第117話

 ギレネスは、明るい表情をしている少女に単刀直入に切り出した。


「……ジェシカさん、せっかくヤーバリーズまで苦労してお越しいただいたところを申し訳ありませんが、明日にでもあなたの身柄を共和国政府に引き渡しさせていただきます……」

「やったー! ……って、えっ? どういうこと……?」

「あなたがここを訪れる数時間前に、リヴェルナ共和国政府から仲介国を通じた外交ルートで、極秘裏にあなたの身柄の引き渡しを要求されましてね」


 ギレネスはジェシカの反応をうかがうように淡々と事務的な口調で語り、それを聞いたジェシカは途端に警戒するような表情に変わる。


「……まさか、私を要求通り政府に引き渡すなんて、言わないよね……?」

「……悪い話ではないですね。あなたはよく分かっていないようですが、現在のあなたの立場は非常に微妙なものなのですよ」

「もったいぶらずに言ってやれギレネス。はっきり言って、今のお前の存在は厄介者そのものだとな」


 歯に衣着せぬベゼルグの物言いにギレネスはわずかに顔をしかめ、ジェシカは隠すことなく怒りの表情を浮かべる。


「おっさん、一体どういうこと? せっかく人が苦労してヤーバリーズまで来たって言うのに!」

「黙りな小娘。お前みたいな奴に来られてもいい迷惑なんだよ。大体、自分がいくつだと思ってるんだ?」

「……十七よ」

「嘘ついてるんじゃねえ。お前はまだ十四だろう? こっちには政府からの照会データがあるんだからな。隠しても無駄だ」

「まあ、そういうことです。これ以上嘘を付くのはあなたのためにも良くはない、ということだけは私からも述べさせていただきましょうか」


 ジェシカはあくまで強気だったが、ベゼルグにあっさり嘘を見破られた上にギレネスからもけん制が入って気勢を削がれてしまう。ホリーはそんな光景を見ていて気が気でなかった。


「……一体私をどうするつもりなのよ……?」

「先程も言いましたが、リヴェルナ共和国政府からは正規の手続きであなたの身柄を引き渡して欲しいとの連絡が入っています。あなたのこれまでの苦労には感謝をさせていただきますが、私としましてもあなたのような若すぎる方に評議会への加入を求められましても困ってしまいますのでね。可能であるならば大人しく戻っていただけると助かるのですけれど……」

「……ば、バカ言わないでよね。何であんなトコに戻らなきゃいけないのよ?」

「少しは口を慎んだらどうだ小娘。ホリーがお前を拾ってやんなければ、今頃自分がどうなってたと思ってるんだ?」

「……そ、それは確かにお姉さんには感謝しているけどさ……」


 ギレネスの言葉に真っ向から文句をたれるジェシカにベゼルグが冷静に指摘を入れて、痛いところを突かれたジェシカは思わず口ごもってしまうが、すぐにまた屁理屈をこね始める。


「……けどさ、厄介者ってのはひどくない? こんないたいけな子供が命がけで検問を突破してここまで来てあんたたちの力になりたいって言ってんだよ? 子供を大切にしない国は長続きしないんじゃない?」

「あなたの方こそ良く考えてみてください。革命評議会に入った時点であなたはもう共和国市民としての立場を失い、私たち同様に反逆者として追われる立場になるんです。あなたが考えている以上に共和国政府の追及というのは厳しいものなのですよ」

「お前は自分が子供だからと都合のいいように考えているようだが、政府のやり方はそんな甘いもんじゃねえ! 子供だろうが何だろうが自分たちの邪魔になるものなら躊躇なく消しにかかるのがリヴェルナ共和国政府のやり方だ。お前はそれを全然理解してねえな」


 ギレネスとベゼルグは口をそろえてジェシカに考え直すように促したが、そんな二人の大人に対してジェシカは逆に腹を立ててしまったらしい。完全に据わった表情で二人をにらみつけると、一方的に暴言をまくし立て始める。


「あーもう、うっさいなあ! 要するにあんたたちは政府が怖くてビビってるから、私を連中の言う通りに向こうに戻したいんでしょ? 全く、そんなんでよく革命評議会だなんて偉そうに名乗っているもんよね! 笑わせてくれるじゃない!」

「あ? 誰が共和国政府にビビっているだって?」

「おっさんたちのことに決まっているでしょうが! 頼りにしてるって助けを求めてきている子供ひとり満足に扱えないなんて、政府も聞いて呆れちゃうんじゃないの?」

「ほざきやがるじゃねえか、小娘の分際で……!」


 ジェシカの傲慢ごうまん極まりない言葉に、応対していたベゼルグは怒りを爆発させる寸前といった感じに顔を真っ赤にしており、それを見ていたホリーは危うく口出しをしてしまうところであったが、ベゼルグの方は自分の手には負えないと悟ったのか、辛うじて怒りを押し殺すと黙ってギレネスの方を見て自分は長い沈黙に入った。後はお前に任せる、とでも言うように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る