第115話

 隊長から話を振られた俺は再び席に着いて隊長と向かい合う。


「は、はい……。お嬢さんが何を目的にヤーバリーズに向かったか、ですよね」

「うむ……まあ、もう答えは出ているのだけどね」

「え?」

「君自身が言っていたじゃないか、娘がヤーバリーズに向かった理由を」


 そう言われた俺は一瞬自分の言動を思い起こし、すぐに隊長の言わんとしていることに気が付き、愕然とする。それはあまりにも最悪な推測だった。


「本気ですか、隊長? お嬢さんが革命評議会に加わるためにヤーバリーズに向かった、だなんて……」

「ここの盗聴器のチェックは万全のつもりだけどね」

「冗談を言っている場合じゃないですよ! 仮にそれが本当なら一大事なんて程度じゃ済まされませんよ」

「なら、君は他に娘がヤーバリーズに向かった理由を合理的に説明できるのかな?」


 隊長はいつになく厳しい視線を俺に向ける。その視線に圧迫された俺は次の言葉が出てこなかった。


「それは……そうは言いませんが……」

「娘には事の善悪をきちんと判断できるようにしつけてきたつもりだったのだけどね。どうやら私は娘が言っている通り、あまりにも長く家を空けすぎていたようだ。今回の一件でそのツケを支払わなければならなくなったらしい」


 隊長は厳しい表情のまま自嘲するように語る。隊長の厳しい表情はあるいは自身に向けられたものなのかも知れない。

 隊長は苦悩している。軍人としても、父親としても、どう対処したらいいのか見当がつかないのだろう。そんな隊長がその悩みの相談相手として俺を指名したという事実の重さに気付いた俺は、今更ながら気を引き締める。このまま驚いてばかりいるわけにもいかない。


「しかし、隊長。お嬢さんが革命評議会に向かったとして、革命評議会はお嬢さんをどう扱うでしょうね?」

「正直分からないな。流石にいきなり殺しはしないだろうが、娘の行動次第では人質扱いにされることも十分に考えられる」


 気を取り直して発した俺の質問に、隊長はやや首をかしげながら答える。その辺りは隊長自身にもイメージがしきれないらしい。


「君はどう思う? 革命評議会がどう出るか、予想は出来るかね?」

「難しいですね。ただ、俺もお嬢さんが殺されるところまではいかないだろうと想像します。せっかく警戒を抜けてまで革命評議会の支配地域まで駆け込んできた人間を生かさない手はないと思いますから」

「なるほどな。恐らくその点は君の言う通りだろう」


 俺は慎重に思考を重ねながら言葉を発し、隊長もそれに同調した。ひとまず殺されることはないだろうとは考えたものの、そこから先は隊長と同じく想像がつかない。しかし、分からないで終わらせても意味がない。ここから先が思案のしどころだった。


「人質にするとして、どう扱われるかも問題ですね。年端もいかない少女を牢屋に監禁では具合が悪いでしょうし」

「そうだな。しかし、かといって自由に振舞われては向こうとしても具合が悪いだろう。多分、最初は軟禁状態にして様子を見る、というあたりが現実的な対処になるのだろうとは思う」

「それで終わりますかね……?」

「どういう意味だい、ナオキ曹長?」


 俺の言葉を聞いた隊長が問いかけてくる。実のところとしては、言葉ほど確たる思い付きがあったわけではない。ただ、革命評議会の上層部の人間というのは、利用できるものは何でも利用しようとする傾向があるように思えたのだ。あのベゼルグ・ディザーグがいい例である。


「ここからは仮定になりますけれど、もしお嬢さんの素性が割れて隊長のお子さんであることが向こうに伝わったら、どうなると思います?」

「……一番想像したくなかった点を容赦なく突いてくるね。けど、それでこそ君に相談した甲斐があったというものだよ」


 隊長は俺の仮定に苦笑いを浮かべて応じ、それから表情をもう一度引き締め直して自身の考えを口から発する。


「……私の子供であることが発覚したとして、直ちにそれを利用しようとはしないだろうね。共和国軍の軍人の娘が投降してきたというのは大きなトピックであるが致命傷にはなりえない。それどころか娘の年齢的にも迂闊うかつに政治利用をしようとすれば、逆にそれが自らに跳ね返りかねないからね」

「子供を利用して勢力を拡張していると政府に返されるわけですか」

「そうだ。だから、素性が知れたとして革命評議会側もそれをすぐ活用しようとは思わないだろうと私は考えているが、それはやや楽観的な考え方でもある。最悪のケースも考えねばな」

「最悪のケース、ですか……」


 隊長の言葉に俺はもう一段思考回路のギアを上げる。隊長のお嬢さんの素性が明かされたとして、そこから考えられる一番最悪の事態。最もあってほしくない事態とは何か?

 その時、俺の脳裏に浮かんだのはホリー軍曹のことだった。ホリー軍曹が再び敵として、WPを操縦して現れるというのは自分にとって悪夢以外の何物でもない事態だった。可能であればそんなことは二度と起きてほしくない。しかし、ホリー軍曹が自身の意志で向こうに降っている以上、同じことが起きる可能性はゼロではない。

 そこまで考えた時、隊長が考えている最悪の事態、というものが俺にも理解できた気がした。

 隊長も俺の様子を見て、静かな表情でうなずく。


「想像できたかい、ナオキ曹長?」

「隊長のおっしゃる最悪のケースというのは、つまりお嬢さんが何らかの形……WPに関わることで戦場に出て、我々と相対してしまう……と、いうことですね?」

「もっとはっきり言っていい。革命評議会側のWPの操縦者として戦場に出てきて、我々と戦うことになる可能性がある、とね」


 淡々とそう語った隊長の顔には、何の感情も浮かんではいなかった。

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