第105話



 ニデア大佐が帰った後、病室に戻った僕は今度はエレイアの訪問を受けた。

 エレイアはいつもの作業着に白衣姿ではなく、さっぱりとしたライトグレーのスーツに身を包んでいる。


「エレイアの白衣じゃない姿を見るのも新鮮かな」

「馬鹿言わないでよ。病院で白衣じゃ医師か看護師に勘違いされちゃうじゃないの」

「それもそうだな」


 エレイアの至極真っ当なツッコミに僕は苦笑いを浮かべる。


「その調子なら、すぐにでも退院できそうね」

「検査の結果はどうなっているんだい?」

「入院当初は多少脳波の乱れがあったみたいだけれど、今はほぼ問題はないみたいよ。あなたの担当医もあなたの頑丈さには目を見張っていたわ」


 エレイアは少し呆れたような調子で言う。とはいえ、ようやく退屈な病院暮らしから解放されそうで、僕の心は少し軽くなった。


「でも、無茶は禁物よ。あなたが入院している間にTRCSをさらに調整しておいてはあるけれど、連続使用はどんなに頑張っても四十分が限度だからね」

「四十分か……」

「何なら一定時間でシステムを強制終了させるリミッターでも付けたかったくらいだけど、流石にそれは上の人に許してもらえなくてね」


 エレイアは残念そうにそう語るが、僕にしてみれば十分すぎる調整と言える。

 最初に使ったときは二十分が限界だった。そこからエレイアの調整が入って三十分が限度になり、今回それがさらに伸びて四十分ということになったというわけだから、エレイアの努力には本当に頭が下がる。


「ありがとうエレイア。それだけ使えれば十分だよ」

「……ま、まあアタシの役割はエクリプスの調整だからね。これくらい当然よ」


 僕がぺこりと頭を下げると、エレイアは少し恥ずかしそうに笑って言った。


「どうしたんだい、エレイア?」

「な、何でもないわよ。それより、今日はいい話があるの」

「いい話……? あ、ひょっとしてエクリプスの強化プランについてのことかい?」

「え? ……そうだけど、どうしてそれをナオキ曹長が知っているワケ?」


 伝えようとしていたことを先に言われて、エレイアはポカンとした表情を浮かべている。

 僕はニデア大佐がエレイアより先に来て、エクリプスの強化プランのことについて教えてくれたことを話した。


「ニデア大佐も案外おせっかいなのね。あんまり余計な物事に興味無さそうな表情ばかりしているのに」

「それについては仕事熱心すぎるだけだと思うけれどな」


 エレイアの率直すぎる発言に、僕は苦笑しながら言った。確かに、何も事情を知らなければ、僕もエレイアと似たようなことを思っていたかもしれない。


「そう? ま、そんなことはどうでもよくて、エクリプスの強化プランね。元々実験機として作られたエクリプスは、戦闘向けに調整されていたわけではないから、武装を他機種から流用せざるを得なかったり色々不都合もあったわ。そこであなたの操縦データやレポートを解析して、より戦闘向けにバージョンアップを図ることになったワケよ」

「具体的な強化点とか、教えてもらえないかな?」


 説明を願うと、エレイアの表情が次第に英明な技術者のそれに変わっていく。


「一番の改良点は機動性ね。あなたのレポートでも何回か触れられていたけれど、他のWPに比べて大型である分、相対する敵に対して機動力で見劣るような面があったからね」

「そこはずっと気になっていた点だけれど、どうするんだい?」

「それまで外付けだったホバーユニットを内蔵式に切り替えることにしたわ。それまでの脚部とは丸々交換ということになるけれど、脚部ユニットそのものも軽量化と耐弾性の向上を図っているから、操作感覚が変わるようなことはないはずよ」

「三本脚になったり、尻尾が付いたりなんてことはないよね?」

「あまり面白い冗談とは言えないわね。そんなワケないでしょ」


 僕の冗談にエレイアは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべる。どうやらあまり触れてはいけないことに触れてしまったらしい。


「ごめん、エレイア……言い過ぎたよ。……それで、他に強化点は?」

「次に武装ね。これまでは03A型用の装備を流用していたけれど、今回の強化に当たって専用の武装をいくつか用意することにしたわ」

「武装か……確かに敵も重武装化してきているから、それも必要かもしれないな」


 僕はこの間の敵の新型を思い浮かべていた。あの大型ガトリング砲は取り回しが難しいが威力は絶大で、あの時味方の主力であった02F型ではかなり苦しい戦いに強いられたのではないだろうか? 当然、今後を見据えてエクリプスの武装の強化も必要なのは間違いない。


「それで、どんな武装が装備されるんだい?」

「あなたがどちらかというと近接戦志向だから、近接戦用として新たに大型のバスターソードを用意させてもらったわ。これはこれまで装備されていたアサルトブレードより巨大で、刃の部分にはレーザーの発振装置が内蔵されているから、刃自体の重みと発振されるレーザーの相乗効果であらゆるものを切り裂けるはずよ」

「レーザー? そんな武装があるなんて……!」


 僕は素直に驚く。レーザーを使った兵器がWPの武装に採用されるのは、あるいは初めてなのではないだろうか? 驚く僕をよそに、エレイアは技術者らしく淡々と次の説明に入っている。


「それから、シールドについてはバスターソードとの兼ね合いも考えて小型のものに変更する予定よ。単純な防御能力は下がってしまうけれど、その分携帯性は高まるから使い勝手は良くなるはずね。あとマシンガンについてはより連射能力を高めた新型に交換する予定になっているわ」

「全体的に接近戦向けになるわけだ。肩の装備は?」

「肩部の装備については廃止する方向で考えているわね。バスターソードを振り回す際に肩の装備が干渉しちゃうのよ」

「それは結構痛いな」


 エレイアの説明に僕は渋い顔をした。距離を取っての戦いでは肩部のミサイルが有効な局面も多かっただけに、これは軽視できない点だった。


「やっぱりそう思うかしら? この点について開発チーム内でも結構紛糾しててね。バスターソードの装備を取りやめてミサイルを装備した方が良いって主張する人までいたんだけれど、最終的にはあくまで近接戦一筋にまとめた方がいいって方向に話がまとまったのよ」

「あんまり近接戦狙いが見え見えだと距離を取られて撃たれそうな気もするな」

「基本的には味方の援護を受けた上で敵陣に切り込む、という感じの運用を想定しているからね。あなたがこれまでやっていたみたいに、単機で敵に突っ込んで敵をせん滅するなんてやり方に合わせた調整なんてできないのよ」

「僕もひとりで戦ってばかりじゃないんだけれど……」


 何か僕が無茶な戦い方ばかりしているような物言いをされた感じがしたので、抗議の声を上げる。リヴェルナの騒乱の時はアレク前隊長と一緒であったし、それ以降もノーヴル・ラークスのメンバーと一緒に戦っていることがほとんどで、この間みたいに一人でガンガン切り込んでいくという方が例外的なのである。今の言い方だと僕が周りも見ずに猪突猛進しているような感じになってしまう。


「あら、そうなの? でも、それならそれで問題はないわよね。肩の武装がなくなった分は味方の火砲でカバーすればいいのだし」

「それとこれとはまた話が違うような気がするんだけど……」

「そうかしら? でも、そこまで言うのならばあなたの要望として開発チームには連絡しておくわ。今回すぐには無理だけれど、その件に関しては再度検討してみるわね」

「頼むよ、エレイア」

「うふふ、ナオキ曹長にそこまで頼られたら無下にするわけにもいかないわね」


 僕がそう頼み込むとエレイアは妙に嬉しそうに微笑む。僕はそんなエレイアのことをちょっと不思議そうに眺めつつ、違う話題を切り出した。

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