第8話 加賀美一尚・嘘じゃないけど

 加賀美さんは、大学時代にカラオケ店でアルバイトをしていた。


 通っていた大学の近くにある店なので、同じ大学の学生がよく来店する。その常連客の中に、伊東という男がいた。


 伊東は加賀美さんと同じゼミの同級生で、イケメンの上歌が上手い。明るくて人当たりがいいため、友人が多かった。


 ただし、女が絡むとクズ男になった。


 女癖がクズの伊東は、とっかえひっかえ別の女の子とカラオケにやってきては、個室でイチャイチャひっつきながら歌を歌い、そして再び夜の街に消えて行った。加賀美さんは時折歯ぎしりしながら、その後ろ姿を見送ったそうだ。




 ある金曜日の夜、加賀美さんが一人で受付に立っていると、伊東が案の定、初めて見る女の子を連れて現れた。


「2時間ね」


 そう言って個室に消えていったが、1時間ほどしてベタベタ引っ付きながら受付に戻ってきた。


「盛り上がっちゃったから場所変えるわ。ここ、防犯カメラあるだろ?」


 伊東はニヤつきながら言った。個室に防犯カメラがあるから、イチャイチャ以上のことができないということらしい。


「おー、あるぞ。俺も見てるぞ」


 加賀美さんは唾を吐くようにそう言ったが、伊東は悪びれもせずニヤニヤしていた。


 連日学業とバイトばかりで彼女もいない加賀美さんは、この態度にカチンときた。


 よし、こいつにいい話をしてやろうじゃないか。


「なぁ伊東、ちょっといいか」


 後ろで会計を待っている女の子に聞こえないように、加賀美さんは声を潜めた。


「なんだよ?」


「お前らのいた部屋の防犯カメラ見てたら、いつの間にか女の子が増えてたんだけど……あの子誰?」


 そう言うと、伊東は変な顔をした。


「はぁ? 俺ら2人だけだけど?」


「だよなぁ。あの女、妙に顔がボヤけてたもんな。お前らが歌ってても静か~に座ってるだけだし」


 加賀美さんが「霊感に定評がある男」だということは、伊東も知っている。女癖は救えないが根は素直な方なので、これだけで彼の顔色はみるみる悪くなった。


「へっ、変なこと言うなよ! じゃ、じゃ俺行くわ! お待たせ!」


 伊東はギクシャクと女の肩を抱いて、店を出ていった。加賀美さんはそれを見送りながら、内心「バーカバーカ」と叫んでいた。




 その後、少しして加賀美さんはカラオケ店のアルバイトを辞めた。


 だから伊東がその後も、懲りずにあのカラオケ店に通ってきたかどうか、彼は知らない。


「で、それって嘘だったんですか? 女の子が増えてたっていうの」


 僕が尋ねると、加賀美さんはあいまいにうなずいた。


「嘘じゃないよ。でも大事なとこをはしょっちゃった。ほんとは顔のぼやけた女が1人じゃなくて、4人ゾロゾロ一緒に個室に入って行ったんだよな。さすがにまずいよなぁ教えてやろうかなぁとか思ってたら、そいつらが一斉に防犯カメラを見たんだよ」


 薄めた水彩絵の具で描いたような顔が、画面越しに加賀美さんの方を向いたとき、それらに敵意のこもった視線を向けられているのが、直感的にわかったという。


 クソ野郎のために恨まれてはたまらない。そこで、「ちょっとだけ」教えてやることにした。


 幸い、その後加賀美さんには何事もない。


 伊東の女遊びは、それからしばらく鳴りを潜めていたらしい。しかし半年ほど経った頃からゼミに来なくなり、噂で退学したと聞いた。それからの消息はわからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る