第7話



 孤児院ではごくたまに外に買い出しに行く。俺がサランと出会ったのもこのタイミングだった。今日の当番は俺。買い物の荷物、一度にかなりの量を買い込むからそれなりに重くなるのだ。いい運動になる。さて、用事も済んだことだし急いで帰らないとな。


 あれ、あの方この辺りでは絶対に見かけない格好している。ものすごく目立っている。あ、なんか周りからお前が聞けよ、みたいな空気感じる。うーん、これは仕方ないよね。


「あの、こんにちは。

 どこへ行かれるのですか?」


 ゆっくりと振り返る。きっとご高齢の方なのだろうと思ったのだが、全然若い。勘違いをして少しだけ申し訳ない。


「ああ、この辺りに孤児院があると聞きまして。

 そちらに向かうところだったのです」


 ……孤児院? この辺りの孤児院って俺が暮らしているところくらいだよな。つまり、そこに行きたいと?


「あの、案内しましょうか? 

 おそらく俺が暮らしているところだと思いますので」


「おや、それは助かります。

 ぜひお願いいたします」


 孤児院に暮らしているといえばもちろん孤児。人によってはそれだけで見下してくるのだ。でもこの方は嫌そうな顔一つせずにほほ笑む。まあ、孤児院に行こうとしているような人だから、それでもおかしくないのかもしれないけれど。

 


 特に会話もなく歩くこと数分。無事に孤児院に到着しました。途中雑談でもできたらまだ気楽だったのに、この方しゃべらない。そしてこちらをじっと見つめてくるものだから、居心地が悪いことこの上ない。無事に孤児院に着いたときは安心してしまった。


「ここです」


「ああ、ありがとうございます」


 どうしよう、シスターを呼んでくればいいかな、それとも連れてくればいい? えっと、と悩んでいる間に訪問者はすたすたと進んでいく。え、なんでこんなに構造が分かり切っている様子で歩いているの?


 どうしよう、と戸惑いながらもひとまず後ろをついていく。これでやばい人だったらすぐに俺がどうにかしないといけないよな。結果として俺が連れてきたのだし。そんなことを考えながら後ろをついていくと、ぴったりシスターの部屋の前で立ち止まった。本当に知っているんだ。


 そして俺のことなど気にせずにシスターの部屋の扉をノックする。誰ですか? と問いかけるシスターにその人はベベグリアです、と名乗る。次の瞬間には勢いよく扉が開いた。


「べ、ベベグリア司教……。

 なぜこちらに?」


「久しぶりですね、アンナ。

 君が元気そうで何よりです。

 近くまで来たのでこちらに寄ることにしたのです。

 君が以前手紙で話していた子のことも気になりまして」


「あ、お久しぶり、です。

 ベベグリア司教もお変わりないようで、何よりです。

 ああ、とにかく中へ。

 よくこちらがお分かりになりましたね」


「ああ、それはこちらまで案内してくれたものがいたのです」


 司教!? と驚いているうちに話はどんどん進んでいく。そしてこちらをくるりと振り返るとありがとう、と再度礼を言われた。


「ハールが案内してくださったのですね。

 ありがとう」


 まあ、帰る途中のついでだったから手間でもない。そんなに礼を言われると少しだけ居心地がわるい。よし、早く部屋に戻ろう。ひとまずいえ、とだけ答えてさっさとその場を去りました。


 それにしても司教か。驚いておいてなんだけれど、実はあまり宗教の階級について詳しくない。でも、上の方だった気がする。うん。シスターもかなり驚いていたしね。ここはまだどうしてかわかっていないのだが、帝国はなぜかあまり宗教について触れなかった。だからリヒトに習った中にも宗教に関するものはなかったのだ。司教が偉いはず、というのも前世の記憶によるものだ。聞いてみるのが一番だけれど、誰に? という話だ。まさか本人に聞くわけにもいかない。


 なんだか少し悶々とした気分で夕食の席に着く。ここでは一緒に食事をとることになっているのだ。そして今日はシスターの隣に例の男性が座っている。


「ねえ、シスター。

 この人だあれ?」


「みんなに紹介しますね。

 この方はベベグリア様。

 司教の方です」


 しきょう? と首をかしげる子多数。よし、よくやった。そのまま話を聞きだしてくれ。さすがにこの年になって聞くのはつらい。


「教会では頂点に立つお方を教皇、そして枢機卿、大司教と続くのです。

 そして大司教の次が司教ですね」


「司教となれる方は決して多くはないのですよ。

 本当に数えるほどです」

 

「シスターよりもえらい?」


「偉い、という言い方は適していませんね。

 皆神のもとには差などないのだから」


 ふむ。まあ確かに差はないだろう。詳しくは知らないけれど、何となくあの神にとっては人間という時点でその細かい部分では大差なさそうだ。たまたまかもしれない、深い意味はないかもしれない。でも、この人が平等という言葉を使わなかったことに好感を覚えた。


 小さい子たちはきっとわかっていないだろうけれど、もう興味なさそうにそっかー、と返事をしてもう食事に夢中になっている。まあ、子供の集中力なんてそんなものか。


「ハール、ミーヤ。

 食事が終わったら私の部屋に来てください」


 おや、呼び出されてしまった。なぜかミーヤと一緒に。何も悪いことはしていないよな、と一瞬どきっとするのはサランのせいだ。初めの時はこれが正しいといいながらずいぶんとでたらめなことを教えられたせいで、シスターによく怒られていたから。


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