第2話



 あのまま、なんやかんやで孤児院で過ごすことに。基本的に院外の人と接点がない、ということとやはり子供が一人でいるというのはそれだけで目立つということがあり、決心したのだ。


 商団では多くの客を相手にするので、もしかしたら察する人がいるかもしれないという想いからここにいてはいけないと思っていたのだ。でも、ここならきっといないはず。ここまで来たのはそのためでもあるし。


 そして、ばれないだろうという最大の理由がある。それは自分の髪色のことだ。大きな特徴であった母上譲りの黒髪、それが気が付いたら真っ白になってしまっていたのだ。白、というよりも銀に見えるけれど。


 そういう理由で孤児院にとどまること、早5年。いつの間にか俺は15歳になっていた。この孤児院は16歳には出ていくことになっている。後1年で、一人で生活できるようにならなくてはいけないということだ。


ただ、詳しくは知らないけれど、放任というわけではないみたい。みんなに姉ちゃん、兄ちゃんと呼ばれてきた人たちは孤児院を出ていくと二度と戻ってこない。だから聞くことができないのだ。


 そして、明後日は一つ年上の人たちが16歳になる日。みんなが出て行ってしまうので、俺たちの年齢が一番年上になる。わかっていたことではあるが、正直気が重くって。それに、ここを出ていったみんなはどこに行くんだろう。それが不思議だし、ずっと嫌な予感がしている。


「兄ちゃん、姉ちゃん、ずっとここにいてよ~」


「それは難しいかな」


「むー」


 今日は送迎会のようなものだ。なぜか2日前にやるのが恒例である。ここの子たちはみんな仲がいいから、こうして別れを惜しまれているのだ。俺は、どうなんだろう。もちろんみんなのことは好きだ。でも、大切かはわからない。ずっと心には母上と兄上がいるから、一番大切にはならないのだ。だから、どこか傍観してしまう。


「あ、ハール。

 この後少しいいか?」


「え、うん、いいけど」


「じゃあ、俺の部屋に」


 びっくりした。今日一の主役と言っても過言ではないサランが話しかけてくるとは思わなかった。それにしてもこの後って?


 このサランという青年。実は俺をこの孤児院に連れてきてくれた人だ。あの時はお使いの帰りとかで、本当にたまたま孤児院の外に出ていたみたい。そんな奇跡的なタイミングで出会った一人でいる男の子に、つい声をかけてしまったらしい。



「やあ、来たか」


「来たけど……、いいのか?

 今日の主役がこんなところで俺といて」


「ああ、それも毎回の恒例だからな」


 これも? そういえば、俺は毎回早々に切り上げちゃうからみんながどのタイミングで終わらせているのか、そしてそのあとどうしているかは知らないな。


「まあ、ここに座れよ。

 飲むといい」


「飲むといい、って。 

 俺もサランもまだ未成年じゃないか」


「まだって言ってももう明後日には16歳だよ。

 いいんだ、今日は。

 シスターも目をつむることになっている」


 うーん、それはいいのか? と思うがほら、と勧められると弱い。サランには感謝もしているし。それにきっと、今日以外こんな風に飲める日は二度とこないのだろう。


「じゃあ、もらうよ」


「くくっ、堅物のハールをやっと崩せた。

 いや、堅物というよりも何にも興味がない、といった方が正しいのかもしれないが」


 何にも興味がない。それはきっと間違いではない。けれど見抜かれているとは思わなかった。ほら、と勧められた酒を一口飲む。前世では一応成人していたから飲んだことはある。けれど日本でのんでいたものよりも格段にまずい。ぬるいし、苦いし、飲み口が不愉快。


「そんな顔すんなよ。

 貴重な酒だぞ?」


「おいしくない」


 うえっ、という顔をすると、苦笑される。前世でも別に酒が好きなわけではなかったのだ。それよりもまずいものを飲めばこんな顔にもなる。


「それにしてもサランももう16か……」


「なにじじくさいこと言ってる。

 お前ももう15だろうが」


「15、そうだね、もう15だ」


 もうあと一年で兄上の歳に届いてしまう。もともと感じていたけれど、最近は特に思う。兄上がどれほど頼もしかったか、と。今でも肌身離さず持っている剣に手を伸ばす。いまだにこれに変化はない。というよりも変化を起こすであろうことをしていない。でも、きっとそろそろ覚悟を決めるべきなのだろう。


「それ、いつも身に着けているな」


 くいっと顎で示す先は先ほど触れた剣。そりゃ知っているよな。ここではお互いに不干渉な面がある。それにひどく助けられているが、まあ気づくか否かは別問題だ。


「あに、兄さんの形見、だから」


「へー……」


 ごくり、と酒を飲む音が響く。サランはそれ以上何も聞いてこなかった。


「俺たちのほとんどはさ、ハールみたいに個人の持ち物なんて持ってないやつばかりだ。

 この部屋のものだって、俺が出ていったら全部ハール、お前のものだ」


「え、そうなのか?」


 何それ、今知った。ぽかん、とする俺にサランはうなずく。ここでは最年長は基本的に個人部屋を与えられている。同い年なんてそんなに多くないから。その下は状況によりけり。俺はもう個人部屋だから、きっと後一年もそこで過ごすと思っていたんだけれど。


「だから、残せるものなんて記憶、思い出、そんなあいまいなものだけなんだ。

 でも、できるだけ残したい、できるだけ覚えていてほしい、俺という人間が確かにいたことを。

 だから、こうやって一番覚えていてほしいやつと一緒に酒を飲むんだ」


 そんなのまるで、死んでしまうみたいじゃないか……。なんで、そんな言い方をするんだ。そうやって後にだけ残していなくなってしまうやつ、嫌いだ。だけど、ずっとしていた嫌な予感ってやつがあっていたと確信になっていった。


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