二章 怪盗獅子騙しと二人の魔女 その3

「ってな訳でさ〜嬢ちゃん、俺様の女になる気になんな〜い?」

 幸灯たちがお昼を食べているのと同時期に、魚の区のある城下町で、血だらけの括正を蹴った聖騎士が団子屋の娘を口説いていた。迷惑なこのナンパ男に娘は困っていたが、丁寧にお断りしていた。

「申し訳ありません、私には幼なじみの許嫁がいるので…」

「おいおい、聖騎士の俺様を選ばんの? 頭大丈夫かーい? 聖騎士はスーパーヒーローの上に年収が高いんだぜぇ〜。おまけに神の名のもとに悪と戦うんだ。このステータスの塊のような俺より幼なじみを選ぶのか?」

 聖騎士の質問に団子屋の娘ははい。と返事すると聖騎士はズコォっと言いながら倒れるとすぐに起き上がり、無理矢理娘の手首を掴んだ。

「カチカチ、カッチーン! もう決めたぜ〜嬢ちゃん。俺は君を力づくでももらっていくぜ〜。」

「きゃっ、誰か助けて!」

 団子屋の娘は助けを求めたが、見ていた者や騒ぎで集まった者はいても助ける者はいなかった。しかし、小声で話す町人たちもいた。

「おい、お前行ってこいよ。お前あそこの常連じゃん。」

「冗談じゃねえ。俺たちみたいな普通の町人が勝てる相手じゃねえ。それに国際問題になる。お前こそ行ってこいよ。俺週三だけどお前週四であの団子屋行くから絶対俺より常連じゃん!」

「俺は聖騎士様が好きだからやだ。考えたらあの娘もあんな玉の輿に乗っかってむしろラッキーだ。聖騎士が間違ったことするなんてありえねえ。」

 職権濫用とはまさにこのこと、町の者は指を咥えて見ているしかない。聖騎士は調子に乗り、己の理屈を団子屋の前に集まる民衆に語りかけた。

「お前らまさか助けねえよなぁ? 俺様間違ったこと言ってねえよな? わざわざ俺様海を越えて、平和のために戦いに来たんだぜ? トロフィーくらいもらってもいいよな? 所詮お前らもこの国も無力で無能で上の奴らに逆らえないただの、グワッ!」

「あ、足が滑った。」

 突然、聖騎士の中段へのカカトでの横蹴りを何者がした。黒いフードに黒いワンピースを着ていて、金色の巻貝が一つあるネックレスを首につけたその人物はちょうど団子屋から出てきたところだった。娘と引き離され、何メートルかぶっ飛ばされた聖騎士は状況をうまく理解できないまま起き上がった。

「だ、誰だ⁉︎ てんめえは⁉︎」

 聖騎士は黒いフードの人物に指を指し、問い掛けた。その人物は落ち着いて言った。

「善とか悪とか知らないけど…」

 その人物はフードを取った。銀色の長い髪を生やしたある程度長身で青い瞳の女性だった。

「こういうのだけは、ほっとけない。」

 この女性は聖騎士を全く恐れていなかったのだが、そのことを気づいていたのか聖騎士は怒りを燃やしていた。

「人の質問無視するなよ! おめえみたいなきっつううい感じの気の強そうな女にはお仕置きが必要だ。喰らええ! わたたたしゅあしゅあしゅあファー!」

 そう叫びながら聖騎士は女性に向けて連続で飛斬を飛ばした。普通の人間が成すすべなく死ぬレベルである。しかし、女性は悪女の笑みを浮かべると、胸下の巻貝を片手で前に出すとまるで飛斬たちが貝殻の中に吸い込まれるように消えていった。聖騎士は慌てるしかなかった。

「チクショー! ならこれで倒れてちょんまげ。」

 聖騎士はそれを言うと、銃を取り出して、連続で女性の眉間を狙い撃ちした。少女はこれに当たると、地面に背を向けて倒れていった。少しの沈黙が流れてから、勝利を実感した聖騎士は高笑いを始めた。

「ア、ヒャヒャヒャ! やったぜ俺様! ざまみろ! やっぱり俺は神に愛されて…」

「いったぁぁー。何すんのよ?」

 変な踊りをし始めていた聖騎士はふと前を向くと、あぐらをかきながら銃弾を手でおでこから取り除いていた女性がいた。起き上がった女性に踊っていた聖騎士は勢いよく彼女に接近しながら剣を振り落とした。

「うぉぉぉ、ジャスティィィィィィす…」

「うっさい!」

 なんとその女性は拳で聖騎士の剣をごなごなにしてしまった。持ち手だけが残った武器に驚愕し悲鳴を上げた聖騎士の胸ぐらをその女性は片手で掴みながら、ささやいた。

「人間ごときが神々の血を引く私に勝てる訳ないじゃない。」

 聖騎士はようやくその女性の正体に気づいた。

「銀色の髪にその金色の貝殻……貴様は世界中の海で男を誘惑しては海に引きずり込んで、命のエキスを奪う海の魔女、ルシア。」

「あらあら、お兄さん。威勢だけの雑魚のくせに勉強だけはしてるようね。正解よ。」

 ルシアは聖騎士を褒めると、団子屋の町娘が割り込んでお礼をしてきた。

「あの、海の魔女さん、ありがとうございます。」

「そうだぜ、よく倒してくれた。」

「ありがとう。」

「感謝、感謝。」

 お礼と共に拍手が民衆から湧いて出た。長い間この町に滞在しつつ、偽物の正義を振りかざしていた聖騎士にみな嫌気がさしていたのだ。ルシアは大きく息を吸って、人々に一喝した。

「黙れ! 呪うぞ! 」

 集まった人々はみんな黙った。次にルシアは団子屋の娘を睨みつけた。

「お前のためにやったんじゃない。」

 次にルシアは片手で聖騎士の首を掴み持ち上げた。団子屋の娘はルシアの腕力に驚愕すると同時に勇気を出して質問した。

「な、何を?」

「あら、おかしな質問ね。あなたも、お前らも…」

 ルシアは最初娘と目を合わせてから、周りの人々と目を合わせながら話した。

「こいつの苦しむ姿見たくて、立ち止まって鑑賞していたんじゃないの?」

 するとルシアは笑顔で聖騎士の腹を殴り続けた。何度も何度も聖騎士は悲鳴と血反吐を出し続けた。殴られながら放ち続けられるルシアの言葉が、彼をさらに傷つけた。

「ねぇ〜。 今どんな気持ち? 自慢の技も効かなくて、一方的に女の子に殴られ続けられているってどぉ〜んな気持ちぃ? ちなみに私はお前を殴っている側だから最高の気分だよ!」

 ルシアは一旦殴るのを辞めて、周りを睨みつけた。

「やり過ぎ、って思う人もいるんじゃないかしら? でもね、この子を助けずに何も考えを行動に移さず、私の行動に少しでも喜びを感じたお前らもこいつ、そして私と同罪だからな。覚えときなさい。……あら?」

 ルシアは地面を見ると、団子屋の娘が土下座しているのを目にした。

「何のつもり?」

「海の魔女さん、申し訳ありません。私もあなたが聖騎士のお方に暴力を振るっていた時、ザマアミロって思っていたとこもありました。私もあなたや彼と同罪です。ですが、いえ、ですからどうかもう暴力はやめてください。」

 ルシアは聖騎士を片手で持ったまま、土下座している娘に近づいた。

「私の楽しみを邪魔するつもり?」

 ルシアは思いっきり娘の頭を踏み潰した。一瞬そういう風に見えたが実際は娘の横を狙って地面を踏んだので、娘は冷や汗をかいたが無傷だった。既に意識を失った聖騎士を下ろして、魔法で手錠をかけた。

「ここでの弱い者イジメ…飽きたわ。役人にでもこいつを引き渡していなさい。」

 そう言うと、海の魔女はその場を立ち去った。こうして魚の区のこの町の人々の記憶の中で海の魔女の恐ろしさは焼きついた。町を出たルシアは密かに思った。

(チッ、おかげであの町にいづらくなったわね。だけどあの町の城にあるのよ! 私の求めるお宝が。力づくでやったらすぐに私だとバレて、あの城の侍たちの連携に敗れるわ。私は戦士ではないから多勢に無勢な状況は避けたいわね。……何かいい手はないかしら?)


・・・

・・・

「まあ、幸灯ちゃんったらすごく美味しそうに食べるのね。魔法でどんどん美味しいものを出したくなるわ。」

 白いマットの上に腰を下ろし食べている幸灯に清子は思わず言った。

「だってとっても美味しいんですもの? こういう魔法で食べ物を出すのってパパッと自動的に出せるもの何ですか?」

 興味津々に疑問を訊く幸灯に、清子は丁寧に答えた。

「ええ、もちろんよ。って言いたところだけど、こういった料理はちゃんと魔法なしで一から作った上でちゃんと作り方を記憶してることがポイントね。だからこそお料理はメモは必須!」

 清子はそう言うと付箋だらけの分厚いメモ帳を取り出した。清子は話を先程話していた事柄に戻した。

「それにしても幸灯ちゃんはとっても素敵な大きな夢を持っているのね。」

 そう清子が称賛すると、彼女の方を向いていた幸灯は恥ずかしくて横を向いて言った。

「ええ、ですけどちょっとアホらしいし、幻想的で笑えますよね?」

 自分にあまり自信がない幸灯の手の甲を、清子は自分の手のひらで包みながら励ましの言葉を彼女に与えた。

「そんなことないわ。あなたはその例のマダムから受け取ったものをあなたなりに考えて活かそうとして考えた結果ですもの。確かにその夢はとても大きくて笑う人はたくさんいると思うけど、私は絶対に笑わないわ。」

「清子さん……ありがとうございます。私頑張ります。」

 幸灯は素直に言うと、清子は目を輝かせながら言った。

「そう、そうよ! 頑張ること、努力することはすごく大切よ! 努力、友情、勝利。これは鉄則ね。壁がでかく見えたら、心が怯えているも同然。だからこそ頑張るの。」

 勢いよく話したため清子は一旦息を大きく吸ってから、ある提案をした。

「そうだわ、幸灯ちゃん。私が国に帰るまでの間、女王になるために必要なことを教育してあげるわ。どうかしら?」

 幸灯はここまでサポートしてくれる友人が出来て笑顔を浮かべ続けた。

「ええ、いいんですか⁉︎ 何から何までありがとうございます。私頑張ります。」

 清子は笑顔で幸灯のやる気を褒めてから空に向かって叫んだ。

「素晴らしい熱意だわ。じゃあ早速始めましょうか? 私たちの旅は始まったばかりよ!」

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