第155話

 ロボット集団の襲撃から十五分ほどあと、装甲車はリッジベルに達した。暴走騒ぎの続くヴェレンゲルと比べると平穏が保たれているように見える。

 出来ればWPを出して警戒に当たりたかったが、リッジベル市当局から敵が出現するまでWPの展開を控えるようにという通達が来たため止む無く装甲車のみで発信源に接近を図っていた。


「呑気なものですね当局も。隣では大騒動が起こっているというのに」

「だからこそ、市民に余計な不安を与えないようにと神経質になっているのさ、ケヴィン曹長」


 ジェノ隊長は宥めるようにそう言うと、俺の方を向く。


「ナオキ曹長、そろそろか?」

「ここから100mも離れていません」

「そうか……50m以下まで接近したら合図してくれ。下車して徒歩で接近……」


 最後までその言葉は続かなかった。車が停車する。


「隊長! 未確認のWPです! 数は四!」

「来たか! ナオキ曹長、TRCSの方は?」

「今回はだんまりですね。相変わらず通信量だけは多いんですけど」

「そうか、まああれだけのロボットを遠隔操作しているんだ。案外手一杯なのかもしれんな。行くぞ」

「了解」


 それぞれのWPを起動して発進させ、正面に現れた敵と向かい合う。

 そこにいたのは、胴体こそWPー03によく似ているが、手足は一回り大きくなり頭部もエクリプスに近い形状のものを備えた、言ってみれば緑のカラーリングをしたエクリプスの量産型といった姿の機体だった。


「隊長……!」

「予想を超える相手が出てきたな、ナオキ曹長。いつの間にエクリプスは量産されていたんだ?」

「俺が知っているわけないじゃないですか。第一、プロジェクトは凍結されたんですよ」

「出所不明の機体が我が軍の試作機によく似ていて、当の試作機の方の開発計画は凍結、か……きな臭さしか感じないな」


 隊長の言う通り、腑に落ちない点ばかりが目に付く。エクリプスが量産化されていたのもそうだが、それがなぜ俺たちの前に敵として立ちはだかっているのかも謎だった。

 緑のエクリプスもどきはマシンガンを構えながら接近してくる。


「隊長、エクリプスを囮にしましょうか」

「それしか無さそうだな。相手が見かけ通りエクリプスに近い性能を持っているならば、03ADを持ってしても一対一で互角に持ち込むのが精一杯だろう。ただ、君もキツい戦いを強いられるぞ?」

「覚悟の上です。どのみち今のエクリプスでは歯が立ちません」

「……ケヴィン曹長には指揮所に応援を求めるように言ってある。そろそろ決着する頃だろう」

「じゃあ、それまでは出来る限りのことをしておきますか」

「ああ、やるぞナオキ曹長!」


 隊長は言うなり03ADにスタンロッドを構えさせて突撃を仕掛ける。同時に俺もエクリプスを敵集団に突っ込ませる。敵集団の前衛と中衛に位置する機体がマシンガンを斉射してくるがエクリプスを壁にしてそれを防ぎ、敵の目がエクリプスに集中する隙をついて、隊長の03ADがジャンプし集団の後方にいた一体の背後を取ろうとする。

 しかし敵の反応も早く、背後からの一撃が素早く振り返った中衛一機のけん制射撃により果たせず、逆に03ADが危うくなる。俺はエクリプスを強引に突っ込ませて先程振り返った敵機の頭に右ストレートを見舞わせたが、敵の頭はわずかに歪んだものの動じることなくマシンガンをメタルナイフに持ち替えて、今度はこちらに格闘戦を挑んでくる。

 下がって良いことは無いのですぐ横にいた前衛の機体を狙い、エクリプスの上半身をくるりと回転させ裏拳を見舞う。ダメージを期待した攻撃と言うより同士討ちを意識させマシンガンを持ち替えさせようとしての行動だったが、食らった相手はそのまま後退してこちらにマシンガンの照準を合わせようとしてくる。

 狙いを外した俺は止むなくエクリプスをその場で旋回させると全速力で突っ込ませる。流石に敵機も阻止することはできず何とか窮地を脱した。

 エクリプスが向かってくるのに合わせて敵二機を相手に押されていた隊長も後退して合流する。


「……隊長、まずいですね……」

「ああ、武装も馬力も高い性能を持っている。それでいて動きに隙がなく数でもこちらを上回り、か」

「……可能なら逃げたいところですけど、そうも行きませんよね」


 話している間にも敵はゆっくりと近づいてくる。隊長はそれを睨みながら淡々と告げる。


「ナオキ曹長、君だけここを離脱しろ」

「えっ?」

「ここからTRCSの発信源は近いのだろう? なら君がそこを叩け。これだけの数を最初から出している以上、大した数の護衛も居るまい。手薄な中枢を叩くのは戦術の基本だ」


 隊長の言うことは分かる。今の状況を打開するとしたらそれしかない。ただ、その間隊長とケヴィン曹長は敵の猛攻に晒され続けることになる。

 その後のことを考えようとして止める。そんなことをしている暇はない。考え得る最良の結果を出すために最善を尽くすべきだ。


「了解です隊長! 土産を待っていて下さい」

「……期待しているよ。あとは任せておくんだ!」


 短く言葉を交わし合うと、俺はエクリプスのサイドステップに飛び乗り、最大出力で発信源へと急ぐ。後ろからは激しい銃声が響いてくるが振り向かない。敵の中枢は目と鼻の先にある。

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