チャムラ領はテクシオ王国が保有する領土である。
その領地は多くの人々に恵まれて、発展を遂げ続けていた。
この場所で、エンリル討伐がされたという事が記録に残っている。
その紙は随分昔の物なので、少し黄ばんではいるが、それでも使えないことは無いような物だ。
そしてその中に書かれている被害届の件数だが……。
スッカスカだった。
エンリル討伐隊が編成される前の過去二年の記録を見るが、どれもスカスカ。
要するに、魔物の被害がその二年間はほとんどなかったのだ。
そして、次に出したのがエンリル討伐が終了した半年後の記録。
それから先月分までの記録が今ここにある。
中を見てみれば、びっしりと被害届が隙間なく書かれていた。
一年に一枚や二枚といった数では収まらない。
最低でも十二枚は使用されている。
「見せてくれるか」
「仰せのままに」
ペクルスからその紙束をもらい受け、王に渡し行く。
だが、自ら手渡すという事はできない。
玉座の数歩手前で立ち止まり、そこからは王の隣にいた初老の男性が受け取る。
そしてようやく、王の手元に書類が届いた。
ファイアス王は、その資料を見比べる。
とは言っても、見比べる必要すらないほどの量だ。
エンリル討伐をする前の被害は全くない。
だが、エンリル討伐が終了した後、被害は膨大になっていった。
それが今の今まで続いているのだ。
「…………つまり……エンリルは……森の守護者であり、間引く存在」
「その通りでございます。こちらもご覧くださいませ」
「うむ」
そう言って、僕は懐からもう一つの書類を取り出す。
それを先ほどと同じように初老の男性に渡し、王へと手渡してもらう。
「それはこの国の冒険者組合の被害届でございます。三年前までは魔物による被害が多かったのですが……二年前より被害は極端に少なくなっております」
三年前の書類には、一年に十枚程の魔物による被害届が記録されていた。
だが、二年前からはそれが一枚で止まっている。
「おそらくですが、二年前より、あのエンリルは東の森に住み着いたものだと私は考えます」
「で、あるか……」
王はその書類を隣にいた初老の男性に渡した。
深く何かを考え込んでいるようではあったが、恐らく討伐隊をどうするかを考えているのだろう。
「私はエンリルと遭遇しましたが、姿を見ても襲ってはこず、逃げる私を追いかけもしませんでした。エンリルはこちらから手をださない限りは安全です。逆に、一度でも手を出してしまえば……人間は危険だと覚えられてしまいます」
「何故そう言い切れるのだ」
「長年、フェンリル・エンリルを追って来た勘……でございます」
「そうか」
「これが、私の研究報告でございます」
カムリは地図を閉じ、僕は初老の男性から渡した書類を返してもらった。
それをペクルスに私、また僕たちは跪く。
王は目を閉じてまだ何かを考えているようではあったが、すぐに目を開けた。
「大儀であった!」
「はっ!」
「我は道を踏み間違えるところであったようだ! 我が国を守ってくれているエンリルたちを殺すわけにはいかない! 討伐隊の話を撤回せよ! よいなゼバロス!」
「承知いたしました」
ゼバロスと呼ばれた初老の男性は、一足先にというように足早に玉座を後にした。
報告は終わった。
そして、説得にも成功した。
ほとんど一方的な会話ではあったが、王は理解してくれたようだ。
僕はそれが何よりも嬉しい。
これでエンリルたちを守ることが出来、尚且つ研究も進む。
だが、僕よりも感謝しているのはファイアス王の方だったようだ。
感無量と言ったように何度も頷き、最後にはこちらに歩いてきて僕の肩をガシっと掴む。
「クルス! お前たち研究者を我は誇りに思うぞ!」
「も、勿体なきお言葉! 私めはただ自分が研究をしたいものを研究しただけにございます」
「だがそれでも我はお前たちに道を正してもらえた! これを感謝せずにはいられぬ! お前たちがこの話をしなければ、我は討伐隊を編成し、自らの欲望の為にエンリルを殺してしまう所だった! 礼を言うぞお前たち! これからも励め! 全力で支えよう!」
僕たちは顔を見合わせて、笑顔でそれに応える。
「「「はっ!」」」
「うむ!」
何とかなった。
本当に理解のある王を持って、僕たちは幸せ者だと心の底から思ったほどだ。
これで……国も魔物の被害には悩まずに済むだろう。
本当によかった。
そう思いながら、僕たちは王と共に笑いあう。
だが……ことはそう上手くは運ばない。
「チッ」
一番初めに玉座から出た、ゼバロスが静かに舌打ちをした。
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