三章 侍道化の珍冒険 その6

「ふわぁ〜。なんということでしょう。なんとか出られました〜。」

 幸灯はそう言うと小舟が辿った道を振り返った。

「追いかけられる心配も無さそうで一安心ですね、括正。……括正?」

 幸灯とは反対に括正はウロウロしていた。見渡す限り海で、島がない。どこにいるのかわからないのだ。括正は絶望的な状況に思わずしょうもない独り言を放った。

「生まれ変わるならイルカがいいな。」

「急にどうしたのですか⁉︎……アレ? 括正、東武国が見えませんよ。」

 括正は幸灯の質問にこう答えた。

「僕たちの心の故郷は天にあるんだよ。」

「いや、そんなことよりここどこですか? もしかして…うう、迷子ですか?」

 幸灯の次の質問に括正はこう答えた。

「僕たちは常に人生という名の迷宮を彷徨っているんだよ。」

「それは……ちょっとかっこいいですね。じゃないんですよ! ああ、一体どうすれば?」

「僕と君は明らかに危機感を感じるタイミングが見事にずれているね。ちくしょう東武国の教育では必要ないと判断されて、航海学なんて学ばないからな〜。」

 括正と幸灯はしばらく腕を組んで考えていると、突然小舟の横にある生き物が水から顔を飛び出してきた。

「海の中から〜こんにちは〜!」

 括正と幸灯は声の方へ顔を向けると海の中から少女の顔が飛び出していた。

「ふわぁ〜。綺麗な青い瞳にツヤツヤした金色の髪。こんにちは。」

 幸灯はフレンドリーに答えた。人魚に会うのは2回目であり、初めての時はいい経験ではなかったが、彼女に警戒心はなかった。

「お褒めのお言葉ありがとう。あなたも服はボロボロなのに素敵な顔立ちよ。そっちのお兄さんもす、て、き!」

「どうもありがとう。」

 人魚に褒められて両手をほっぺにつけた幸灯と違って、括正はお礼を言ったが、下で上の唇を舐める人魚に違和感を感じていた。

(少し怪しいな……白か黒か…。)

「お二人一緒に遊びましょう。海の中で踊りましょう。」

 人魚は二人を巧みに誘っては、腕を伸ばした。幸灯は一瞬心をときめかせたが、我に戻った。

「せっかくお誘いしてくれたのに申し訳ありません。私達実は…」

 突然括正が人魚が見えないように靴を幸灯の脚に軽く当てた。幸灯は人魚の方から括正の方を向くと、括正が相槌で僕が話すと言いたそうなので、口を黙らせた。括正は人魚の方へ向いてフレンドリーに接した。

「えええ、海での舞踏会? とっても楽しそうじゃないか? 鉄喰いザメの方々は来るの?」

「え?……うんうん。来るわよ。」

 少し間のあった人魚の答え方に括正は確信を持った。

(やっぱりか! さて……。)

「なんと! それはとても楽しそうだね。是非参加したいな〜。」

 括正はそう言うと自分のお金をを入れた袋に指を入れて、わざとジャリジャリと音を立てた。

「せめてものお礼として陸の宝を君にプレゼントしたい。先に渡したいから、近くに来てくれない?」

「えええ? 本当? 嬉しい。」

 人魚はまんまと上半身が見えるくらいまで姿を見せて、小舟にさらに近づいた。括正は一瞬の隙を狙い、力づくで人魚の首の周りを腕で小舟の上に引き寄せた。

「キャッ!」

 最初は驚いだが人魚だったか、隠し持っていた鋭い歯を見せてきた。

「シャアア! 噛み付いてや…」

「動くなぁ!」

 括正の力強い恐喝に人魚は驚いてしまった。

「これ以上暴れたら首をいただくぞ。」

 括正は人魚の背中を自分の方に向けた状態で人魚を取り押さえて、彼女の首の近くに自分の刀の刃を向けた。この間、括正の突拍子もない行動にポカンとしていた幸灯は、我に帰り括正に問い詰めた。

「こ、コラー。何をするのです括正? 女の子に対していきなり…」

「幸灯ちゃん、お願い。ちょっと黙って聞いててね。」

 括正はすぐさま幸灯に沈黙を求めると、人魚に話しかけた。

「君はもう本性を現した。君は僕達を海に引きずり下ろし食べるつもりだった。違うか? 返答次第では殺すよ。」

 人魚は渋々答えた。

「ええ、そうよ。陸の生き物を食べてみたかったのよ。悪い?」

「悪くは無いさ。弱肉強食の世界だ。恨みはないさ。ただあんたの“若さ”に気づいた僕と巡り合ったのが運の尽きということだけだよ。まあ僕達としてはあんたに出会えてラッキーだけどね。」

 人魚は括正の発言に図星疑問を抱い彼の考えが図星だったことに驚いた。

「わ、若さ? どうして私が覚醒前の人魚だってわかったの?」

「へへ、あんた言葉と行動が隙だらけなんだよ。」

 括正は淡々と説明した。

「まずあんた、いきなり出てきたよな? 観察力を怠る初歩的なミスだ。さらにあんたは最初踊りっと言っていたのに僕が舞踏会って言った時に否定しなかった。おまけに踊る知性がない鉄喰いザメも来るって言った。僕達がすんなりいうことを聞くようになんでもはいって言うのはあまり賢くない。その時点で僕は賭けに出た。」

 括正は振りほどこうとする人魚の行動を封じるために持っていた縄で彼女の両手を前で縛りながら話を続けた。

「僕は怪人についてある程度詳しいから、人魚が鍛えれば下半身を陸で歩ける脚に変化できることは知っている。そしてそれができる者は腕力も通常の人間の何倍かは上がることも知っている。逆に言えば、それがまだできない人魚の腕力は普通と対して変わんないということだね。僕が陸の宝って言った時点でのあんたの反応は陸へ上がってことのない者の反応と僕は見たから、逆に近くまで誘ってまんまとあんたは引っかかった。案の定船に上げてもあんたの下半身は変化しないから、あんたが強くないことは確信できた。あんたの大きさからして僕と同じくらいだから、いや少し小さいかな? 海の中じゃなきゃ僕でも抑えられる。わかったかな?」

 人魚は悔しそうに黙り込むと同じく静かにしていた幸灯が声を出した。

「括正って……一見ものすごく頭悪そうなのに、意外と考えることもあるんですね。」

「幸灯は敵を作りやすいのか味方を作りやすいのかわからない性格してるよね。」

「えへへ、ありがとうございます。」

 幸灯はお礼を言うと、括正は呆れて返した。

「いや、褒めてはないんだよね〜。幸灯確か所持品に鉄の鎖持ってなかった?」

 括正の質問に幸灯はありますよ、と答えると括正は出してちょうだいとお願いをした。幸灯は鎖を出すと括正は人魚の首の周りを縛るように指示した。幸灯は恐る恐る縛り終えると括正は鎖を持ったまま人魚に質問した。

「正直に答えなさい。東武国がどの方角にあるか知ってるかい?」

「し、知っている。」

「ほお、正直でよろしい。」

「は? あっさり信じるわけ?」

 人魚は若干苛立ち気味で言うと、括正は澄ました顔で言った。

「東武国は島国だ。その島国の一帯には同じくらいかそれ以下の面積の島はないんだ。君は船乗りを狩るライバルが少ない場所を敢えて選んだ。違うかな?」

 人魚は図星だったので、また黙り込んだ。括正は続けて喋った。

「君にやって欲しいことは簡単だ。この小舟の後ろに君の下半身だけを出して海に入れてもらう。東武国まで尾びれをバタバタさせてもらう。君には鎖をつけたし、もう片手でいつでも君を殺せる準備をする。つまり君は逃げられないし、逆らおうものならその前に命を盗られる立場なんだ。その代わり、無事着いたら逃がしてやる。これは信じなくていいけど、僕は約束する。わかったかい?」

「……わかった。」

 契約が成立すると括正は説明した通りの態勢にした。

「飛斬、黒豹の咎!」

「キャッ!」

 括正は技を言い放つと黒い飛斬を人魚に当たらないように海に向かって放った。技は下斜めに深海へと飛ばされた。

「今のは脅しだよ。さあ働いてもらうね。幸灯は前を向いていて。」

「あ、はい。了解です。」

 幸灯は前を向き、括正は刀の刃と鉄の鎖で人魚を抑え、人魚はバタバタ尾びれを動かすと、小舟はものすごいスピードで東武国目指して進んだ。


・・・

・・・


「はあ、はあ……あのデカゴリ! 全体重で私を殺しかけやがって……。」

 深海にてなんとかシーコングの体重による窒息死を回避できたルシアは疲れながら深海をゆっくり泳いでいた。

「ふふ、……だけどこれ以上嫌なことがあるわけ、何か聴こえる? ……う…」

 上を向こうとした時、もう既に遅かった。括正が先ほど放って飛斬、黒豹の咎がルシアを直撃。ちょうど人魚に取っての人間と魚の間の部分を削り斬って、ルシアの体は横に真っ二つになってしまった。

「いやあああ!」

 ルシアは想像を絶する痛みで叫んだ後、意識を失ってしまった。


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