第153話
ヴェレンゲル基地のノーヴル・ラークスの作戦指揮所、資材置き場前。
昼食後くらいからエレイアは口数が少なくなり、サフィールの言葉に応じることも減っていた。
「エレイア、疲れてる?」
「疲れてないわけ無いじゃない。これなら整備や研究に没頭していたほうがまし」
「そう言えばあなた、専門分野は機械工学なんだっけ?」
「違うわ、人間工学。心理学も少し嗜んでたけど」
扉の向こうからゆっくりと声が聞こえてくる。
「具体的には?」
「TRCSのインターフェースデザイン、脳波の感知システムや言語化機能の調整が主体。機体自体の整備知識はこっちに派遣される際に一夜漬けで覚えてきたわ」
「なるほどね」
サフィールは小さく頷く。
「前から分かっていたけど、あなたかなりの努力家よね。目指すもののためにひたむきになれるのは素敵だと思うの」
「ありがとうサフィール准尉。素直に喜んでおくわ」
「あんまり嬉しそうじゃなさそうね」
「……そんなことないわ」
歯切れの悪い調子で話すエレイアだが、扉の中の表情は窺い知れない。
「あなたこそ努力家じゃない? ジャーナリスト志望から切り替えて軍人になったわけでしょう?」
「あくまでもやむを得ずよ。紆余曲折がありすぎて困っちゃうけど」
「あなたは、今も諦めてないのね」
少し笑いを含んだ声が響く。
「まあね。私は何時だって諦めないのが性分だから」
「ジャーナリストに戻ったら取材に応じてもいいわよ」
「考えておくわ」
その時、内部を巡回していたジャックが再び戻ってくる。
「ジャック、そちらはどう?」
「ある程度の目星は付いたぜ。これから人数を集めて確保する」
「非戦闘員だらけだけど大丈夫?」
「無理そうなら隊長たちの帰還を気長に待つさ。ただ、確保できる状態にはしとかねえとな」
「分かったわ。お願いね」
「ああ、任せときな」
ジャックはサフィールの言葉に応じると静かに去っていく。
「良かったわね、エレイア。もうしばらくの辛抱よ」
「……信じてるわよ」
そう言ってエレイアは口をつぐんだ。
その頃、ノーヴル・ラークスの行動隊は次に向かう発信源の場所をどうするかを討議していた。
残された地点は三ヶ所。先ほど得られた情報から、そのうち一ヶ所にいる装置の被験者は特別な権限を持っていることが分かっている。ただ、その特別な権限を持っている相手が何処にいるのかまでは分かっていない。
「ナオキ曹長、各地点の通信量に差は無いのですか?」
「際立った差は見つからない。どれも似通った通信量だ」
「君の聞いた話では無口な被験者もいるそうだが、それも判別できないのか?」
「駄目ですね。意図的に他の場所の通信量を引き上げて、自分の居場所を悟られないようにカモフラージュしている可能性も考えられます」
「なるほどな……」
俺の説明にジェノ隊長は目を瞑り考える顔になる。
「……ヴェレンゲル基地の方も手が空きそうですし、協力して三ヶ所を同時に制圧するのも手ではないですか?」
「それはそうだが、その場合我々の手の内を基地側に明かさないとならん。今回の件を公にしないように、というのが前提なのだからな」
「そうでしたね……」
秘密裏に事を進めるという前提がなければここまで難しい話でもない。それこそ最初に七ヶ所全てを基地の部隊と連携して潰せば済む話である。
首都リヴェルナの統合参謀本部、参謀総長のマクリーン大将の特命が降りる前であったなら、最初からそうしていたかも知れないが。
「隊長」
「何か、ナオキ曹長」
「三つを同時に潰せない以上はどこから挑むかが問題なのですけれど……」
「うむ」
「通信量が一番多い地点から挑んではどうでしょうか?」
「どういう理由からかな?」
理由を聞かれ、一拍間をとり一語一語に気を遣いながら丁寧に話し始める。
「ここまで四ヶ所を巡ってきて、敵は巧妙かつ慎重な性格であるのが分かってきました。単にロボットを暴走させるだけでなく、拠点には護衛のWPを貼り付けておいたり、装置に口封じの仕掛けを仕込んでおいたり、必要ならばコントロールを他の装置から奪い取ることも可能にしてあったり、極力身元が割れないように立ち回っています」
「確かに。必死に自分たちのことを隠そうとしているようにも見えますね」
「そこまでやってはいますけど、それでもその操作を全て一ヶ所で管理するとなると、どうしても通信量は増えます。他の箇所からの発着信を増やして偽装することも不可能ではないでしょうが、それを行うための通信も必要な以上どうしても頭一つ抜けた通信量になってしまうはずです。三ヶ所目を陥落させた際に通信量が増えたのもそのせいだと思うんです」
隊長はその説明に頷く。
「なるほど、つまりその先には標的がいるわけだな」
「確保するべき目標は恐らくそこにはいませんが、それでもそこを潰しさえすれば残りの二ヶ所を抑えるのは簡単になるはずです」
「先に敵の本命を叩いてから目標の救出に当たるということですか」
「被害は抑えられるに越したことはないんじゃないかな。勿論、目標の人物の確保も大事ではあるんだけれど」
本音で言えば、目標の人物に早く接触したい気持ちはあるのだか、私情を挟むわけにもいかない。
「良くわかったよナオキ曹長。君の案で行こう。それで一番通信量が多い拠点というのは……」
「ここから最も遠い場所にあたるのはリッジベル市の西部です」
「基地からは最も遠くて最初は避けていた場所ですね」
「最初から向かっていれば……というのは禁句だよケヴィン曹長」
「話はまとまったな。リッジベルに急行する」
「了解です」
俺たちは急ぎリッジベルに向かった。
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