ある日不思議な指輪を拾ったら大変なことになった件
杉の木
第1話
僕がこの指輪を拾ったのは激しい雨の日のことだ。
その日学校からの帰り道を、僕は傘も持たず、キズだらけでずぶ濡れになりながら歩いていた。
6月も、もう折り返し地点を過ぎ、日差しはだんだんその勢いを増している。
とくにここ数日の太陽はまるで大地とその上にいる人間に挑みかかるようで、アスファルトの照り返しで目を開けるのにも苦労するような有り様だった。
だからこそ僕は、梅雨もすっかり明けたかと思って油断していのだ。
朝、家を出たときは空には雲ひとつなく、お日さまニコニコといった具合だった天気は、2限目の水泳の時には空気に湿り気を含みはじめ、お昼をすぎたころには灰色の雲が空一面を覆ってしまった。
そして校門を出る頃には、まるで空から滝でも落ちて来たかのようなどしゃ降り。
天気予報ぐらい見ておくんだった。
僕ははじめ、できるだけ濡れないよう走っていた。
だけど大粒の雨は容赦なく制服の内側までぐっしょり濡らし、靴の中まで浸入した。
下着や靴下までぐっしょりしてきた段階で、無駄な努力は止めることにした。
焼け石に水だ。
どうせ全部濡れるなら歩いて帰ろう。
叩きつける雨粒が、顔にできたばかりの青アザにしみて痛んだ。
このケガはついさっき、クラスメイトの佐藤に殴られてできたものだ。
佐藤はまあ、いわゆる不良という人種だ。
タバコ、喧嘩、カツアゲ、集団で公道を暴走。
おおよそ不良がする不良らしいことは、
彼も経験済みだ。
彼がカツアゲをする時は、後輩や気の弱い同級生を体育倉庫の裏に呼び出す。
そして彼の数人の不良仲間ととり囲み、凄んだり、必要なら殴ったりして金を要求するのだ。
屈辱的なことに、その日僕は彼らのターゲットになってしまった。
昼休み。校舎の屋上。生徒が所々で集まって輪になり、談笑しながら弁当を食べていた。
僕がそんな様子を横目に、隅の方で1人、黙々と弁当を食べていると、クラスメイトの沙織に話しかけられた。
大事な話があるから放課後、2人きりで会いたいと。
待ち合わせ場所である体育倉庫まで行くと、佐藤とその仲間がニヤニヤしながら待ち構えていた。
「マジで来たんだ。告白だと思った?あり得ないでしよ。ウケるんだけど」
沙織が佐藤に腕を絡めながら言った。
確かに、ピンク色の期待に胸が踊らなかったと言えば嘘になる。
だからと言ってこれはあんまりだった。
「良雄、ちょっと金貸してくんねえ?」
佐藤は僕の胸ぐらを掴み、ゴリラによく似た顔を鼻息がかかるぐらい近づけて言った。
拒否すればもちろん殴られる。
そんなことは分かりきったことだったが、僕は虚勢を張って彼の要求をつっぱねた。
下心を利用されたという耐え難い恥を返上したかったのかもしれない。
佐藤にしなだれかかっている沙織を見返したかったのかもしれない。
「そっそんなもの持ってない」
その時の僕は最悪にみっともなかったと思う。
精一杯強がってはいたが声がかすれて裏返っていたし、脚は骨のないタコみたいに覚束なかった。
「カッコつけてんじゃねえよ」
佐藤のパンチはめちゃくちゃ痛かった。
あいつはガタイもゴリラなみにデカいうえに、空手の有段者というから本当にタチが悪い。
ボスが僕の頬を張れば、群れの連中もボスの真似をして順番に僕を小突く。
地面に転がって頭を庇うことしか出来なかった。
沙織が「ねえ、かわいそ~」と言って笑った。
まあそんなわけで僕は、自宅への帰り道をうなだれて歩いていたのである。
だからこれは怪我の功名というべきかもしれない。
地面ばかりに目を向けていた僕は、側溝の中にキラリと光るものがあるのを見つけた。
それが冒頭で述べた指輪だ。
指輪と言っても宝石のはめられたような高そうなのではなく、ハンドメイドの、たぶん1つ500円ぐらいで路上で売られるような安っぽいものだ。
石座の上には男だか女だか分からない銀色の顔が鎮座していて、目をカッと見開き唇を真一文字にギュッと閉じているのは僕を睨みつけているようで不気味だった。
僕はその指輪を学生服のポケットにしまった。
どうしてそうしようと思ったのか、自分の気持ちを上手く説明できない。
カツアゲで一文無しになった直後だったから「こんなものでも拾えば財産だ」とでも思ったのかもしれない。
ただ指輪についた顔と目を合わせていると不気味な抗いがたい力で、心が引き込まれるような感じがして、そうしなければいけないと強く思ってしまったのだ。
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