第107話



 日没よりやや前の時刻、ヤーバリーズ基地。


「……初めて会ったときは、憧れ半分に嫉妬しっと半分という感じだったの。わたしが合格出来なかったWP操縦手審査を優秀な成績で突破した人はどんな人物なのだろう、って」


 ホリーはベゼルグにナオキ・メトバのことについてありのままを語っていた。

 ベゼルグは目を閉じ、じっとホリーの話に耳を傾けている。


「……でも、身の上を聞いて、父親を亡くしているって聞いてからわたしに近い境遇の彼に親近感も湧いてきて。それから何度か話をするうちにゆっくりと彼のことが気になりだしたの」


 ホリーはそこで一度言葉を切り、ベゼルグの様子をうかがった。ベゼルグは特に反応を示さず、話の続きを待っている。

 ホリーはゆっくりと口を開き、話を続ける。


「リヴェルナの騒乱で戦場で倒れたって聞いたとき、もうどうしようもなく心配になって、本来は留守を任される予定だったのを無理やり首都リヴェルナまでお見舞いに出かけたときには、もう自分でもはっきり分かっていたわ。わたし、この人のことが好きなんだって……」

「それから後はどうなった? ……下世話なのは承知で聞くが、奴には伝えたのか?」


 それまで黙っていたベゼルグが初めて口を開き、先を促す。

 それを聞いたホリーは静かに首を横に振った。


「……ううん、結局言えなかった。告白することで彼の重荷になるのが怖かったし、わたしの他に彼に好意を寄せている人もいたから、タイミングが見つからなくて……それで結局……」


 ホリーが言葉を詰まらせて黙り込むと、ベゼルグは困ったような呆れたような表情を浮かべる。


「……俺の立場で言うのもしゃくだが、おそらくナオキ・メトバもお前に惚れているだろうな。間違いなく」

「え?」

「……相手が元同僚とはいえ、WPはおろか拳銃ひとつ持たない丸腰で、ガトリング砲を構えているWPの前に出て真っ向から説得するなんざ、並の度胸や覚悟できるもんじゃねえ。それこそ絶対に『この相手には撃たれない』っていう確信がなければな」


 ベゼルグは戸惑っている自分の娘に分かりやすく語って聞かせた。


「わたしに撃つはずがないって、彼は信じていた……?」

「そうじゃねえのか? お前は奴を撃つつもりだったのかよ?」

「それは……」


 ホリーは言葉に詰まる。父の言う通り、あの時の自分には彼は撃てなかった。

 ベゼルグはそんなホリーを見てため息をつく。その表情は完全に娘の不始末の対応に苦慮する父親のそれだった。


「……まあ、そういうことだな。奴とお前はお前が思っているよりずっと太くつながっているわけだ。……俺との関係と、はかりにかけられる程度にはな」

「父さん……」

「勘違いするなよ、ホリー。俺は別にお前と奴の関係を認めたわけじゃねえ。まして奴とは因縁のある敵同士だ。本来なら奴になんぞ肩入れしたくもねえさ」

「……ご、ごめんなさい、父さん……」


 ベゼルグはホリーの気持ちをみ取りながらもあえて突き放すように言った。

 ホリーの方もナオキとベゼルグの関係のことを改めて思い出してとりあえず謝ってみたものの、その後の言葉が続かず黙り込んでしまう。

 ベゼルグはそんな娘の様子を見て再び大きくため息をつく。


「……ホリー、今日は付き合わせて済まなかったな。今日はもう部屋に帰って休め」

「……え? でも、父さん、せっかくだから一緒に夕食でも……」

「それはまたの機会にしておくさ。今日はもう十分すぎるほど話をしたしな」

「……でも、今日はわたしが話してばかりで父さんのことはあまり聞けなかったし……」

「いいから休んどけ。明日もお互い仕事なんだ」

「うん……じゃあ、おやすみなさい、父さん……」

「ああ、おやすみ……ホリー」


 しばらく逡巡していたホリーであったが、父親の決心が固いことを悟ると名残惜しそうに席を立ち、その場を離れる。

 ホリーの後姿を見送りながら、ベゼルグはしばらくの間難しい顔をして座り込み、その場から離れようとしなかった。

 もちろん、頭の中で考えていることはあのナオキ・メトバのことだ。彼も覚悟はしていたが、予想よりも遥かにあの男とは深い因縁があることを実感せざるを得なかった。


「ナオキ・メトバ……どうやら、どうあってもお前は俺の前に壁として立ちはだかるようだな……」


 ベゼルグは誰もいない薄暮の食堂の中でひとりつぶやく。言葉のひとつひとつにひどく力が込められていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る