四章 道化と軍師、そして狼 その9

 数時間後、獣の区のとある村で起こったことである。

「刺ー火巣!」

「え? グワアア、燃える斬れる痛え!」

 括正は摩擦で熱を宿した刀をバルナバの背中に見事直撃させた。バルナバは対処できずに少しだけ吹っ飛んでしまった。うつ伏せに倒れたバルナバに対して括正は容赦はない。

(致命傷は与えたがまだだ。とどめ、とどめ、とどめ、まずい下がれ!)

 うつ伏せの状態で起き上がったバルナバは即座に括正の方を向きながら爪で引っ掻こうとしたが、悪い予感をしてた括正は後転して見事回避した。バルナバは括正を真顔で睨みつけた。

 しばらくの沈黙が流れる中、村の出入り口の茂みに幸灯が隠れていた。金貨をばら撒くために入ろうとしてた村だが、彼女からしたら斜め上の番狂わせである。

(あれは災狼のバルナバ! そして括正⁉︎ だめです括正、戦ってはいけません! そう叫びたいけど怖くて動けない! ど、どうすれば?)

 そうこう幸灯が考えていると、バルナバが口を開いた。

「後ろからの大技での不意打ち。そこからの容赦ない追い撃ち。からの攻撃を予想しての引き下がり、か。」

 こう言った後にバルナバは満面の笑みを浮かべた。

「くぅー、いいね、いいね。抜かりがないね〜。……ただ唯一の問題があるとすれば、敵が俺だったということだ。」

 バルナバはそう言うと両手を後ろに巻き上げて喋った。

「あんたの言いたいこと、俺ならわかる。この俺様が何者かを知りてえんだよな?」

「知ってるよ、災狼のバルナバだろ?」

 括正は淡々と答えた。

「それを求めるはあんたの本能。俺様はバルナバ。誰よりも自由のありかを求める者!」

 構わず喋るバルナバに括正はさらに言葉を放った。

「そして僕は浦島太郎。」

「いや嘘つけ。刀持ってるし、どう見たって漁師と無縁そうなんだけどあんた。ってか俺の無視を無視するな。」

 バルナバのツッコミに括正はキョトンとした。

「え、てっきり海外じゃそういうの流行っていると思ったから国際的に合わせようと思ったんだ。ごめん。」

「え、まさかの気遣い? いやねえよ無視無視文化。俺も交流少ないからそんなこと知らん。……なんだその同情の目は?」

 バルナバは括正の表情の意味を不思議に思った。

「かわいそうに。あんた友達少ないんだな。」

「……少ないというかいないんだよな。っておい! 何勝ち誇った顔してるんだこの野郎。」

 括正は友達が少ないのであって、いないバルナバに勝ったような優越感に浸った。その後すぐに、今までバルナバに集中していた視界がその村の様子を眼中に入れられたため、真面目な表情に戻ってしまった。家はみな壊れ果て、焼け野原になりつつあった。

「これを全部あんたが?」

「ああ。」

 バルナバはそう答えると、追跡した際に訪れたいくつもの全滅した町や村を思い出した。

「ここらへんの住宅地もあんたが襲ったのか?」

「ああ。」

 バルナバはそう答えると、括正は一滴の涙を流した。

「なぜこんなことをしたんだ?」

「そうだな……爆発を見たり、人が怯えるのを見たり、人を殺したり。全部合わせて楽しいから。」

 このバルナバの答えの後、括正の目にあるものが入ってしまった。赤ん坊の死体だ。

「許さん。処刑してやる。」

 そう言うと括正はバルナバに急接近した。

(黒鎌一閃!)

 括正は居合斬りをかましたがバルナバはあっさりとかわした。

(クソッ、人狼め! あっさりかわしやがって!)

(人間のガキにしては殺傷能力の高い技を出しやがる。俺でも生身じゃ何撃か喰らったら冥界入りかもな。)

 バルナバはそう思っていると、括正はさらに何度も刀を振り回した。

「まだ! ツアー! タァー! 終わりだ! クワー!」

 また冷静にかわすバルナバは括正の突きを喰らった部分に塗り薬を塗って、括正が疲れて攻撃を一旦休めるのを見計らい、距離を置いた。

「ヒュー、ヒュー! いいね、いいね〜。その純粋な殺意。そしてそれを具現化するような斬撃。痺れるな〜。」

 賞賛するバルナバに括正は嫌気が差した。

「黙れクズ野郎! 赤ちゃんを楽しいからって殺すような奴に何を言われても嬉しくないわ!」

 括正の怒りの言葉にバルナバはつい笑ってしまった。

「イヒヒヒヒヒ、あははは! よく言うぜ〜。自分だって人を何人も殺したような目をしてるのによ〜。」

 このバルナバの言葉に括正は動揺を隠せずにいられなかった。

(クソ! 人狼の体質かよ。気にしてること言いやがって。)

「あははは! 道理で刀に異質な力が込められているわけだ。そういやあんた……そうか、処刑人か。ビンゴ〜?」

 バルナバは見事当ててしまった。それに括正は反論を試みた。

「ぼ、僕は法に背いた者やお上に背いた者を殺したんだ。戦争だって国のために、自分を守るために斬ったんだ。正当防衛だ。お前のような不純な動機を持つ者と一緒にするなー!」

「ご丁寧な反論、感服、感服。」

 バルナバは少しだけ拍手をしたがすぐに辞めた。

「だが理由はどこまでいっても理由よ。お前は人を殺したという時点では俺と変わらないのさ。」

 括正はこの言葉に言い返すことはできなかった。

「それによ〜。」

 バルナバの言葉の猛撃は止まらなかった。

「お前は殺すこと、殺意などの負の感情を誰かに向けることによって快感を感じたことがないと言い切れるのか?」

 括正は黙って何も言い返せなかった。救いようのない悪党を斬ったことは何度もあった人斬り奉行。ざまあみろ、そう思ったことはもちろんあったのだ。

「ぼ、僕は…。」

 気がついたらバルナバは括正の近くまで来て拳を高く上げていた。

(まずい…!)

「堕ちろ!」

 バルナバは勢いよく狼の拳を振り落とした。括正は防ぐ間もなく頭に直撃して、地面にヒビができるレベルで叩きつけられてしまった。そのまま括正は気絶してしまった。

「ん? ちょっと硬かったな。」

 不思議に思ったバルナバは、うつ伏せになって気絶した括正のターバンを少しめくった後に角に気づき伏せてあげた。

「ケッ、自分の存在を誇れねえ奴に俺が負けるわけねえだろ。」

 バルナバはそう言うとのんびりとその村を立ち去って行った。

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