二章 怪盗獅子騙しと二人の魔女 その2

 舞台は東武国のある海辺に変わる。ある調査隊の隊長が部下たちの前で愚痴をこぼしていた。

「情けねえったらありゃしねえぜ。この国の各区の役人と来たら、コソ泥一人捕まえられんのか?」

「役人隊長の一人であるあなたが言えた立場では…」

「やかましい!」

 余計なことを言った部下へ、その侍は恫喝した。部下は恐怖で上司の言葉を固まって聞くしかなかった。

「貴様は黙って俺の出世のコマになればいいんだ。そしたら俺は“あの人”の側で権力を振るうことができらぁ。ああ、あの男こそ世界の王になるべく生まれた、超クールガイ。だが何故だこの国の政治や情勢がポンコツのせいで“あの人”は出世出来ねえ。この国は世界から見たらな〜。」

 そう言いながら侍隊長は生意気な部下を睨みつけ、刀を抜きながら平刺突きの構えをした。

「実質最下位やないかい!」

 野心家の侍は部下の心臓を刀で刺してしまった。

「グハッ!」

 刺された本人は瞬殺され、息を引き取ってしまった。しかしここで終わるほどこの調査隊の隊長は甘くはなかった。

「滅却!」

 狂矢はそう叫ぶと、男の体に電流が流れ、段々と灰になって海の方へと飛んでいった。

「俺の上る階段に必要ない奴は消す、それだけだ。貴様らもああなりたくなかったら、さっさと結果を探し出せ。」

 しばらくすると、調査員の一人が何かを見つけた。

「火雷隊長、何か見つかりました。」

「そっか。よし見せろ。」

 呼ばれた剛の区の侍、火雷 狂矢は調査員に持ってくるように命令した。大層な公家のような服を着こなした骨の死体だった。

「先日行方不明になっていた公家の輝本 ガイ助の死体と確認できます。」

「なんでそいつだってわかる?」

「これです。」

 部下に輝本らしき首飾りを見せられた狂矢はため息をついた。

「これで8個目かよ〜。……仕方ねえか。者共、調査は終わりだ。このエリアを東武国の第8の危険区域にする!」

 部下達は撤収の準備を進めると、狂矢はまた舌打ちをした。

「チッ、てっきり獅子騙しの手掛かりを掴めると思ったのによぉ、跳んだ的外れだぜ。」

 すると突然黒の動きやすい服の男が、彼の後ろに現れたが、狂矢は極めて冷静だった。彼に仕える忍者、株霧である。

「どうした株霧?」

 株霧は狂矢の耳に情報を囁いた。狂矢は不敵な笑みを浮かべた。

「キャキャ、そうか〜。そいつは都合がいい。実に都合がいい…。」

・・・

・・・

 舞台は時が少し過ぎて、美の区の森の道に移り変わる。幸灯はスプーンを片手に、歩きながら、自分に話しかけていた。

「国のあらゆるところにお金を隠すのは難儀ですが、かなり効率的ですね。しかし、誰も行かなさそうな場所でうまく隠したつもりなのですが、他の誰かが見つけてしまっては心配ですね。……あら私ったらもしかして現在進行形で独り言を? なんてお恥ずかしい……しかし、こういった癖を持っているのは私だけではないは…」

「うわあああああああああん、うわあああ、いやああああ、うわああん!」

 突然森中に響いたような泣き声に、幸灯は思わず両手で口を塞ぎ、しゃがみこんだ。

(何ですか⁉︎ この女の子らしく力強い悲鳴は?)

 幸灯はそう思いながら、声と反対方面へ小走りした。しかし半分目を閉じていたため不意に笠を被りながら歩いていた役人にぶつかってしまう。

「あ…」

「グハッ!」

 お互いがぶつかった衝撃を受けたが、幸灯の方が軽かったため、役人はその場で横に転んだだけだったが、彼女は後ろにぶっ飛ばされた。幸灯は痛いのを我慢しつつ、即座に立ち上がると、その侍の紋章に気づいた。

(あれは…役人!逃げなくては!)

 幸灯は慌てて小走りした跡を戻って行った。一方で役人はゆっくり起き上がる。

「イチチ、誰じゃあ⁉︎ この狂矢様にぶつかったのはよう、よ、ようよう! って誰もいねええええ!」

 狂矢は辺りを見回しながら叫ぶと、笠を取って強く握った。

「ったくよぉ〜ここで誰かとぶつかったせいで遅れたらよぉ。役人の調査隊長の中でさ〜」

 狂矢は笠を勢いよく、地面に軽くヒビが入るくらいの強さで叩きつけた。

「実質最下位やないかい!」

 一方で全速力で走った幸灯は、気がついたら声の主の後ろ姿を視界に入れていた。幸灯は後ろから見ていたため顔は見えずに水色の髪だけが見えた。西洋の紺色の上着とスカートを着こなしており、うわあああん、とまだ大泣きしていた。幸灯は最初近づこうとしたが、近くの薄紫色のリボンが巻かれた紺色のトンガリ帽子に気がつくと、慌てて茂みに隠れてしまった。

(あれは、魔女! どうしましょう? 捕まったら最後、八つ裂きにされて、シチューの具材にされてしまいます! そんなの絶対いやだ! )

 幸灯はしばらく隠れているままにした。やがて、魔女は大泣きをやめて、今まで向いていた方向とは反対に体操座りで泣いていた。幸灯はそぉーっと覗くと、魔女の顔が自分と年の差が無さそうな女の子の顔であったことに気づいた。

(なんて悲しそうな眼をしているの?……私にできることはないのかしら?)

 幸灯は静かに深呼吸をすると、決意を固めて荷物の中から、泥棒をしている時の猫のお面を取り出した。

(食べられちゃかもしれませんが、ほっとくこともできません。ならば答えは一つです。)

 幸灯は猫のお面を顔に被せた。

(怪盗獅子騙しとして彼女を元気づけます!)

 幸灯は勇気を振り絞ってトウ! と叫びながら、泣いている魔女の前に現れて、ポーズや踊りを繰り返しながら歌い出した。

「ししししし〜♪ たたたたた〜♪ ドドドドドーンドーン〜♪ こんにちは〜♪私は怪盗獅子騙し〜♪ 無敵で素敵な獅子騙し〜♪ 強きを騙して、弱きを助けるスーパースター〜♪ 泣いているそこのお嬢さん〜♪悩みを私がきい…」

体幹ベクトル破壊クランチ!」

「キャッ!」

 歌の途中で魔女は魔法の杖を取り出して幸灯に向けて呪文を唱えると、幸灯は仰向けに転ばされていた。

(まずいです!シチューにされます。)

 幸灯がそう考えている間に魔女は起き上がり、幸灯のおなかを右足で踏みつけていた。

「オエッ!」

「あなたを消し炭にできるのよ。今すぐに。」

 魔女は幸灯の首元に杖を向けた。杖の先っちょには火花がバチバチ発生していた。幸灯は思わず、お面を取って訴えた。

「ヒィィ、ごめんなさい! 怪しい者ではありません! あ、泥棒って充分怪しいですね? じゃなかった! あの、そのあなたが泣いていて、元気が無さそうだったから、私あなたの力になりたくて!」

 魔女はそれを聞くと、自分が少女一人に八つ当たりしてることに気づき、小さな声で呟いた。

「自分がどんな状態においても、他人に優しく。そうしないとお父様に笑われちゃうわ。」

 幸灯はよく聞こえなかったので、素直に質問した。

「今なんか言いました?」

「なんでもないわ。独り言よ。」

 魔女はそう言うと、足を幸灯の腹からどけて杖をしまって、幸灯に手を差し伸べた。

「ごめんなさいね。私はあなたがふざけて、私をからかっていたと思ったから、ついカッとなってしまったわ。」

 幸灯はその手を借りて起き上がると、優しそうに言った。

「いえいえ、私こそあまり人と話さないので、つい変なアプローチをしてしまいました。だけどあなたの力になりたかったってことは信じてください。」

 幸灯と身長が同じくらいのその魔女は微笑み返したが、急に彼女から見て右の方向に視線を向けた。

「ここは危険ね。」

 魔女は草の上に置いたトンガリ帽子を両手で被ると一拍手を細長いホウキを取り出して、自分の股の間に挟んで幸灯の方に向いて誘った。

「じきに役人が何人か来るわ。あなた、怪盗よね? 役人と鉢合わせは嫌なんじゃない? 後ろ乗っていいわよ。」

 そう言いながら、魔女は手で空いているホウキの後ろを示した。幸灯は目をキラキラ輝かせた。

「え? え? え! いいんですか? 私なんかお乗りしても?」

「ええ、あなたともう少しお話したいし。私は大歓迎よ。」

 魔女はそう言いながら微笑むと、幸灯はやったーって叫ぶと魔女の後ろにちょこんと脚を横に座った。しっかり掴まってね、と魔女が注意したので幸灯は左手を彼女の腰に廻した。魔女は優しく幸灯に問いかけました。

「ちょっと怖かったりする?」

「少しだけ。」

「じゃあゆっくり浮上するから少しずつ慣れていこうね。」

 魔女はそう言うとゆっくり魔力を込めて浮上した。やがて森の木々より高い位置になった。実はこの間、幸灯は目を閉じていたがこの時目を開けて心から感動した。

「うわああ、浮いてる。飛んでますよ⁉︎ 魔女さん、空を飛んでいますよ⁉」

 幸灯は初めて見た感覚に心が踊っていた。魔女は少し得意げに、話しかけた。

「ふふ、楽しい?」

「楽しいです、楽しいです。すごい! こんなの初めて! 小鳥さんになったみたい。」

 魔女の心は幸灯の純粋な喜びを示す言葉にだんだん癒されていた。

「楽しんでもらって何よりだわ。さあ行きましょう。でもちょっと待ってね。」

 魔女はそう言うと、魔法の杖をまた出して遥か下の地面に向けて魔法の呪文を唱えた。

「私を追う者をいたぶり尽くせ! 激しきラディカル生しオートマソーン!」

 そう唱えると、魔女の杖から白いスプレーのようなものが放出され、下の地面やその周りに魔法がかけられた。幸灯は魔女に質問した。

「何をしたんですか?」

「ちょっとした意地悪な人達をいじめる意地悪なトラップ魔法よ。さあ一緒にお昼をいただき場所を探しましょう。」魔女は幸灯を乗せて勢いよく飛んで行った。

 一方その頃、幸灯達が向かった反対の方向から複数の役人が彼らの隊長を追いかけていた。役人達はは走りながらも愚痴をこぼしていた。

「ゼェ、ゼェ。火雷隊長速過ぎる。」

「あの人野心のためなら我こそはって方だからな。」

「同じペースで走ってくれたっていいやないの。」

 しばらくすると、役人達が幸灯達がいた場所を目の前に立っている狂矢の後ろ姿を目にした。一人がつい声を出した。

「あっ、狂矢様。」

「お前ら、ようやく俺のビートについてきたな。お前らなんざ、デクレッシェンドだぜ!」

 狂矢は一旦振り向いて部下にボロクソ言うと、魔力が宿る空間に足を踏み入れた。

「臭うぞ、臭うぞ、魔女の臭い。……飛んだな、ちくしょう。チェ、出世のコウノトリが飛ぶわ、飛ぶわ。」

 狂矢がゆっくり歩きながら言った独り言を、聞き違いをした侍がいた。

「おいお前ら! 狂矢様曰く魔女とコウノトリがあの一帯に隠れているらしいぞ。捜索開始だ!」

 この一言でその場にいた侍達がおおおお!と叫び、大きな足音を立てて、狂矢の方へ突撃した。士気が上がるのに気づいた狂矢は後ろを向くと、かなり焦った。

「バカ! よせ! 能無しども! この周りは既に魔女の呪いが…」

 彼の言葉を耳にせず、突撃したほとんどの侍がそのエリアに侵入した時、魔女の呪いが発動した。何十個ものイバラの木が瞬足に大量発生しては何人かを刺し殺した。上手く当たらなかったり、上手くかわせた者は成長しきったイバラの変則的で不自然な枝の動きにやはり刺し殺された。まるでイバラに意思があるように。次々と悲鳴が聴こえては消えゆくなかで、狂矢は惨劇の真ん中で怒りを溜め込んでいた。

「ふざけんなよ。こんなとこで殺戮ショーなんてやったらよぉ〜。俺の隊の全体人数が全国の中でよぉ〜」

 殺し尽くしたイバラ達ははみな枝を狂矢の方へ向けた。狂矢刀を抜く構えをした。

「実質、最下位やないかい!」

 イバラの枝は一斉に狂矢に向かっていった。狂矢は刀を抜くと、自分を囲むような振り方をしながらこう叫んだ。

「斬烈結界!」

 すると雷の火花のような斬撃が彼を囲み、気がついたら全てのイバラが枝ごとバラバラに斬り刻まれていた。斬烈結界とは剣の腕を鍛えている者が使える剣技の一つであり、飛斬の要領で自分の周りに斬撃を残すことによって、銃弾や魔法攻撃などを全ての方向から防いだり、今狂矢がやったようにそこから中距離の攻撃に転じることができる優れものである。尚万能というわけではなく、プロのスナイパーやトリッキーな魔法によって斬烈結界が破れる場合もある。

 狂矢は刀を収めると、拳を天に突き出した。

「俺はこれだけでは諦めんぞ。必ず出世してやる。」

 一方その頃、幸灯と魔女はホウキに乗りながら美の区と魚の区の境に近づいていた。

「ここまで来たら、私は街にいても安心ね。……あなた、そういえば名前は?」

魔女は質問をすると、幸灯は笑顔で答えた。

「私に苗字がありませんが、幸せを与える灯となれという意味を込めて幸灯という名前を授かりました。」

 魔女はほぉ〜と感心すると、素直に称賛した。

「まあ、素敵な名前ね。少しだけだけど私もあなたと会って幸せになった気がするから、あなたは充分その名前に似合う人物だと思うわ。」

 幸灯はそれを聞いて嬉しかったので、お礼といい言葉のキャッチボールになると思って質問を返した。

「そう言っていただくととてつもなく嬉しいです。魔女さんのお名前をお聞かせしてもらってもいいですか?」

「あら、そうね。自分が名前を訊いといて、自分のを名乗らないのは礼儀に反するわ。私の名前は……」

 魔女は一瞬空を仰いだが、何かのけじめをつけたように幸灯の顔を見た。

「私は魔女のセイコ・ブラックフィールド。あ、この国じゃブラックフィールド・清子かしら? とにかくよろしくね。」

「清子さんですか? こちらこそよろしくお願いします。……あっ、あそこいいんじゃないですか? あそこで休みましょう。」

 幸灯は前方のお花畑を指すと、二人はそこに降りた。清子は杖でピクニックのセットを出して二人はお昼を食べることにした。

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