第9話



 さて急に出ていけ、と言われてから早二日。今日は俺が孤児院から出ていく日だ。なんでー、と小さい子たちが残念がってくれるの嬉しいかもしれない。


「あの、ごめんなさい、ハール。

 強く生きてね……」


 ぎゅっと手を握ってごめんなさい、と言ってくれるのはシスター。本当に急だったからな。そして、ミーヤは正式に神島に行くことが決まって、ミーヤも慌ただしく支度をしていた。まあ、もう少しここに留まるみたいだけれど。

 

「ハール、元気でね。 

 絶対にまた会おう?」


「うん。

 ミーヤも元気で」


 別れを惜しんだ後、最後は司教だ。


「君の旅路に幸多いことを祈っています。 

 そしていつか神島に来てくれることを楽しみにしています」


「あの、どうして俺はここを出ていくべきだと?

 しかもこんなに急になんて」


 初めはもしかして自分がここに害を及ぼすから、出て行った方がいいと言われたのではないかと思っていた。でも、こうして見送りそして声をかけてくれたということ、考えていたこととは少し違うのだろう。


「その方が、君のためになるだろうと思ったからですよ。

 そして、今日ここを出ていったならばきっと良き出会いに恵まれるだろうと。

 道は君の思うままに進んでいくのが一番です」


「……司教ってそういう見透かす能力、みたいなのを持っているんですか?」


「ああ、私は確かに預言者の力を持っていますが、司教全員がそうであるわけではありませんよ」


 預言者? そんな人もいるのか。さあ、そろそろ出なさい、と背を押される。この人によるとこのままいくと出会いがあるらしい。今までも皇国を出てからは特に、出会いに助けられて生きてきた。だから、これからもきっとそうなのだろう。

 

 孤児院を出なくてはいけない、と言われたときは少なからずショックだったけれど、今は少し楽しみになってきた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ハール、ハール!

 あなた一人になったのならば、これからは私が姿を現していても問題ありませんね」


 言われたまま思うままに進むことしばらく。俺が一人という状況に、シャリラントが姿を現す。前から自由に出入りしたいって言っていたものね。でも、まだ駄目。


「司教の話によると、この後出会いがあるらしい。 

 だから、まだだめだ」


 俺の言葉にむすっとするシャリラント。こうしてみているとあまりすごい存在だと思えないな。幼子みたい。


「何か失礼なことを考えていませんか?

 それではいつになったら私は自由に姿を現せるのですか?」


「そうだな……。

 ダンジョンに挑戦した後、かな?

 そこで剣を見つけたことにして、シャリラントが初対面として姿を現すのが一番だと思う」


「では早くダンジョンに行きましょう!」


「そういうわけにもいかないんだけれど……。

 そうだ、しばらくこの剣の形を変えられたりしないか?

 さすがにこのまま持っているのは目立つし」


 不満げに空中を一回転するシャリラント。そんな顔をされても困るんだけれど。そして無言で剣をとると、姿を消した。え、結局剣の形変えられるの?


 シャリラント? と問いかけると、不意に剣が淡く光った。そして、短剣くらいの長さになる。あ、本当に剣の形変えられるんだ。


「全く、神剣に姿を変えろなんて言うのはハールくらいですよ」


「え、っと、シャリラント?

 その姿はいったい?」


 え、なんで再度姿を現したと思ったら小さくなっているんだ? かわいい。


「本体の形を変えたので、こちらも変えたまでです。

 これでハールは私に一つ借りができましたね?」


 本体……。そうか、忘れがちだけれどシャリラントの本体はこの剣なのか。そして貸しって。ものすごく嫌な予感するんだけれど。


「代わりに何をしてほしいって?」


「さすがハール!

 話が早いですね。

 私がまた元の姿に戻った時、あなたの本当の名前を教えてください。

 きちんとこれまで通りハールと呼びますので」


「ばれてたか」


 本当の名前ね。もうほとんど捨てたようなものだし、この名を呼んでほしいと思う人もいなくなってしまった。唯一あげるとしたらリヒトか。……今何をしているんだろう、リヒト。


「わかった、いいよ」


「では、約束です」


 それだけ言うとシャリラントはまた姿を消す。本当に自由な奴だよね。



 さて、気ままに歩き始めてしばらくたった。もう日は落ち始めている。が!

 誰もそれっぽい人がいないんですけど!? いや、まあうん。確かに今日とは言っていなかった。けれど、今まで本当に何も考えずに歩いていたせいで、どこに泊まるかも決まっていない。お金もったいないし野宿しちゃおうか。


 所持金はそんなに多くない。これは、孤児院に入った当初持っていたものをそのまま持ってきたのだ。孤児院では特に孤児からお金をもらったりはしないからね。というか、大人に見放された子なのにお金を持っているはずないからね。俺がイレギュラーなのだ。


 とはいえ、今後どれくらいお金が必要な場面があるかわからない。なるべく使いたくないよな。うーん、どうしよう。


 悩みながらもひとまず歩を進めていく。考え事をしていたのがいけないのだろう。足が何かを軽く蹴る感覚がする。何を蹴ってしまったのか、と足元を見るとそこにいたのは……人?


「え、ちょ、大丈夫ですか!?」


 やばいやばい、人を蹴っちゃった。え、でも初めから地面に転がっていたってことだよね? 気づかずに蹴っちゃったってことは。


 こ、この場合どうしたらいいんだろう。無理に揺すっちゃだめだよね。頭揺らしたらまずいかもだし。えっと、えーっと!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る