第114話

 ヴェレンゲル基地の臨時作戦指揮所にある隊長室で、俺はジェノ隊長と向かい合ったまま必死で頭を働かせて、状況を整理する。

 隊長のお嬢さんが家を出て行方不明になっている。彼女は家の近隣にはおらず、どうも西部地域、それもヤーバリーズに向かっている。近隣にいないのならヤーバリーズに、というのもいささか飛躍しすぎのような気もするが、隊長はどうやら別の情報も掴んでいるらしい。

 俺の怪訝けげんな表情を見て取った隊長は、ひとつうなずいてから言葉を繋いだ。


「手紙が来た同じ日の夜に北部側の検問所から連絡が来て、十五歳くらいの少女が検問所の衛兵のスキを突いて西部側に潜り込んでしまったのだという。少女は学校の学生証を衛兵二人にわざと見せておいて、ひとりが身分を照会するために詰め所に戻っている間に、もう一人の衛兵の急所を突き悶絶もんぜつさせてその場を突破してしまったそうだ」

「随分と乱暴なやり方ですね……それがお嬢さんだと?」

「ああ、学生証を発行した学校を通じて私の家に確認が入り、そこから私に伝わるまでにそれほどの時間はかからなかったよ……」


 胸の奥から言葉を絞り出すかのような隊長の悲痛な表情を俺は正視することが出来なかった。これまで育ててきた娘がいかに反抗期とはいえこの緊急事態時に家を飛び出して反政府勢力の支配地域に自分から飛び込んでいってしまったのだ。これで娘のことが心配にならないはずがない。


「北部側から西部地域に入ったということは、最初から最短経路でヤーバリーズに行くことを考えていたということでしょうか?」

「おそらくね。北部側に近い西部地域の都市に私の縁者はいないし、私の家があるエープラウドからヤーバリーズに出るには南部から行くよりも北部から行く方が早い。何より南部ルートではヴェレンゲルを通らねばヤーバリーズには出られないから、私に気付かれてしまう可能性が高いと踏んだのだろう」


 俺の推測を隊長は理由を補足しながら肯定する。となると、最後に残された疑問はひとつだけだ。


「お話を聞いている限りでは、お嬢さんは隊長が既にヤーバリーズにいないことを随分前から知っていたのですよね?」

「そうだね。詳しいことは伏せたけれど、ヤーバリーズからヴェレンゲルに移ったことは先月の手紙に書いておいたよ。検閲に引っかかるようなことは書いていないから、そのまま届いたと思う」

「すると、何の理由でお嬢さんはヤーバリーズに向かったのでしょう? まさか、革命評議会に加わりたいわけでも無いでしょうし……」


 俺がそう言って首を傾げると、隊長は不意に笑みを浮かべる。だが、それは表面上だけの笑顔であることはすぐに理解できた。隊長は何かに怒っているらしい。


「ナオキ曹長、そんなことでは困るな……」

「は、はっ……?」

「少し話は逸れるが、君もいずれは部下を持って部隊を率いらねばならん。そんな時に短絡的な決めつけで物事を考えていれば、部隊全体を危機に陥らせることにもなりかねん。あらゆる可能性を考えられる広い視野を持たねばな」

「はっ、申し訳ありません!」


 隊長は口調こそ穏やかだが、その言葉は強い失望を含んでいるように思え、俺は反射的に席を立ちあがって隊長に陳謝する。それを見た隊長は少しだけ困ったように表情を緩める。


「いや、別にそこまで求めたわけではなかったんだけどね……」

「す、すいません、つい……」

「でも、君がこの先も仮に軍に居続けるのならば、さっきのことは忘れないでいて欲しいものだ。君は志願兵で士官学校出身ではないから尉官以上にはならないだろうけれど、それでも今の私のように大尉で特務部隊を率いることだってあるのかもしれないのだからね」


 隊長の話を俺は神妙な面持ちで聞いていた。高校も出ずに志願兵として入隊した自分にはこれ以上の昇進は縁が無いものだと勝手に決めつけていたけれど、考えてみればサフィール准尉も最初は志願兵として最下層からスタートしたのにも関わらず短期間で下士官に昇進して、今では准尉である。様々な事情が重なった結果だとサフィール准尉は謙遜していたが、自分にだって全く同じことが起きないとも言い切れない。そう考えると隊長の話も笑い飛ばすわけにはいかなかった。


「……隊長、自分は自覚が足りませんでした……」

「構わないさ。今できないのなら明日に出来るようになればいい。期待しているよ、ナオキ曹長。……それで、先程の話に戻すとしようか?」

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