第136話
ジャックはケーブルが切れた愛機のWP-02FAに駆け寄るとコネクタのある機体側面に取りついていた。
どうやらコネクタから切れたケーブルを抜こうとしているようだったが、破裂し断線したケーブル部分から漏電を起こしているらしく、上手くいっていない。
ジャック機を機能停止に追い込んだ四つ脚は、突き入れた短腕を目印にするような格好でジャック機に向けて突進してきている。
俺は危険を承知でエクリプスのブースターを点火させ、機体側面につかまり最大巡行速度で四つ脚に向けて一気に切り込む。だが、それを察知したらしい四つ脚は急停止をかけるとジャック機に突き入れたままだった短腕を素早く回収、間髪入れず回収したのとは別の短腕をエクリプスに向けて発射してきた。
その動きに対して俺はその場でエクリプスの動きを止めさせ、バスターソードを盾にする形で地面に突き立てる。相手の
その好機を見逃す手はない。俺はエクリプスに剣を引き抜かせると、隙だらけになった四つ脚との間合いを一機に詰めさせ、バスターソードの斬撃を見舞う。
四つ脚は恐ろしいまでの反応速度でこれを回避しようとするが、それでも避けきれず脚の一つを失いこちらと距離を取る。脚をひとつ失ってもその機動性には大きな翳りは見当たらない。
俺は敵機をにらんだまま、依然として自分の愛機だった存在に悪戦苦闘しているらしきジャックに大声で呼びかける。
「ジャック!」
「……」
「ジャック!!」
「……」
「声が聞こえないのかジャック!!!」
「……! ナオキ……?」
三度目でようやく気付いたらしい。呆けたような声で上げるジャックに、俺は有無を言わさない強い口調で命令する。
「ジャック、一度しか言わないから良く聞くんだ。今すぐこの場から離脱してベースキャンプまで撤退しろ。そして隊長に応援を頼んでくれ」
「何だと……!」
「このままではこちらが不利になるだけだ。それに反乱部隊がこれに乗じて攻撃をかけてくる可能性もある。押し問答をしている暇はない!」
「ふざけんな! 俺とこいつはまだ……!」
「戦えるというのなら、今すぐ戦って見せろジャックっ! このままではお前が死ぬだけなのが分からないのか……!」
「ぐっ……てめえ……ナオキ……!」
ジャックは今の状況も判断できない程逆上していた。本来は敵に向けられるべきであろう、凄まじい殺意が敵機から目を離せない俺の背中越しから伝わってくる。
そこに割って入ってきたのはケヴィン曹長だった。
「今の状況で仲間割れはご遠慮してもらえますかね、お二人とも」
「ケヴィン曹長? 残りの敵機は……」
「駄目ですね。どうも攻撃の効きが良くない感じがしますし、こちらはもうじき弾切れです」
「そうか……」
ケヴィン曹長の言葉に肩から力が抜けそうになるのを懸命に堪える。
状況は絶望的だった。ジャック機が機能停止し、ケヴィン曹長の機体も弾薬切れとなってしまっては基地攻略どころか、眼前の敵を排除することさえおぼつかない。一時撤退して出直すより他に方法はなさそうだった。
俺が考えをまとめている間に、ケヴィン曹長がジャックに声をかける。
「……さ、撤退しますよジャック曹長。スペクターに掴まってください」
「……」
「ジャック曹長が何を考えているかは分からないですが、これだけは言わせてもらいますよ。……俺たちは機体を守るために戦っているんじゃない、命を守るために戦っているんだ、とね」
「ケヴィン……お前……!」
思いがけない言葉を浴びせられて、ジャックは驚いたような声を上げる。俺も内心で意表を突かれてわずかにケヴィン曹長の方を見る。彼の顔にはやや硬い感じの苦笑いが浮かんでいた。
「だから、ここは指揮官殿の言う通り、迅速に撤退して隊長に救援を頼みましょう。生きてさえいれば、あのWP-02FAとまた会うこともあるわけですから」
「……わかったよ……」
ケヴィン曹長の言葉にジャックは静かに返事を返す。ジャックは普段は陽気でおしゃべりな性格であるが、重要な決断を求められる時には打って変わって物静かになる。
「……尻をまくって逃げ出すわけだが、追い付かれない自信はあるんだろうな?」
「自分にそういう趣味はありませんので……」
「上等じゃねえか……任せたぜ、ケヴィン曹長……!」
ジャックは腹を決めたとばかりに気合のこもった声で返すと、自分からケヴィン曹長のスペクターのサブステップに脚を載せた。
「そういう訳で指揮官殿、申し訳ありませんがスペクターが離脱するまでの間、時間稼ぎを頼みます」
「大丈夫だよケヴィン曹長。元々危機に陥ったときには迷わず逃げろと言ったのはこちらだからね。それに俺もここで命を落とすつもりは無いよ」
「勝つために……ですよね?」
「少し違うな。……生きて勝つためだ」
ケヴィン曹長の言葉に俺は頷いて見せる。死んで勝利しても次には進めないし、彼女とも再会できない。全員で生きて、そして勝つ。それだけはずっと変わらない、自分の中の真理だった。
「……そんなこと言って、マジで死ぬんじゃねえぞナオキ指揮官?」
「大丈夫だよジャック。あんなのにすり潰されて死ぬってのは願い下げなんで」
「まあ無理は禁物ですよ指揮官殿。本当に危機ならば逃げも恥ではありませんからね?」
ジャックもケヴィン曹長も疑わしそうな口調で諫めてくる。
「……信用がないなあ、俺」
「そう思うなら、帰営した後にでもじっくり鏡でも見てみろ」
「あんまり鏡とか見そうにないタイプですからね、指揮官殿は」
「はいはい了解了解……」
あんまりな言われようにたまりかねて話を切り上げ、再び敵に集中する。
話し込んでいる間に残りの二機が対峙していた一機と合流していた。どうやらこちらが動きを止めている分には向こうからも仕掛けては来ないらしい。
それを確認して、ケヴィン曹長に声をかける。
「ケヴィン曹長?」
「はい」
「俺が先に動いて奴らを引き付けるから、その隙に離脱してくれ」
「分かりました……。ご武運を、ナオキ曹長」
今度はしっかりとケヴィン曹長の返事を待ち、それを聞いたうえで俺は四つ脚のWP三機に向けてエクリプスを切り込ませた。
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