第34話


 目覚めた2日後、俺はリンカ様が過ごしているという部屋に案内された。リンカ様は長い間眠っていたこともあり、体を起こすのもつらいらしい。だが、本人の希望もあり、目覚めているときに会わせてもらえることになったのだ。


「リンカ様、スーベルハーニ様をお連れしました」


「入ってもらって」


 鈴を転がすような声。それは先日聞いたものとは似ても似つかない。それだけで回復していることが分かった。


 扉を開けてらもって中に入ると、窓際のソファの上にリンカ様がいた。たくさんのクッションを背に置くことで何とか上半身を上げているようだ。相変わらず美しいその顔は、先日見た時よりも顔色がよくなっているようだ。


「このような格好で申し訳ございません。

 初めまして、リンカと申します」


「あ、初めまして。

 スーベルハーニ・アナベルクと申します」


「どうぞ、お掛けになってくださいな」


 変に緊張してカクカクとなりながら、何とか席に着く。そこにすぐにお茶がおかれる。そして、2人きりにされてしまった。


「私を、助けていただいたようですね。

 神殿の皆から、……シャリラントからも話を聞きました。

 どうやら多大な迷惑をおかけしてしまったようです」


「いいえ。

 私は私の意思でシャリラントに力を貸しました。

 こうしてお話できるまで回復されたようで安心いたしました」


「ええ、ありがとうございます」


 にこりとほほ笑んだリンカ様。この笑顔は大勢が堕ちるだろ……。


「いつの間にか、世界は大きく進んでいたのですね。

 なんだか不思議な感覚です」


「ええ、そうでしょうね」


 目覚めたら何年も経ってたらそりゃ戸惑うよな。もう知っている人はシャリラントくらいだろうし。


「……目覚めたところで一体私に何ができるのでしょうね。

 あの大暴走を止めることができなかった私に」


 視線を落とし、小さく言うリンカ様に何ともいえない気持ちになる。この方は一体どれほどのものを背負い、どれほど後悔しているのだろうか。


「あなたが目覚めた、そのこと自体がどれほど喜ばしいでしょう。

 皇国のものとしても、少々心の荷が下りた心地です」


 あなたの迷惑を考えてはいなかった。その言葉を口にすることはできなかった。


「そう、そういえばあなたはアナベルクの皇子、でしたか?

 ずいぶんと印象が変わりましたね」


「つい先日、アナベルクにもいろいろとあったのです。

 変わったのですよ」


 とはいえ、長い年月があって変わったのはようやく最近だけれど。もちろんそんなことは知らないリンカ様はそうですか、と一つうなずいた。……ちょっと気まずい。一体何を話せばいいのか、お互い探っている状態だ。どうしようか、と思っていると、部屋にシャリラントが現れた。


「リンカ、ハール」


「まあ、シャリラント。

 どうしたの?」


「お二人が会っていると聞いて、まいりました。

 改めて、ハール。

 ありがとうございます。

 あなたのおかげで、こうしてリンカを助け出すことができました。

 私の心残りが……後悔が浄化しました」


「シャリラント……。

 いいや、俺としてもリンカ様を助けられて本当に良かったよ」

 

 これで少しでも皇国を認める声が大きくなればいい、そんな打算がなかったわけではないから。


「シャリラントはこの後どうするんだ?

 リンカ様と共に?」


 もともとの主はリンカ様だったのだ。その可能性も十分あるだろう、そう思って口にするといいえ、と首を横に振られた。


「今の私の主はあなただといったでしょう、ハール。

 リンカのことも大切ですが、ね」


「ええ、その方がいいわ。

 私がシャリラントの主だったのは過去の話なのだから。

 こうしてもう一度自由な体をいただいたのです、生まれ変わった心地で生きてみるのもいいと思っていますの」


 もちろんシャリラントのことは大切だけれど、と付け加える。なんだろ、ここに俺いる? とか思わなくもないけれど、俺としてもシャリラントが一緒にいてくれるなら心強い。どうやら2人とも納得しているようだし。


 そのあとはもう少し自然な形でリンカ様と雑談を楽しむ。そうしていると時間はあっという間に過ぎていった。その話の中で俺が始まりのダンジョンを「攻略」したことで、島全体がざわついている、というものがあった。そのざわつきは予想以上の反響を呼んでおり、中にはこのまま俺をこの島にとどめるべきだ、という声すら上がっているという。


 だから、はやくこの島から出ていった方がいいかもしれない。その言葉でこの話は締めくくられた。……俺としても、もうこの島に用はない。それならば早々に島を出ていく方がいいかもしれない。


 リンカ様との会話を終えると、俺は早速ユベリナに頼んで教皇猊下と話せる場を設けてもらうこととなった。


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「改めて、礼を。

 大聖女リンカ様を助けていただき、感謝いたします」


「い、いえ、そんな。

 俺はシャリラントのためにしたことなので……」


「ですが、それが長い間神島の皆に影を落としていた事件を解決してくださった。

 きっとこれで本当の意味で皇国と神島は歩み寄れる」


「それならよかったです」


 まあ、シャリラントのためにやったことで皇国にもいい効果を及ぼすのならよかったよな。そう思いながら、俺は本題を切り出すことにした。


「ああ、我々も危惧していたのです。

 あなたの出発が妨害されてしまうことを」


 教皇猊下にリンカ様から聞いたこと話すと、すぐにそう返ってきた。そして、この島でやることを終えたのであれば、国に帰ることもいいのではないか、とあっさりと賛同してくれた。


「あなたと神島の結びつきは強固なものとなった。

 それは国に帰られてからも変わることはないでしょう」


 それと、と教皇猊下は続ける。


「あなたが国に帰る際に、共に連れて行ってもらいたい人がいるのです」


「共に?」


「ええ。

 帰国の際にお伝えします」

 

 それ以上言う気はない、というようににこりと笑う教皇猊下。一体だれを? 疑問は解消されないまま、俺は皇国へ帰る支度を整えた。

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