一章 女王になりたい! その5

 痛い、動けない、このまま死ぬのか?

 意識を取り戻した括正が最初に思っとことがこれだった。森の道の真ん中で、仰向けになった全身傷だらけの彼は動くことができなかった。体力も生きる気持ちも無に等しかった。

・・・

・・・

 ミーはこの世界の西から東武国へ神の正義を教えに来た、この業界でも名が立つ宣教師だ。東武国は領主の欲深な野心のせいで大名同士の戦や小競り合いが多過ぎる。国民がかわいそうだから、私が来てやったんだ。神の正義を大名共に叩きつけて、弱き国民共の手助けをミーはするのだ。今日も正義のために新しい町へ行くのだ。そのためにこの森を抜かなければ…なんだあれは?

・・・

・・・

(誰か…きた。なんかの宗教の僧みたいな人かな? そういうお方は道徳的だから、助けてくれるはずだ…助かった。)

 括正は向かってくる宣教師を見て思った。しかし宣教師は括正が思いも寄らない言葉を放った。

「なんだ貴様、忌々しい! フォーンという存在はただでさえ怪我らわしいのに、丸裸で、しかも血だらけで臭さが追加される。ああ、臭い臭い。貴様が例えばふつうの弱い人間だったなら、助けてやらんでもない。よりによってミーとフォーンを巡り会わさせるとは、おお神よ、なんという試練をお与えになる! 幸いここは誰もいない森の中、私の面子に関わることはない。」

 宣教師の言葉を聞きながらも、括正は必死に嘆願した。

「お願い…し…ます…助け…」

「なんだ貴様、まだ生きてたのか? まあミーも宣教師だからな、仕事をしよう。えー、人を殺してはならない! わかったか⁉︎ 」

 宣教師はビシッっと括正に人差し指を指した。

「ミーにはわかる。貴様は戦で多くの人を殺しただろ? 貴様がこうなったのは神からの裁きだ。全く、何故この国の奴らは、特に貴様はそんなに罪深いんだ⁉︎ 貴様のような学なしにわかりやすく言うとだな、ザマーミロだ!以上!さらばだ!」

 宣教師はそう言い終えると、小走りでその場を去った。括正の心は再び絶望に包まれた。

・・・

・・・

 俺様は世界の中心から東武国に世直しのために派遣された、みんなが憧れるスーパーヒーロー、聖騎士だぜ!しかしこの国の女の子達は清楚で謙虚で従順でかわいいな〜、かわいいな〜、かわいいな! 普段からみんなの幸せの為に俺様頑張ってるから、自分へのご褒美としてこの国の女の子と結婚しちゃおうかな〜? さて今日も多くの人弱きを助ける為に、新しい町へこの森の道を突き進むぜぇ〜! なんだありゃ?

・・・

・・・

(また…誰か…来た。本で見たことある服装だ。…聖騎士が…この国に? とにかく助かった。)

 括正は向かっている聖騎士を見ると、またかすかにあった希望に期待してみた。

「うわぁ、なんだこの小僧? うげ、角が生えてらあ、化け物じゃねえか! なんだよ、こいつ。女の子だったら助けたのに。あ、もちろん人間のか弱い奴な。だいたい俺様の仕事は悪い奴を倒すことで、もうすでにお前みたいに倒された悪い奴いても仕方ねえっつうの。おっと、いけねえ。早く次の町の人達を助けなきゃ。といってもこれもほっとけねえな。」

 この聖騎士も保身を気にする偽善者であることに括正は気づいたが、それでも括正は嘆願した。

「たす…」

「そうだあ! ジャスティィィィィィス、ローキック!」

 そう言うと、聖騎士は括正の体を、道の外へ弾き蹴った。

「グハ!あああああ!」

 括正は蹴られた衝撃とその影響でさらに流れた血にさらに悲鳴を上げた。それに関わらず、聖騎士は微笑みながら自分を称賛した。

「ここでの正義、これにて完了! いやあ、これでここを通る人達はお前を踏んで足を汚さなくて済む。いやあ、正義を実行するのって気分がいいね。では俺様は行くとしよう。あ、最後に一言。やい、悪い怪人め! 人間を襲うな! 今度そうしたらこの俺様が正義の鉄拳をお見舞いしてやるぜ!」

 聖騎士はそう括正に人差し指を立てて言い残すと、高笑いしながら歩き去った。括正の心は再び絶望に包まれた状態で、目を閉じた。

・・・

・・・

(ちくしょう、ちくしょう! 何が宣教師だ! 何が聖騎士だ! 偽物のヒーローじゃねえか! …僕は救われる価値のない人間なのか? 僕はもう…)

 括正は夢の中で闇に包まれながらこう思っていると、タタタタタタっという音が聴こえた。 誰かの足跡だ。括正が閉じ込められた暗闇に少しずつヒビが入り、括正は目を覚ます寸前にいた。誰かが優しく彼を揺らしていた。

「…さい!起きてください! 起きてください! しっかり! お願い、目を覚まして! 起きてください!」

 括正は目を覚ますと、なんとそこには泣きながら叫んでいる幸灯がいた。

「幸灯…ちゃん?」

「あ、起きてくれたんですね⁉︎ よかった! いやよくないです! なんて怪我を! 誰がこんな酷いことを⁉︎ ちょって待ってくださいね。小鳥さん、お願い! 私じゃこの人を運べないの! 誰かを呼んでもらえませんか⁉︎」

 すると一匹の小鳥が勢いよく飛び立った。括正は不思議そうに少女に質問した。

「すごいな。君は…動物と喋れるのかい?」

 幸灯は微笑みながら涙を流すと、彼女の荷物から包帯を取り出しながら答えた。

「ウフフ、こんな時でもそういうこと気になるんですね? お侍さんは好奇心があって、根が明るいんですね。とても素敵な性格だと思います。私も動物と喋ってはみたいですけど、喋れませんよ。だけど動物は敏感ですから、思いが伝わったんだと思います。」

 幸灯は出来る範囲で応急処置を始めた。括正はまた質問をした。

「なんで僕を助けたの? 僕は君を怖がらせた怪人だよ? 君の夢を否定したん、ブ!」

 幸灯は括正の口を人差し指で抑えながら、喋った。

「あなたは私があなたの大切な友人の刀を盗んだにも関わらず、私を男から救ってくれました。孤独だった私と一緒に食事をして、私の呪いを解いてくれて、私の話を聞いてくれました。にも関わらずあなたの存在を否定し、本当の姿を見て悲鳴を上げました。あなたに対しては感謝と罪悪感しかありません。」

 幸灯は自分の服の袖で優しく血を拭き取ろうとしながら喋り続けた。

「私の国に怪人の居場所はないと言ってしまったことは撤回します。あなたを今助けることでそのことを許してもらおうとは思ってません。それはそれで、これはこれです。困っている人がいたらどんなお方でも助けるのは当たり前です。そんな身近なこともできずに目を背けては、私は本当の意味で素晴らしい女王になれません。」

 括正は何も喋れなかった。彼女がまるで聖母のように輝いて見えたからだ。突然、先ほど飛んでいった小鳥が白い四足歩行の縄を巻きつけた動物を連れて戻ってきた。幸灯はその毛の美しさに思わず感動してしまった。

「まあなんて素敵な牡馬さん…に角が生えている?」

「僕も初めて直接見たな。この子はユニコーンっていって、種類によっては喋れたり魔法を使えたりするんだ。どうやらこの子が飼い主の所に連れてってくれるみたいだね。ごめん、乗るの手伝ってくれないか?」

 幸灯はもちろんです、と言いながらなんとかフォーンをユニコーンに乗せると小鳥にお礼をして森を抜けていった。

・・・

・・・

(ん、ここは?)

 ユニコーンの飼い主は医者であり数日掛けて治療をしてくれると、言ってくれた。その数日後のことだった。括正は病室らしき場所でベットから起き上がり、派手に動いてみた。括正の体は完璧に回復していた。突然、戸が開いて紺色の股引きと水色の道着にミントグリーンの羽織を着た細身で中年のダンディな人間が括正に抱きついて持ち上げた。

「おお、愛する息子よ! 探したんだぞ! 酷い目に遭ったな! だけどこうして無事でいてくれてありがとう!」

 括正は慌てながら、説明した。

「父上…ご心配お掛けした。盗賊に不覚をとりまして…」

「おお、やっと目覚めたかい?」

 途中で医者が割り込んできた。括正の父親は息子を下ろすと医者にお礼をした

「おお先生殿、この度は我が息子の治療感謝致します。して代金はいくらほどに?」

「ああ。相当な重症だったからこれくらいだけど、もう払ってもらったよ。」

 医者は領収書を見せたが、括正はその額に驚愕した。

「こんな大金、いつ?」

「君を私の馬に乗せてきた娘が払ってくれたよ。全財産が入っていたであろう袋ごと私に渡して、後いくら足りないですか?、って訊いてきて次の日銀と金の食器を何個か持ってきたんだ。これでなんとかなりませんか?ってね。その後一生懸命私の手伝いをしてくれて助かったよ。…おい、どこに行くのだね?」

 声を掛けられた括正は一瞬立ち止まり医者に質問した。

「あの子はどこに?」

「ああ、恥ずかしかったのか君が完全に治ったと聞いたら、お礼を言って、出てったよ。今ならまだ間に合うかも。ここを出て左の方に行ったよ。」

 括正は出ていく前に、父親の方を向いた。

「父上、先に帰って母上と弟に僕の無事を伝えて下され。後、父上は昔私に‘立派な侍は立派な主がいて強くなる。いつかお前も自分の意思で主を見つけて仕えろ’って言ってましたよね? いつか仕えたいと思った主をようやく見つけました!」

 括正はそう言い残すと、全速力で走って行った。

「あいつ久し振りに笑ったな。」

括正の父親はそう呟くと、医者にお礼と別れを告げ、括正が向かった反対方向に帰って行った。

・・・

・・・

 幸灯は寂しそうに草原を歩いていた。パカパカパカパカ、と足音が聴こえたので振り向いたら、括正が走っているのを見たのだった。追いついた括正は息を切らしていたので、少ししてから喋り始めた。

「なんで行っちゃったの? 君になんのお礼もしてないのに。勝手に行くなんてずるよ。」

 幸灯は申し訳なさそうな表情で横を向きながら、言った。

「あなたを一度傷つけてしまった。私の顔なんてもう見たく…」

 括正は両手で幸灯の肩を掴んだ。

「そんなのとっくに忘れたよ。君は僕には感謝と罪悪感しかないって言ったよね? それは僕も同じなんだ。君が僕を助ける前に宣教師と聖騎士が通ったんだ。彼らは僕を助けるどころか、僕を批判してその場は去って行ったんだ。彼らが闇だとするんだったら、君は僕の光だったんだ。断言するよ。君は絶対女王になれる! 誰も君を信じなくても、僕が君を支える。 君が自分自身を信じれなくても、僕が君を信じる。 僕は君の侍になることを宣言しに来たんだ。」

 これを聞いて、幸灯は大泣きしながら括正に抱きついてきた。しばらくすると、幸灯は凛とした表情に変わり、括正に言った。

「ありがとうございます。誓いの儀式をしましょう。刀をお持ちですか?」

 括正は懐を確認した。渋々答えた。

「やべえ、刀盗られたんだ。」

「あ、そうでしたね、では…。」

 幸灯は地面をキョロキョロ見回すと、木の棒を拾った。

「仕方ありません。これでやりましょう。えーと、そういえばお名前なんでしたっけ?」

「岩本 括正だ。」

「そうですか、では括正さんって呼びますね。」

「いや、括正でいいよ。」

 括正の申し出に幸灯は少し不思議がった。

「何故ですか?」

「君はこれから僕の主になるんだから好きに呼んでいいということだ。」

 括正はそう答えると、幸灯は嬉しそうに微笑んだ。

「わかりました、括正。ではしゃがんで下さい。」

 括正は指示通りにした。それを確認すると、幸灯は持っていた棒の両端を両手で持ち、儀式の言葉を喋り出した。

「岩本 括正。あなたは私という主の元で己の武士道を貫くことを誓いますか?」

「誓う。」

「私が道を間違えた時、止めることを誓いますか?」

「誓う。」

「そして私が晴れて、王国の女王になった暁には、私よりも国民の意志を尊重することを誓いますか?」

「誓う。」

「ではこの日をもって、あなたを私の第一の家臣、私に仕える侍に任命します。」

 幸灯はそう言うと、括正の右肩、次に左肩に棒の端を置き、儀式が終わった。


 この草原から、小さな主と角の生えた侍の冒険が始まる。

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