アザレアのヒメごと

向日葵椎

アザレア

 色とりどりの飴玉に囲まれているみたいだ。陽光で輝く草花に囲まれた空間、レンガの床、中央のベンチ。

 ベンチに寝転がって空を見てみる。なめらかな青い空を雲が流れていく。


 昼休みは誰もここへ来ない。気にしなくていい。学園の敷地は広大で高差もあって、ここは少し登ったところにある。庭は広く道も入り組んでいるため、初等部の子がよく迷ってしまうほど。昨日も一人、寮に戻るのが遅いと心配された子が庭で迷っているところを見つけられた。大泣きだったから大体の場所はすぐにわかったらしい。探しに出た同室の中等部の子、私の友達に聞いた。


 学園では入学してから庭の一部の手入れを卒業まで任されるのだけど、行ったことがない場所を残したまま卒業してしまうことがほとんど。ちなみにここは、私の担当。私の秘密の場所と言っていいほど誰も来ない。


 おや。そよそよした風に乗って、不規則に枝葉が揺れる音、擦れる音がする。右側の金木犀が茂っている方からだ。寝転がったまま顔を向けてじっと様子を見ると、緑の壁が揺れだす。

 そして、女の子が顔を出した。


 色白い肌のその子は、目を丸くしてしばらく私を見たあと、その表情を固めたまま大粒の涙をぽろぽろと流し始める。

 どうやら迷ってしまったらしい。きっと初等部の子だろう。しかしそこから出てくるとは。


「どうしたの。おいで」


 体を起こして手招きする。その子は涙をこぼしながら、とぼとぼと歩いてきた。

 目の前までやってくる。口と手をぎゅっと結んで少しでも泣くのを堪えようとしているのがわかる。

 両手をとって、親指で手の甲を撫でると、徐々に開く。そっと裏返して手のひらを見ると細かな傷がいくつかあった。どんな道の外れ方をしたんだろう。涙に覆われた瞳を見つめる。


「頑張ったね」


 その子はついにわんわんと泣いてしまった。隣に座らせ、肩をさする。涙がスカートを濡らしていたのでハンカチを渡すと顔をそれで覆った。ここまで泣いてしまっては涙が鼻からも流れるだろうし、見せたくないのかもしれない。

 制服越しでも肩が細いのがわかる。冒険をしていたわけではなさそうだ。


 そよそよ風が吹いて、あたりの草花を揺らす。花の香りがする。この香りは、そこのアザレアだろうか。最近植えた赤と白のアザレアが揺れている。

 つい眺めてしまっていると、いつのまにか嗚咽も風に溶けてしまったようで、この子も落ち着いてきた。


「きみ、名前は?」

「……アザレア、です」まだ肩を少しひくつかせながら、アザレアは教えてくれた。

「ようこそアザレア。私はイベリス。ここは私が手入れをしてるんだ。よかったらだけど、見ていってくれたら嬉しいな」


 アザレアはハンカチから目だけを覗かせてこちらを見た。目の周りがほんのり赤く染まっている。


「場所のせいでお客さんはほとんど来ないんだけれど、手入れはちゃんとしてるんだ」


 こくりと頷くと、アザレアはゆっくり周囲を見渡した。ちゃんと誰かに見てもらうのは久しぶりのことだ。


「きれいです……あ」ハンカチを見つめる「あの、ちょっとだけお時間ください」


 アザレアは通路のところまで小走りで行ってから、曲がって見えなくなった。少ししてから戻ってくる。もう顔をハンカチで覆っていないので、涙に濡れた顔を拭いてきたのだと思う。


「えっと、これ、ありがとうございます。ハンカチは洗ってお返しします」

「うん。またここにおいでよ。昼休みはよくここにいるから。道は一緒に帰りながら教えてあげるね」


 アザレアは折りたたんだハンカチで顔を隠すと、頷いて返事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る