第32話

「俺が……なんだって?」

「あなたの最初の質問の三つ目。私に何をしたか」


 俺が何をしたか――聞かなければ


「教えてくれ。俺はお前に何をしたんだ? そうしたって、夢を見せたとでもいうのか?」

「そうよ」

 少しきつい口調で彼女がすぐに答えた。

「あなたは金曜日と土曜日の夜にここに来て、私に夢を見せたのよ」

「うそだろ……そんなことが……そんなこと俺にできるわけがない」

「用意は周到だったわ」

 彼女は立ち上がり台所へ行き、湯を沸かし始めた。

「一緒に飲もうって、お酒を手にやってきたわ。家に来たのは驚いたけど、中川君だからまあいいかと思って上がってもらったの」

 こんな時なのに、少し複雑な気分になる。

「まあいいかって……」

 目が合って、お互い少し笑った。

「飲んでいるうちにすごく眠たくなって。そのあとはよく覚えてないわ」

「おっ、俺は何も……」

「分かってるわよ」

 今度は声を出して笑った。

「覚えているのは――夢だけだった」

「夢……」

「そう。夢のはじまりは、姉がお腹を刺されて川に浮かんでる情景だったわ」

 ――ゾクッとした。


 その夢は――俺の……


 シュッシュッと音を立てて湯が沸く。

 火を止めながら、「姪たちが駆け寄ってきてね、私がそれをとめるの」と、独り言のように彼女がつぶやく。

「それは……」

 言いながら気がついた。

「そうか……それでお前は俺に――」

 俺の言葉を無視して、彼女は熱いコーヒーを手に戻ってきた。

「その次は友達だったわ。彼女は車ごと川に落ちて死んだの」

「…………」

「彼女は、私が姉を亡くして落ち込んでるだろうからって気を遣ってくれて、食事に行く約束をしていた日の朝に死んだわ。降り続いた雨が上がった暖かい日だった」

 俺はどうしても聞きたいことがあった。

「……俺が見た、決められた夢というのはお前が決めたのか?」

「ええ、そうよ。私が見せられた夢の、もう一つの物語としてね」

 言いながら彼女は顔を伏せた。

「……あなたのせいでこんなに悲しい夢を見たと分かった私の心は、あなたへの憎しみでいっぱいになった」

「だから、俺に……」

「たとえ夢の中でも、私の大切な人たちを死なせてしまったのはあなたなんだと思い知らせるために、私は夢のシナリオを作ったわ」

 顔を上げた彼女の目に涙が溜まっている。

「それも、あなたが次の日に会う予定にしている人の順番を、私が見せられた夢の順に決めて、一日一人ずつ」

 彼女の頬を涙が伝う。

 泣いているところを見るのはこれで二回目だ。

「でも、私もあなたの夢の中で私の大切な人たちを殺してしまったのよね」

「玲……」

「あなたがそうだと知っていれば、こんなやり方しなかった。でも、もう決められた夢は止まらなかったの」

「俺が……そう?」

 彼女は涙を手の甲で拭って、はっきりと言った。

「中川君、気付いてる? 自分の力に。そして、あなたの中にもう一人の自分がいることに」



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