第118話

 ギレネスは一旦椅子に座りなおして姿勢を正すと、冷ややかな表情でジェシカに問いかける。


「それではお聞きしますが、あなたは一体何が出来るのですか?」

「……どういう意味よ?」

「あなたが革命評議会に入るとして、あなたは一体どういうやり方で我々に対して貢献してくれるのか、と言っているのですよ。まさか、ぐうたらしたいためにここまで来たのでもないのでしょう?」

「そ、それは……私まだ子供だし……働くなんて……」

「別に子供でもできる仕事ならいくらでも用意できます。要はあなたのやる気次第ですがね」


 ギレネスは怒ることもけなすこともせず、あくまで冷静に、しかし厳しい「現実」を突き付けてジェシカを問い詰める。ジェシカの方も予想以上に厳しいギレネスの態度にそれまでの強気な物言いもどこへやら、すっかり委縮してしまっている。


「……で、でもさぁ、私まだ十四歳だよ。そんな奴の働きなんてたかが知れてるでしょ?」

「そうでもありませんよ。共和国にも我々の勢力圏にも十五歳そこそこで家計を支えるために働きに出ざるを得ない子供がたくさんいます。そのことの是非はさておいて、年齢が働けない理由にはなりえませんね」

「う……!」

「……で、どうなんですか? あなたは一体何をしたくてここまで来たのですか?」


 ギレネスは冷ややかな表情のまま、ジェシカをどんどん追い詰めていく。ジェシカの方は次々に突き付けられる「現実」に対してまともな反論すらかなわない。

 ジェシカは思わず救いを求めて周囲を見渡すが、ベゼルグは何も言わずに黙ったままジェシカを睥睨し、ホリーもまた何も口出しせずに静かな表情でジェシカのことを見つめている。

 誰も自分を助けてくれないことを悟ったジェシカの表情には絶望の色が浮かぶ。ギレネスはそんな彼女の様子など気にもならないという風に話を進める。


「……どうしました? 気分でも悪くなりましたか? でしたら、今すぐお茶でも用意させますよ。時間はまだまだたっぷりありますからね。じっくりあなたのお話をうかがわせていただきます」

「……いいでしょ……」

「何かおっしゃいましたか? 聞こえませんよ」

「もう……もう、いいでしょ……! 勘弁してよ。私は、親父に思い知らせてやりたくて家を出ただけなの……! 評議会に入りたいってのもただの口実に決まってるじゃない!」


 ジェシカは目に涙を浮かべ震える声でそう言うと、圧迫に耐え切れなくなったのか大声で泣き始めてしまう。

 ホリーは直立不動の姿勢を崩さずにギレネスの様子をうかがうと、ギレネスの表情は先程から変わらぬ冷淡なもので、ホリーの視線に気付いたギレネスは表情を変えないまま小さくうなずく。もう少しだけ我慢をしてほしい、という意味にホリーには見えた。ベゼルグの方にも視線を向けると、こちらは怒りも冷めてやや困惑した表情を浮かべている。ギレネスが本気で子供を泣かせるほど追い詰めるとは思っていなかったらしい。

 しばらくの間、ジェシカは泣き続け、ようやく落ち着いたときには十数分ほどの時間が経過していた。泣き止んだジェシカは毒気を抜かれたようにぽつりと言葉をこぼした。


「……ねえ、本当に私を共和国に戻すつもりなの?」

「そうですね……先程も言いましたが、共和国側の話は悪いものではありません。あなたの身柄を完全に安全な状態で引き渡せば、それもまた外交実績の一つになりますし、共和国側に対して貸しを一つ作ることにもなります」

「今の俺たちには支配地域の地盤を固めるための時間も必要だ。お前を穏便に共和国側に返還すれば、それだけで共和国側に対する時間稼ぎの一つにはなる」

「……そっかぁ、やっぱり帰らないといけないのかぁ……」


 ギレネスとベゼルグの二人の言葉を受けたジェシカは憂鬱そうな表情で観念したようにつぶやく。どうやら覚悟を決めたらしいジェシカの姿を見て、ホリーはしかし逆に引っかかるものを感じていた。ベゼルグもそうだが、ギレネスの言葉には真剣さというものがうかがえない。まるでジェシカを誘導するためにわざと厳しい態度を演じているような、そんな印象をホリーは持った。

 ホリーの疑念など知る由もないギレネスは、そこで不意に表情を緩めて笑顔でジェシカに語り掛けた。


「まあ、でも、すぐに引き渡すというのも芸がないですし、もう少しくらい共和国政府を焦らしてみるのも面白いでしょうね」

「え……?」

「お前をすんなり返したとして、共和国政府が黙ったままでいるとも考えにくいからな。まあ、少しだけなら様子見を兼ねてお前をこちらの手元に置いておくのも悪くないってことだ」


 ギレネスの言葉をベゼルグが分かりやすく解説し、それを聞いたジェシカは目を輝かせる。


「……私、ここにいてもいいの?」

「勿論、それにあたっては様々な条件を付けさせていただきますが、条件を順守いただけるのでしたら、共和国側に送還する準備が整うまでの間、こちらに居て頂きたいと思います」

「それは普通に嬉しいけど、条件って……?」


 淡々と述べるギレネスの口調に何かを感じ取ったジェシカは、今度は慎重に条件のことについてただした。


「なに、そこまで難しい条件ではありませんよ。要点を先に言わせていただくと、こちらの許可なく外出を行わないこと、外出の際にはこちらの指定する人員を同行させること、それとこちらとの約束が守られない場合には即刻あなたを送還させていただくことの三点です。その他の条件に付きましては、またこちらが定める書面にサインをしていただく際に説明させていただきます」

「それだけで良いわけ? あれだけ私を嫌がった割には軽い条件ね」

「そうですかね? まぁ、少しあなたには考える時間を差し上げますので、今夜しっかりと考えをまとめてください」


 ギレネスの語った条件が想像と違い軽めの条件であったことにジェシカはちょっと気合を外されてしまったようであったが、ギレネスはそんな彼女の姿を確認すると満足そうに立ち上がり、ホリーの方に視線を向ける。


「ホリーさん、申し訳ありませんが、今日のところはあなたに彼女を預けておきます。念のため彼女が勝手にどこかに行かないよう、最低限の注意は払って下さい。朝になりましたら、彼女を連れて私の部屋まで来るようお願いします」

「はい、承知いたしました」

「ベゼルグ、済みませんがこれから共和国との交渉に関する会議を行いますので、よろしくお願いします」

「相変わらず人使いの荒いことだな。まぁ、今日は仕方ねえか」


 てきぱきと的確な指示を飛ばすギレネスにホリーも鋭く返事を返し、ベゼルグはようやく面倒事から解放されたと言った感じで大きく伸びをしながら応じる。

 最後にギレネスはもう一度だけジェシカのことを見ながら、「期待させていただきますよ、ジェシカさん」と言い残して部屋を後にした。

 ベゼルグもその後を追随するように立ち上がり、去り際にホリーに「悪いなホリー。ひとまずそいつは大切に扱ってやってくれよ」と気遣うように言って退室していった。

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